第5話 今更の講義
石の門は,決して立派な門ではなかった。本当に,庚申塔を無理やり引き延ばしたような,輪っか状の石である。裕子の後ろから付いて,門をくぐった。
周りを見渡して,思わず,
「は?」
と,声が出てしまった。
何もない。殺風景とかいう問題ではない。見渡す限り,白い空間が広がっており,出口らしい「枠」が先の方にある。直感的に,裕子からはぐれることが致命的なミスであることを感じた。できるだけ同じ場所を踏むように歩きながら,次の枠を抜けた。そして,もう一度間抜けな声を出してしまう。
「は?」
そこに現れたのは,先程と違い,色のある風景だった。そして,この場所も何となく分かる。おそらく,ここは,おじいさんの部屋だ。高校生の時にたまたま助けた,あのおじいさんの部屋だ。その時は,部屋の奥に上がってないが,間違いないと確信できる。
俊二たちは,6畳の和室の押し入れから入ってきたようである。部屋の真ん中に小さな机。その周りに座布団が4人分並べてあり,既に1人座っている。教え子の若井である。裕子は壁際に靴を脱ぎ,すぐに空いている座布団に座った。妙な光景である。そして,座っている2人は何もしゃべらず,こちらに顔を向ける。
俊二も覚悟をしてここまで付いてきた。残りの空いている座布団に,ドンと胡坐をかいて座った。ここに若井まで現れて,正直な感想がこぼれる。
「裕子ちゃん,聞きたいことが増えっぱなしだよ。」
おどけて見せた後,続けて,
「まずはね,何か言いたいことがあるんだろうけど,俺が先に聞くよ。」
机に腕を乗せ,ゆっくりとした口調で切り出した。
「どうぞ。あんまり時間の余裕がないから,一つだけで今は我慢してください。」
「一つね。分かった。」
変なシチュエーションのおかげで,苛立ちが薄れている。和室のせいか,妙に落ち着いてしまう。少し考えて,一番知りたいことを絞り出した。
「裕子ちゃんと同じらしいけど,この能力は何?」
間近で見ると,裕子はいい女である。話し方は好きではないが,薄い唇の動きに見とれながら,説明を聞く。
「私たちの能力は,一般的に魔法とか超能力とか言われてるものです。物を動かしたり,物の形を変えたり様々です。できることは,力を使う人間の能力の差が大きいみたいです。だから,本当の意味では私も分かっていません。」
要するに,能力の可能性については,裕子自身ができることや見たことのある範囲でしか分からないということだろう。
「ちなみに私は,『人を見る』ことが得意です。その人の色や匂いを感じるようなニュアンスですが,見たいことが見えます。あなたが私と同じ魔法使いということも,私だから分かると思います。読心術に近いものと考えてください。」
難しい自己紹介だが,魔法使いにはそれぞれ,得意分野があるらしい。
「なぜ能力が使えるかについては,誰かから能力を『継承』したからです。引き継いでいる間は,小指の近くに印が現れます。次の誰かに能力を渡した時に消えます。」
積極的に継いだ覚えはないが,だいたい見当はつく。
「私たちのような魔法使いが,何人いるかは分かりません。ですが,継承していくことを考えれば,魔法使いの人数は常に一定なんだと思います。たぶん。」
自信なさげな部分もあったが,知っていることは全部言ったような顔つきだ。
「ちなみに,裕子ちゃんは誰から引き継いだの?」
「私は,旅行先で知り合った人からです。」
旅先で知り合った人というフレーズに,色っぽい話を期待してしまう。
「車に轢かれた猫を見つけました。まだ息があったので,病院に連れて行きました。
正直,助かる見込みが薄いのは分かってましたが,放っておけなかったんです。近くを通る人に聞きながら,一番近い動物病院に運んだのですが,診療時間が終わってるの一点張りで医者が見てくれませんでした。」
ちっとも色っぽくない。しかし,裕子の好感度が急上昇している。
「病院近くのコンビニの駐車場の端っこで,死んでいくのを見てるしかなくて…。
で,その時に,駐車場に止まっていたトラックから,おじさんが降りてきたの。近づいて来て,いきなり手を掴まれて。『頑張って』っておじさんが言った瞬間,もの凄い痛みを感じたの。それが,私が引き継いだ経緯です。」
(警察沙汰,ぎりぎりやな…)
怖い状況にも思えるが,善行エピソードという共通点がありそうだ。
「一旦,質問はここまでにしてください。もう,時間的に限界なので,今度はお願いを聞いてください。」
俊二の質問ターンは終わりのようだ。
魔法中年 ~今からヒーロー~ 相野 心 @sotoc
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