おばぁちゃんち
山内綾
第1話
小さい頃夏休みになると毎年田舎の祖父母の家に帰省するのが我が家での恒例行事になっていました。その年の夏も家族みんなで帰省したのですがそれは祖父母に会いに行ったのではなく、祖母の葬式のためでした。私は着いてからもずっと悲しみに暮れていたんですが父と母は明日の葬式の準備に追われ、それどころではないという様子でした。
「さえこ、ちょっとお父さんと出てくるわよ」
「うん」
何時だったか、家に私がひとりきりになる時間ができました。高校生に上がったくらいから段々と家族と帰省するのを私が嫌がるようになったのでこの家に帰ってきたのは本当に久しぶりでした。台所で夕飯の支度をしていたおばぁちゃん、居間の隅で老眼鏡をかけながら裁縫をしていたおばあちゃん、部屋に入るとそこでのおばぁちゃんとの思い出が蘇って本当に目の前におばあちゃんがいるような気がしました。私はある部屋の前で立ち止まりました。この部屋だけおばあちゃんとの思い出がない。何回か入ったことはありました。部屋の中には大きな箪笥があって、小さい頃悪戯心でその箪笥を開けてしまったときに、おばあちゃんにひどく叱られて、それ以来近づかなくなったのです。でも、もう叱ってくれるおばぁちゃんはいません。ふすまを開けると、大きな箪笥が見えました。観音開きの扉を開けるとまず洋服が目に入ってそれはどれもおばぁちゃんが着ていたものでした。他にも何かの書類とか小物などがありましたがあの時、おばぁちゃんが私を叱った時の鬼のような顔に見合うようなものは見つかりませんでした。ちょっとがっかりした気持ちで扉を閉めようとした時に箪笥の奥で何か金属のようなものが見えました。おばぁちゃんの洋服が死角になってわかりませんでしたが、かき分けてみると、お菓子が入ってそうな缶の箱が隠すように置いてありました。フタを開けてみると何枚か紙が入っていて、下手くそな字でおばぁちゃんへと書いてありました。四つ折りにされた紙を開くとクレヨンで絵が描かれてありました。
「おばぁちゃん…」
自然とそう呟いていました。何日か滞在して東京に帰る頃、孫の私とまた会えなくなると寂しがる祖父母に私は似顔絵を描いてあげていました。並んで微笑む祖父母と真ん中に私。その私の絵をおばぁちゃんは全部取っておいてくれていたのです。
翌日のお葬式では、父と母が泣いていて私は泣きませんでした。ちゃんとおばぁちゃんを見送ってあげたい。そんな使命感を感じていたんだと思います。葬式が終わって棺を霊柩車に乗せることになりそこに私も加わりました。たくさんの大人が集まっていましたが棺はすごく重くてとてもじゃないけど霊柩車まで運べそうにありませんでした。腕がつりそうになりながらやっとの事で運んでいると、途中で奇妙な感覚に襲われました。あれだけ重かった棺が、まるで中身がなくなったみたいに軽くなったのです。周りの大人の誰かが私を見かねて助けに来てくれたんだと最初はそんなふうに思いました。お礼を言おうと隣を見ると下の方から小さな白い子供の手がニュルリと伸びていました。霊柩車は棺を乗せるとクラックションを鳴らして走り始めました。私がそれを眺めていると、そっと手を握られる感触がありました。咄嗟にさっきの白い子供だなと思いました。そして私は思い出したのです。小さい頃祖父母の家に行く時に楽しみにしていたこと。おじいちゃんとおばぁちゃんに会うこと。家にいるあの子と遊ぶこと。そして私は帰る時に描いてあげるのです。仲良く二人で並んで微笑む祖父母の後ろにその子の似顔絵を。
おばぁちゃんち 山内綾 @yamauchi
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