機械の器、水の感覚(心水体器):哨戒

前河涼介

第1話

 連結器のかち合う衝撃が立て続けに数回聞こえた。五回か。列車が減速を始めたせいだ。かなりゆったりとスピードを落としているらしい。加速度そのものは感じない。

「もう着くぞ、起きろ」と副士の舘川が言った。毛皮の襟と帽子の間から目元だけを外に出している。

 左手を上げる。窓の高さには届かない。体を起してもう一度やる。今度は手首まで外の明りの中に入る。雪の明るさだ。真っ白ではない。薄緑色に見えた。雪の屈折の作用でないとしたら、窓ガラスに色がついているのだろうか。どちらにしてもほんのわずかな色味の違いだった。窓枠の影が空中に明暗の境界面をつくっている。私の左手は暗い方から明るい方へ差し込まれる。指先から順に明るくなり、そして手首にした時計の文字盤が読めるようになる。午前二時プラス七分。注意を外にやる。空に雲はない。星がよく見える。その手前に高さの揃った木々の先端も見える。手の熱でガラスが曇って外が見えづらくなってくる。手の甲がひんやりする。

「何時だ」松浦が訊いた。隣で毛布にくるまっったままじっとしている。まだ動きたくないようだ。目を瞑っているけど眠っているのではない。

「0207」私は答える。ザックから魔法瓶を出して甜茶を飲む。いい頃合だ。

「要らない。トイレが近くなる」と松浦。何も訊いてないが。

「熱いか」と運転席の定兼が訊いた。前方を見据えたまま。

「五十度くらいかな」

「舘川」

 舘川は反対の運転席に座って話を聞いていた。しばらく定兼の背中を見つめたあと、「はい」と返事をする。私の前にしゃがんで「俺にもくれよ」と言った。

 魔法瓶には外蓋と内蓋が付いていて、どちらも茶碗として使えるようになっていた。外蓋に半分ほど注いで舘川に持たせる。内蓋は私が使ったので縁のところを指で拭ってもう一杯注ぐ。

 舘川は私の前にしゃがんで、器を一度目の高さに掲げてから口をつけた。私の口の跡を気にしたようだ。定兼の方は左手をマスコンから離して全然手元なんか確認しないで飲んでいた。私がどっちを使ったかも知らないだろう。器の共用を気にかける性格かどうか、という問題ではなかった。そんなことより自分の走っていく線路がきちんと続いているかどうかに興味があるのだろう。それはそれで構わない。むしろそのほうがいい。線路の無事は私たちにとっても重要なことだ。

 舘川はまだ残っている器を床に置いて定兼が空にした外蓋を回収してきた。

「うしろに積んでるの、初めて見る機体だな」と舘川。

「二脚の方?」

「うん。四脚のはお前たちがよく使っているじゃないか。散々見てきたやつだ」

「試験運用中なんだ。北部にはまだ二機しかない。……うん、二機あるというべきなんだろうな。完全に使えなくなったわけじゃない」

「どういうことだ?」

「一機修理中だから」松浦が口を挟んだ。「戦車の待ち伏せでね。機体の問題じゃない。だから今日はもう一機で続ける。本当は二機揃えて出したかった」

「パイロットの腕が悪かったんだ」私は言う。

 松浦は目を瞑っている。

 舘川が口を開く。「そうか。噂は訊いてたんだ。あれは同型でも別の機体なんだな」

「あの貨車に乗っているのは四号機。今言ってるのは三号機」私は顎で右を指す。進行方向逆である。つまりカーベラの乗っている貨車を指したつもりだ。

 舘川は私が差した方に顔を向ける。私からはしばらく彼の横顔が見えている。頬の髭の剃り残しが酷い。この低照度でもわかる。運転室に照明は一切ない。深海みたいに真っ暗なのだ。

