失くしたスマホが異世界から勇者一行の自撮りを送ってくる話

@sugarAsalt

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 スマートフォンをなくした。おれはずいぶん困った。

 なにしろ、最近のスマホというのは果てしなく便利に作られていて、時計と電話はもちろん手帳、カレンダー、カメラに財布。それらがすべてあの薄い板切れに詰まっている。おれは純粋な男だから、便利だと知ったらそれに頼りきりになってしまう。

 そんなわけで、スマホをなくすというのはおれにとって、時計と電話、手帳、カレンダー、カメラ、財布をいっぺんになくすこととまったく同じことなのだ。


 それにしても不思議なのが、自分がどのようにしてスマホの紛失に至ったかがいまだに思い出せないことである。

 定期券もスマホの電子マネー機能を使っているから、出社して帰りの電車に乗ったときにはまだ持っていたことに疑問の余地はない。

 それが、最寄り駅の改札でポケットを探ったときにはなくなっていたのだ。おれの使う路線はすりに気づけないほどには混まないから、盗まれたということも考えづらい。まるで、おれの身体の近くで、スマホだけが突如として時空のはざまにでものみこまれてしまったかのようであった。

 おれは慌てていないふりをしながら乗り越し精算機の前のちょっとしたスペースで、およそスマホの入りそうなポケット、鞄をあらためたがどうしてもスマホは見つけられず、駅員に事情を説明してキャッシュを支払って出る羽目になった。


 スマホをなくすというのは恐ろしいことだというのをおれは思い知った。

 クレジットカードのデータを登録していたからカード会社に連絡してカードを止め、再発行を依頼しなければならない。電子マネーを使えなくするには鉄道会社だ。よくもまあこれだけのものを一つの機械に集約したものだ。

 手帳やカレンダー、電話帳は実はクラウドに保存してあったから、新しいスマホさえ用意すれば再現できる。

 スマホを新調して初めにそれをやった。

 新調したスマホのデータをあらためていて、おかしなものを見つけた。スマホの写真一覧におかしな写真があった。

 風景を撮影した写真であった。海外だろうか、西洋風の街並みに、見慣れない服装の人々が行きかっている。もちろんおれは海外などに行っていないので、撮影した心当たりが全くない写真である。

 おれの脳裏に浮かんだのは、失くしたり盗まれたスマホが海を越えてどこぞの国のどこぞの家庭で不正に使われているという、よくある話だった。これもその例ではないだろうか。写真を誰かのクラウドにアップロードされておれのスマホに同期されているのだ。

 おれは腹を立てて、その写真を睨みつけたが、それには何の意味もなかった。

 写真は日々数枚ずつアップロードされた。

 例によって街並みの写真が多かった。そのうちにおれは違和感に気づいた。理由はすぐに分かった。写りこんでいる人物たちの服装だった。この時代、国によって服装が大きく違うということがあるだろうか? 写真に写っている人々はどうにも不思議な格好をしていた。そろって民族衣装を着込んでいるのだ。まるでどこかのテーマパークのようだった。

 そう思って見ると、写りこんでいる景色がこの世のものではないような気がしてくる。地獄のような凄惨だとか、まるで天国のように美しいとかではないが、どことなく現実味が薄い風景だった。

 そんなある日、スマホを不正に使用している者の顔を知った。

 内側のカメラに気づいたらしい。持ち主の自撮りがアップロードされたのだ。

 一枚目には、若い男が写っていた。ずいぶんと美形な青年だった。目鼻立ちはくっきりとしていて、さらっとした金髪を頭の後ろでまとめている。肩に羽織ったケープのせいでわかりにくいが、やたらと華奢に見えた。腰には無骨な剣をさしていた。まるでファンタジーゲームに登場する剣士のようだった。

 二枚目以降を見て、そいつらがチームで行動していることを知った。

 先ほど書いた剣士風の男は常に中心近くに写っている。

 また、写真にはいつも、黒っぽいローブにすっぽり覆われた服装の少女がいつも写っている。まるで魔法使いのようにも見える。

 彼らはチームを組んで旅をしているようだった。初めのころ、街中でばかり撮影されていた写真は、日がたつにしたがって、森や、荒れ地へと移り変わっていった。

 わざわざそういうところで撮影された写真には、背景におよそ現実に存在しないような、角の生えた馬や、羽の生えたトラのような生物の死骸が写っていることが常だった。

 旅の写真の合間には狩った獣や釣りあげた魚との記念写真、食事を囲む写真もアップロードされた。どこの世界の人間も考えることが同じであることに、おれはかすかなおかしみを感じた。


