2.真理花

彼女と僕は、山の奥へとどんどん分け入って行った。

思い思いの声で鳴き続ける蝉、七色に光り輝く虫、宝石を散りばめたような川や、何の動物の跡かも分からない獣道まで。

とにかく、僕らにとって全てが驚きと感動の連続で、まるで宝箱の中に飛び込んだみたいだった。


そんな時。僕より半歩先行していた彼女が立ち止まり、肩を叩く。


「ねぇたっくん、見て、あそこ」

「…ん?」


彼女が指差す方向へ良く目を凝らす。今まで歩いてきた獣道の先に、看板のようなものがあった。明らかに人工物。ここまで手付かずの自然を見てきた僕には少々の落胆と、なぜ人工物がこんな所に、という好奇心が沸いた。

彼女も同じだったようで、誰に遠慮する訳でもないのに目配せを交わし、木々のトンネルを進んで行く。


そして。


「吊り橋だ!吊り橋だよ!

すごい…何だか探検してるみたい!」


辿り着いた場所は、谷川の真上だった。

どうやら切り立った崖のようで、対岸へ渡るには吊り橋を渡るしかないようだ。


「先行くね、たっくん!」

「あっ、ちょま…」


溜め息をつきつつも、僕は吊り橋へと足を向ける。中々どうして、彼女の行動力に対しては抗えないらしい。元々高い場所、というのはどうも苦手なのだが、彼女の笑顔を見るとどうでも良くなっていた。僕の前を行く、どこまでも真っ直ぐな彼女。

彼女は僕が躊躇っていることを察したのか、橋上で振り返る。揺れる髪と、向けられる笑顔。僕がこんなスーパーリア充みたいな時間を過ごして良いのだろうか、という自嘲を含みながら、吊り橋へと足を乗せた。

その瞬間。


---自嘲。


ふと、この単語が脳裏で反芻される。

こんなに事が上手く進んで良いのだろうか?

そんな不安に駆られたその瞬間、1つの仮説が想起される。もしかしたら、底辺を歩んできた僕にとって、彼女の笑顔を享受する事は罪だったのかもしれない。

でも、信じたくない。

急いで看板の場所へと駆け戻る。

彼女を独占し、優越感に浸ったのは罪だったのかもしれない。

でも、きっと違う。

看板は錆が点在し見づらかったが、必死に読める字を探す。

一瞬のように感じられないこの空間で、

僕は---


書かれているはずのない文字を、見つけてしまった。


「ダメだ真理花!

戻ってこい、そっちへ行っちゃ---」


僕が伸ばしたその手の先。


彼女の---真理花の姿は、消え去った。

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あの丘の上で君を待つ はむす @HMS_tns

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