「名前はなんて言うんだ」

「誰の?」

 私が訊き返すと舘川は目を丸くした。「新型のだよ」

「カルベラファルド」

「カル――なんだって、日本語でつけろよ」

「宣伝する時に欧風の名前がついていた方が都合がいいんだ。私に言われても困る。九木崎の連中はカーベラって呼んでる」

「じゃあまた九木崎が設計やってんのか」

「うん。千歳で設計して茨城で製造してんだな。できたやつを列車でがたがた曳いてくるんだよ。知らない?」

「知らない。JRの仕事だろ。俺たちの出番じゃない」

 舘川は甜茶を飲み切る。器を振って水気を払ってから私に返す。DD51の運転室には対角に運転席があってそれぞれ前後を向いている。進行方向左側が運転席、いわゆる左ハンドル。今は定兼が前方の運転席で運転している。後ろ向きの運転席は空いている。舘川はそこに座って、機関車が曳いている貨車を窓越しに眺める。旋回窓が付いているので視界はあまり良くなさそうだ。

 列車はさらに減速する。ポイントを左に逸れて待避線に入る。極めて低速なので車輪とレールの軋む音はほとんど聞こえない。左手にランプが見える。土の上にセメントを打っただけの簡易なものだ。

「マーリファインに比べるとかなりごてごてした感じがなくなったと思うんだよな」

「うん。あれは後付けの装備が多いから。初期型はずっとスタイルだったけどね。肢闘のプラットフォームとして未熟だったんだよ」松浦が言った。まだ目を閉じている。

「拡張性がないってやつか」

「そう。スペースがない。無理矢理増設していったんだよ。カーベラはかなり良くなってる」

「でも、まだ二代目だろ。そのうちこいつもゴテゴテになるんじゃないか」

「さあね。でも相当なシミュレーションを積んでるんだ。全くそのやり方もわからなかった初代とは違うさ」

「舘川、後方」と定兼。

「そういうものかね」舘川は応じながら松浦に生返事をする。

 舘川は右舷の窓を開ける。まるで窓ガラスの向こうでぎゅうぎゅう詰めにして待ち構えていたみたいに冷気が吹き込んできた。舘川は振り返って進行方向に危険がないか確認する。それから外に顔を出して最後尾の車両がきちんとポイントを越えたのを確認する。手前から、肢闘を積んだ長物車が二両、コンテナ車が五両、空の長物車が二両。計九両。間のコンテナ車は全部擬装用。後ろの長物車は帰りに肢闘を載せるためのもの。これから操車作業をやって、今まで尻尾だった方に機関車を繋ぎ直す。つまり、機関車に近い方に肢闘を乗せる。何かあった時にトカゲの尻尾切りをやるためだ。大事な荷物が尻尾の先端では困る。

「後方、よし」舘川はそう言って首をひっこめ、力ずくで窓を閉める。建てつけが悪い。

 定兼はもうしばらく列車を走らせてから最後の減速をかけた。停止。エンジン・カット。ほとんど完璧な静寂に入る。ディーゼルの唸りが耳鳴りになって残っている。

「少し早く着いたな」定兼が言った。計器盤から懐中時計を取り上げる。運転席を立って伸びをする。

「どうする」松浦が私に訊いた。瞳がこちらを見ていた。

「何を?」

「あと五分ここで待とう」

「寒いから?」

「電池が無駄になる」

 定兼は黒いトートバッグを使っている。細く切った革を平織にしたような、センスのいい鞄だ。総じて鉄道の運転手は鞄に関して結構いいセンスを持っていると思う。たぶん運転席のフロントガラスに立てかけておくのがルールになっているからだろう。そうするとホームに滑り込んでいく時に大勢の客から鞄を見られることになる。本当に注意して見ている客なんてあまりいないだろうけど、でも見られる側にはそういう意識が働くのだろう。

 定兼はそのトートバッグの中からギンビスアスパラの袋を出してみんなに一本ずつ配る。

「檜佐は腕の悪いパイロットなんかじゃない」松浦は言った。前歯でギンビスを咥えていた。噛むか噛まないか決めかねているというより、その存在が意識から抜け落ちているような具合だった。ギンビスはなんとなくそこにある。