 いつからか更新される写真を眺めることがおれの楽しみになっていった。

 毎日帰っては端末を同期する。彼らの冒険は順調に進んでいるように見えた。おれは写真に写ったモンスターの死骸や、建物の形から、その世界のことを垣間見たつもりになって楽しんでいた。まるでゲームの中の出来事のように、あつらえたような宝箱が所々にあるのがおかしかった。

 似たような写真に思えても、敵は冒険が進むにつれて次第に変わっていっている。一つ前の写真と区別がつくかといえば難しいが、冒険が始まったばかりのと比べれば一目瞭然だった。色合いは、赤や黒といったどことなく凶悪そうなカラーリングにかわっているし、サイズもずいぶん大きくなっていて、ともすれば画像から見切れてしまいそうなくらいだった。おかしいのは、彼らがどういうつもりで写真を残しているのかわからないが、なんとかモンスターのすべてを写真に写そうとしていることだった。大きくなるモンスターの体躯に従って、彼らの写り方が窮屈になっていった。このまま旅が進んでいけばいつか、人か、死体かが入りきらなくなることは時間の問題だろうと思われた。モンスターの写りこむ背景を見ても、草木が貧しくなってきているのが明らかだった。


 豊かな王国を発ち、勇者たちは、荒れ果てた地の果てにそびえたつ、魔王の城へと向かっている。

 おれはこういう構図を想像せずにはいられなかった。彼らはきっと本当に勇者一行なのだ。


 その想像を裏付けるような出来事がすぐに起こった。

 きっかけはある写真がアップロードされたことだった。おれはいつもの通りうきうきと画像を開いた。

 いつものように敵モンスターを倒したあとの記念撮影に見えたが、勇者の左腕が赤く染まっていた。左腕にけがを負って、赤い血がしたたっていたのだ。

 おれははっとした。彼らは敵と戦っているのだ。敵を傷つけているのだから、同じように、自分たちが傷つけられる可能性だってあるのだった。おれはうろたえて、過去の写真を振り返った。

 おれが見落とし続けていたものがそこにはあった。魔法使い風の少女の腕にひどい火傷の跡が残っているのを見た。常に袖の長い服を着ていたのはそのせいだったのだ。

 おれはいかに節穴だったのだろうか。

 彼らは傷つきながら、一歩一歩進んできたのだ。いちいち写真を撮るのも、これが彼らが全員揃う、最後の記録になるかもしれないからなのだろう。

 おれはいてもたってもいられなかった。写真には取られた場所の座標が記録されている。スマホの地図に座標を入力すると、驚いたことに、自動車で二時間ほどの道のりが表示された。

 近くの駐車場に自動車を置いた。地図を睨みながら進んでいくと、いつの間にか、まったく現実味のない空間に入り込んでいた。

 振り向いてもどこまでもその景色が続いている。どこまでが非現実で、どこからがおれの暮らしてきた現実なのか、その境界はあいまいで、にわかには区別ができそうになかった。

 歩いていると、やはりここが彼らが写真を撮った世界だという確信がどんどん深まっていった。

 彼らの写真に写っていたような光景が所々に見られたからだ。

 魔王の城はそれとわかる大きさだった。このような巨大な城に住んでいる魔王はさぞかし大きい存在なのだろう、強そうな存在なのだと想像することは容易だった。

 入口の前には宝箱が置かれている。

 おれは二度と、ここには戻れないだろう。ここは桃源郷とかきさらぎ駅とか、そのたぐいの存在なのだ。きっと。そういう確信があった。だからこれはその最初で最後のチャンスだ。彼らの力となるために、このチャンスを生かすための準備はしてきたのだ。

 城の、直前。巨大な門の目の前に置かれていた宝箱に、おれは用意してきたものを入れてその場を立ち去った。


 それからしばらくして、クラウドに何枚かの写真がアップロードされた。

 初めの一枚はあの魔王の城の正面で撮られたものだった。最後の写真を見ておれはつい微笑んでしまった。

 秘密兵器、使ってくれてるじゃないか。

 記念撮影をする一行の後ろには、魔王らしき巨体が倒れ伏しているのが写っている。

 おれが入れておいた自撮り棒のおかげで、写真には魔王の巨体がすっぽり収まっていた。

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