17-2
『(宛名なし)
この手紙を、ついに誰に送るかわからなくなってしまいました。「生きているうちに遺書を交換しよう」という約束のもと左良井さんに送るはずのこの手紙だけれど、当人は僕を置いて先にこの世から旅立ってしまった。誰も僕を裁いてくれないなら、僕が僕に手を下すしかない。そう考えたこともありました。その最中に届いたのが、彼女からの件の手紙です。左良井さんを裁いたのが運命とかいうものなのだとしたら、僕はその運命とやらに最後まで付き合いたい。……左良井さんの遺書が僕にそう思わせました。
遺書を手にして読んだ時気づいたのは、遺書は生きているうちに書かねばならないという、ごく当たり前のことでした。今、僕が持っている左良井さんが生きた証は、彼女から届いた一通の遺書しかない。それは確かに僕たちの関係を物語るけれど、僕にはそれだけでは足りないのです。
僕もまた遺書として、彼女との時間をゆっくり綴ろうと思います。これを書いている間に僕は何かの拍子に死ぬかもしれない。それくらい、僕たちの間にはいろいろなことがありました。きっと出会った当初から話したほうがいいんだと思います。
この手紙を読んでくれる誰かへ。すべては僕の、覚めない夢の中の話だと思ってくださって結構です。
左良井さんはただ、短い夢から覚めてしまっただけの事。
あれは、もう春だというのに、冬の名残が厚手のコートを通り抜けて僕の身体に届く日のことでした。……』
【「すべては覚めない夢の中で」完】
すべては覚めない夢の中で 灯火野 @hibino_create
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