「いいや、悪いのは檜佐だ。あいつの技量だよ」

 松浦はこちらに目を向ける。無言の圧力をかけるのが実に巧い奴なんだよ。

 私も言い返さない。運転士の二人に気を遣ったのかもしれない。狙われていることに気づいていたら避けられたし、避けていたら中らなかった。檜佐はそれができなかった。でも私と松浦が先に気づいて警告していれば檜佐は避けていただろう。私たちも気付かなかったのだ。だから撃たれていたのは私か松浦かもしれない。技量云々で檜佐を下に見ることはできないわけで、だからこそ私は苛立っているのだろう。

 松浦も議論をやめた。私を見るのをやめる。黒目を眉の方に引きつけて高いところを見ている。

 後方の風防ガラスに寄って貨車を見る。檜佐について考えていた。というよりも、檜佐の乗った機体について考えていた。操縦席周りの装甲、モジュールの懸架の仕方、配線の通り道。構成はマーリファインのものを踏襲している。でも同じではない。

 定兼が「時間だ」と言った。彼だけがきちんと時計を見ていた。

 かぶっていた毛布を畳んで重ね、懐で温めておいた手袋を穿く。左舷のドアを開く。浸みるような冷気が待っていた。つまり体の表面より内側が冷たい。吸い込んだ空気が鑢のように喉を削っていく。

 ボンネット脇の張り出しを通って後方の貨車に渡る。地面には三十センチくらい雪が積もっていた。降りる訳にはいかない。一両目にはセフダールがケンタウロスのように伏せている。前後に軸の離れた二対の脚を礼儀正しく折り畳み、上半身は背中を上にして前腕を甲板の縁に接している。上腕と胸部の間、脇の下をくぐって後ろに抜ける。松浦はついてこない。その穴の向こうにしゃがんで私を呼んだ。「気を抜くなよ、柏木」私は振り返って少し手を挙げただけだ。なにせ寒かったから。

 二両目に渡る。カーベラは二脚なので伏せた姿はビーチフラッグの構えに似ている。胸のステップを登って頭部のセンサ類をウェスで拭ってやる。頭部の目にあたるところに可視光カメラが一対、額に赤外線レーザ送受信機のレンズ。機関車の排煙が付いて少し煤けている。甲板に降りてウェスを折り返し、胸部前面のレドームを軽く拭く。マーリファインの皿型とは違って戦闘機のレドームと同じ紡錘形に近い形をしている。

 舘川が繋留用のワイヤを外しに来る。まずネジを回して張力を緩める。甲板のラダーからフックを外し、機体側のブラケットから外す。ブラケットは襟と股間に二個ずつある。舘川はワイヤを回収する。

 私は胸部から首筋に登って操縦席に乗り込む。整備用の補助電源を開放してハッチを閉める。この状態ではロックしない。機内はとても狭い。頭上にわずかな非常灯の明かりがあるだけ。寝袋に入っているような気分だ。まだ新しいので誰の匂いもしない。新車の匂いだ。革シートじゃないやつ。普段ならさっさと投影器を繋いで外の感覚を入れるところだけど、こいつは新しい。慣れたドライバーだって新しい車に乗る時は少しくらい身構えるだろう。ある程度のところまで手動でやってみる。

 PCのキーボードのような簡素な操作盤を開いて主電源のスイッチを切り替える。ヘッドギアから映像眼鏡を倒して目を慣らす。焦点距離は無限遠になっている。主脳、火器管制、姿勢制御、投影器入力系、電装系が全部待機状態になっていることを確認して操作盤を閉じる。首筋に手をやって窩の蓋を開く。シートから投影器のケーブルを引き出し、出入力にダイヤルしてあるのを確認。窩に差し込む。

 体の中に水が流れ込んでくる感覚。飲み込むのとは違う。どちらかというと、首筋に水をかけられて着ている服が濡れていくような。それが肌の内側に広がっていく、満ちていく。

 そして水の中で目を開く。

 機体の視覚を通したので視野がぼやける。生身の目が眼鏡の映像を見ているせいだ。眼鏡を上げる。コクピットの内壁が見えているくらいならきちんと区別できるから気にならない。パイロットによっては機体を動かしている間は肉体の感覚を忘れるというのも聞くけど、私は全然そんな経験をしたことがない。どちらかというと私のようなタイプの方が稀らしい。

