第220話大忙し4

「ちょ…ッ、店員さんッ!!それは高すぎるってッ!!まぁちょいなんとかならん!?」


「何言ってるんですかッ!!コレ、ジョージコックスですよ!メイドインUKですよッ!!現世でのブランド物はレアなんですッ!!ご存知ないのであれば説明しますけどねぇッッ!!――――……」


 値段に異議を唱える俺よりも激しい憤慨を見せる彼が言うには、この店の商品は全てミコトの遺留品なのだとか。ミコトがこの世界で絶命すると、肉体は消失するが身に着けていた物は現存し続ける。俺が桃子から買ったツナギも、元は別のミコトの衣服だ。

 この都では、ミコト同士のイザコザが至る所で起こっており、殺し合いなんかもザラにある。そうして命を失ったミコトの持ち物を回収して販売しているのが、この店なのだ。その中には現世から持ち込まれた物も少なくない。特に海外のブランド品ともなれば、稀少価値はグンと上がる。このラバーソウルの値段は妥当だ、と声を大にする彼をなだめながら値引きを交渉していたが、この勢いには勝てそうにない。

 本当ならそのくらいの買い物に躊躇などしないが、生憎木材を大量購入したばかりだし、澄人や一斗に当面給料を払う事になっている。チップの残高が尽きるワケではないのだが、今の俺にとって貝20万の出費はデカすぎるのだ。


「じゃあ、買う買わないは別にして、一回試着してみてください」


 食い下がるのがやっとだった俺に、店員は引きの一手を出しやがった。断る理由も浮かばないし、あんずもノリノリだ。でも一度履かせてしまったら、あんずの物欲に拍車をかける事にしかならない。何が『買う買わないは別にして』だ。買わせる気マンマンじゃねーか。


「わぁーーッッ!たくちゃんたくちゃんッ!見てくださいッ、ピッタリですよぉッッ!!」


 サイズまでドンピシャなら、本当に買わないって選択肢がなくなるじゃんッ!!それにあのあんずの顔ッ!!ウッキウキですわッ!!ここで渋ったら男らしくない上に、あんずのご機嫌がスーパースラッシュになってしまう。俺は泣く泣く財布の紐を緩める事にした。


「ほんじゃあ、それ包んでください……」


「買ってくれるんですかッ!?やったーーッ!!たくちゃん、うれしいですッ!!」


 あんずが喜んでくれた、それだけで御の字じゃないか。そう感傷に浸りつつ、俺の目からは血涙が流れていた気がする。こんな事になるなら、昼にうなぎなんか食うんじゃなかった。

 会計を済ますと、店員の彼がレシートを渡してきた。そこには俺のチップの残高が記されていて、その額を100万を切っていた。マジでこれ以上の浪費は許されねーぞ、と肝を冷やしていると、続けて店員は一枚のカードを俺に差し出した。


「こちら、当店のポイントカードです。貝2000のお買い上げで1ポイントなんですが、お客さまは今回のお買いものでポイントが溜まり切りました。次回のお買いものの際、提出していただければ貝500お値引きさせていただきます」


 それは結構だけど、リターン安すぎね??考えてみれば、死人から追い剥ぎしてきた様な代物を高値で売り付けやがって、悪どい商売してやがんなぁ…。俺たちが作る店は絶対ぇそんな事しねーぞ。ポイントカードに刻まれた『BLACK YEARS』という店名を睨み付けながら、俺はそう決心した。


「ありがとうございましたーッ。またのご来店、お待ちしてまーすッ」


 やかましいわッ、ボケェッッ!!!と、帰り際にツバ吐き掛けようかと思ったが、せっかくあんずも嬉しそうにしてる事だし、紳士的な態度を貫いた。でも次ボッタクリやがったら閉店まで追い込んでやるからな。


「たくちゃん、ありがとうございますッ。コレ、大事にしますねッ」


 そう言って幸せそうにラバーソウルの入ったショッパーを抱きかかえるあんずの姿は、それはもう天使よりもかわいかった。彼女の笑顔を見ていたら、さっきまでの苛立ちなどどこ吹く風で、晴れやかな気持ちで仕事に戻る事ができた。俺のメンタルヘルスには、あんずが不可欠なのだ。


 ――――――――――………


 時刻は丑三つ時を過ぎても都の夜は賑わっていて、相変わらず客引きや立ちんぼ、酔っ払いが溢れていた。そんな浮かれポンチを後目にあくせく働いていた俺は、束の間の休息を取りカナビスを吹かそうと紙巻を咥えると、あんずがうつらうつらしているのに気付いた。いつもならとっくに夢の中だからな。


「あんずー、眠たいなら先に宿行くか??ムリに付き合わんでもええでな」


「いえ…。アタシはだいじょうぶでふ……。たくちゃんといっしょにいまふ……」


 彼女の言葉は嬉しい限りだが、どう見てもこれは限界だ。でも、こんな所で寝かせるワケにもいかないしなぁ。どうしたもんかと頭を掻きながら悩んでいる俺の耳に、聞き覚えのある声が届いた。深夜だと言うのに、緑と桃子が様子を見にきてくれたのだ。


「拓也ーッ、おっつおつー。シャブでヨレてねーか心配だったけど、平気みてぇだなッ」


「たくやくん、すごーいっ。大工さんできるってホントだったんだーっ」


 店の進捗具合を確かめにきた緑は、塩見ちゃんの商品が粗方の在庫を揃えられた事を教えてくれた。これでいつでも棚に並べられる。この一軒目が出来上がり次第、営業をすぐ始められるのだ。つまりはさっさとおっ建てろって言いてぇんだな。上等だ、あと三日…、いやあと二日で仕上げてやる。

 それはそうと、丁度いい所に来てくれた。二人に頼んであんずを'98まで連れてってもらおう。どの道買いものした荷物も置きに行かにゃならんかったしな。


「あんずちゃんに何買ってあげたのー??」


 桃子はあんずが抱えているショッパーの中身に興味を示した。品物はジョージコックスのラバーソウルだと教えてやると、今度はどこで買ったのかを尋ねてきた。俺が『すぐ隣の店』と告げると、桃子は礼も言わずにBLACK YEARSに駆け込んで行った。そういえばアイツ、ブランドもんに目が無いんだったな。

 ミコトの遺留品リユースショップにファッションモンスターが吸い込まれるのを見届けた俺と緑が、揃ってカナビスを吹かし始めると、隣の店から物凄い雄叫びが聞こえた。


「チッッッッキショォォォォォォォッッッ!!!!!高ッッッッッケエエエエェェェェェッッッ!!!」


 そのリアクションには同感だけど、女の子が出す声かよ…。ただのキチガイとなった桃子は放っておいて、俺はあんずを緑に預けた。あんずは緑におぶられた事にも気付かないほど、既に深い眠りに着いている。


「あんずが目ぇ覚ましたら、『現場に来るならレインコート着て来て』って言っといて」


「オッケー。拓也も仕事がんばれなーッ」

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ミガトヒラア ~死後の世界は神代の世~ 碑文谷14番 @AF13

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