 松浦のセフダールが立ち上がる。まず前脚を伸ばして上体を持ち上げる。後脚を伸ばして尻を持ち上げる。尾部を水平にする。前後の脚を貨車の中心線上に揃える。モデル立ち。下手に重心を左右に振ると貨車がこけるからだ。左の尻を沈めて後脚を左に伸ばす。足を雪の中に突っ込む。雪の下でパラストが踏んづけられてぎりぎり呻く。起きる前に周囲警戒を済ませているはずだから、ひとまず危険はないという判断だろう。

 二機を地面に降ろす。定兼と舘川が運転席に引っ込んでから軽く敬礼を見せる。窓は少し曇っているが熱カメラなら仕草がはっきり見える。彼らもそれをわかっていて外へ出てこないのだ。

 私と松浦の間に会話はない。線路に沿って進む。ただ線路は視認できない。雪に埋まっている。林が切り開かれているのでその筋に沿って線路があるとわかるだけだ。危険を冒さずに除雪車が進出できるのがあのランプまでなのだ。

 上空から空自の戦闘機のエンジン音が響いている。意識すると視野に波紋が現れる。音の発振源が中央にある。しかしそこに機影はない。見えにくいが、確かにずれている。音が届くまでに対象が移動しているからだ。これを合わせるためには距離情報をレーダなり別系統から入力しないといけない。飛行機の速度と姿勢は音源の推移でわかる。

 何の音だ? 

 背後から音が聞こえた。きしきしと鳴っている。

 音響感覚の右後方に小さな波紋が生まれる。それとともに「DR15」というコードの表示。「何の音だ?」という疑問に対して、私の無意識は作戦行程表を呼び出して、時刻と座標から該当するユニットをそこに表示している。作戦行程表の最終更新は六分前。駐屯地の司令部が発信している情報をダウンロード、デコード。DRというのはこのところの列車輸送に振られる符号だ。つまりそれは定兼と舘川のDD51を示している。入れ替えをやっている最中にレールを軋ませたのかもしれない。とにかくその音を私の外部集音器が拾った。ほんの小さな音だ。生身の人間の耳では拾えないだろう。

 右腕を起して音の方角に銃剣の先端を向ける。赤外線レーザで前方を歩く松浦に呼びかける。〈聞こえたか〉。松浦は機体の肩をわずかに動かして〈何のことかわからない〉と返す。

 集音性はカーベラの方が高いかもしれない。ある程度時間的に幅のある音だから、ちょうど周囲の雑音に重なって拾えなかったということはないはずだ。マーリファインとセフダールも確か集音器の型は同じだった。新しいものではない。集音器周りの機体形状を改良したのか、あるいはたまたまその方角からの音をよく集める形になっているのかもしれない。

 ランプから三キロほど離れる。フクロウの鳴き声も聞こえる。地表の雪はやや薄くなっている。風向きの具合で森が上手く雪を遮ってくれたのだろう。一度能動的に周囲を捜索する。まず受動のみで赤外線監視装置の視野を入れる。セフダールの尾部が明るく見える。それ以外に気になるものはない。次いで赤外線ライトを照射して調べる。変化はない。次にレーダーをやる。星空を背景にして複数の影が見えていた。それが真っ白く鮮明に見えるようになる。そのうちいくつかからすかさずIFFの交信が来る。返答してアクティブを切る。電力消費がすさまじいのだ。

 十勝平野に出るが雪が溶けて泥沼地と化している。土手の線路に沿って進んでいく。森の中と違って動物の気配もない。頭上にはちょうど半分の天球が広がっていて、星々の光が細かな雪の結晶になってきらきらと降ってくるような感じがした。

 街の光が近づき、十勝駅に到着する。少し遠くから熱カメラに妙な反応があって、近づいてみると集まったカメラマンたちの体温や吐息だった。諜報の恐ろしさを痛感するのはこういう時だ。何のために夜にこんなことをやると思っているのだろうか。もちろんパトロールの意味もあるのだが、彼らが集まっているということはここに新型が現れることを知っていたということじゃないか。右手を頭の高さに持ち上げてやりながら視線表示灯の収束を〇・五度くらいにして――一キロ先で半径九メートルくらいを照らすことになる――光信号でACCHI・IKEと打ってみた。だが誰も従わない。モールスがわからないのか。軍のパトロンにはなれても軍人にはなれない連中だな。

 バッテリの残量を確認して記憶しておく。六十三%だから予想より残っている。線路を渡って三トン半トラックが近づいてくる。信号所の陰に隠れて機体を座らせ、天蓋を開ける。

 まず少し持ち上げ、それから前に押し出す。マーリファインはこの動きをレールに沿ってやるのだけど、カーベラのは二対の支柱がスイングするようになっている。押し出す時に少し上に向かってカーブする感触があるのが独特だった。投影器を挿したままケーブルをリールから引き出して上半身を外に出す。雪の匂いがする。そしてどこかから路地裏の匂いが漂ってくるというか、それは居酒屋やラーメン屋の換気扇の匂いでもある。なんの匂いだろう。少し腹が減る。

 体を起して周囲を見渡す。機体の目を通して見るよりずっと暗い。目が悪いパイロットは眼鏡を外したみたいだと言う。あいにく私は両目とも健全。空は星が見えにくくなっていた。きっと大気の上層にはもう日光が差しているのだろう。地上はまだ暗い。松浦も天蓋は開けているが外に体は出していない。寒い。やっぱり寒い。

 投影器のケーブルを外して蓋を閉め、生身で、といっても当然かなりの厚着をしているのだけど、地面に下りる。機体の足首の関節にぎっしり雪が詰まっているのを足で蹴って落とす。ほとんど氷柱のように固まった雪がバラストの上に落ちて砕ける。三トン半が二機の間に停車する。三人乗っていて、一番階級が高いのが二曹だった。歳は私よりずっと上だろう。踵を合わせて敬礼する。カーベラの腰に充電用コネクタがある。ブースタケーブルをそこまで引っ張ってプラスマイナスを正しく噛ませる。三トン半のエンジンが唸る。断続的に回転数を高める。十分弱でバッテリはほぼ一杯になる。

 帰途につく。松浦は補給しない。四脚は電池容量を大きくできるのも利点で、単体ならセフダールはカーベラより長時間活動できる。

 定兼と舘川のところに着く頃には東の空の縁が明るみ始めていた。貨車の甲板に上がって機体を再び係留する。ワイヤを蹴って遊びがないか確かめる。機関車のキャビンに戻ろうとしたところで本線のレールが震えているのに気付く。目に見える振動ではなくて音なのだけど、すごく重たい音なのでそんなふうに感じる。札幌方面から探照灯の光。別の機関車のようだ。私は甲板に立ってそいつが現れるのを待っている。やがて姿が見える。戦艦の舳先を上下逆にしたような、色としては砕氷船しらせ的なオレンジの除雪板を先頭にして走ってくる。ラッセル車だった。松浦が「DE15だ」と呟いたので私は「どこに書いてある?」と訊いた。

「形でわかるんだ」

 松浦はちょっと眉を上げて見せただけで、身を翻して機関車へ戻る。舘川が窓から顔を出してキャビンに入れと叫ぶ。

 中へ入って窓に顔を近づけて見ているとDE15はきーんと金属のものすごい悲鳴を響かせながら停止した。車体に雪の蔦がびっしり這っている。舷側の曇った窓を誰かの手袋が拭って顔を寄せる。定兼がドアを開いてその場で手摺に掴まり略式に敬礼する。相手も進行方向側のドアを開いて姿を見せる。着ぶくれたJRの長外套に青白い長い顔をしている。

「パトロールですか」と相手が声を掛ける。

「そうです」定兼が答える。

「ごくろうさまです」相手は再び敬礼、キャビンに引っ込む。

 定兼もドアを閉めて帽子に付いた雪を払う。DEの発動機が低く唸って走り始める。しばらく進むとギアを一段低くして手付かずの二メートルくらいもある巨大なショートケーキのような雪に突っこんで雪煙を噴き上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械の器、水の感覚(心水体器):哨戒 前河涼介 @R-Maekawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