ただの魔法士に出来たこと

矢多ガラス / 太陽花丸

            




 僕はどこにでもいる、ちょっと魔術が使える程度の魔法士だ。


 幼少期に通りすがりの占い士から魔術の才能を見初められ、彼女の推薦と村の支援金で、魔法学園に4年間通った。卒業までに中級魔法士の称号を得て、つい最近、村へ帰ってきた。一通りの属性魔法が使える。が、逆に得意な分野がない。器用貧乏とは僕のことをいうのだろう。


 そんな僕は村に帰ってきてからというもの、魔物退治の仕事についていた。そこまで強い魔物は出ない。昼は兎種、夜は蝙蝠種が主である。


 今まで兵装した自警団のみで撃退していたが、それでも怪我をし、傷が原因で病にかかり、亡くなる人もいた。そこに僕という魔法士が加わるだけで、戦闘が劇的に楽になる。村付近の小物なら初級魔術で片付く。相手が群れで来ても守ってもらってる間に範囲魔術を用意すればいい。怪我をしてもすぐに治癒と解毒も行える。


 僕は村にとって居なくてはならない存在になった。ひとりのために支援金を出すことへずっと不満を抱いていた村の人も、最近は笑顔で挨拶してくれる。嬉しい。


 本当は城下町の方で冒険者や市内警備の誘いもあった。けど僕は村に帰り、村のために何かしたかった。そして帰って来た僕。しかし中級魔法士なんかに特に重要なことが出来るとは思っておらず、とりあえず次の日から始めたことといえば、畑仕事だった。昼頃に家を訪ねに来た村長が土だらけの僕を見て笑っていたのを覚えている。そして午後から正式に村の警備係、並びに魔物退治屋へ任命される。


 半年が経ち、改めて魔法士の重要性を再確認した村では、次の魔法士の育成を視野に入れていた。学園に出すには費用がかかる、才能がないと投資が無駄では、と悩んでいたので、仕事の合間でよいならと僕がとりあえずの指導役をかって出る。すると大いに喜んでもらえた。そして僕は多忙になった。


 早朝は村の見回り。個人で出来る簡単なもので、散歩に近い。朝食を摂ると昼まで魔力のある生徒の魔術指導。教科書は僕が学園でまとめた用紙を村の数人で書き写してまとめたものだ。昼からは村の警備。自警団と協力し広範囲を見て回る。帰って来たら自分の勉強。稼いだお金で旅商人から魔道に関する書物を安く買っており、自己鍛錬を怠らない。僕は村に必要とされている。それに応えたい。夕食を終えたら夜の見回り。魔術で強めの明かりを作って回る程度だ。そして就寝。そんな忙しくも充実した日々が続いた。




 今思えば、日々の鍛錬を積んでおいて、本当に良かったと思う。


 僕は胸を穿ち背中へ突き出た槍を強く掴む。

 その槍の持ち主である魔物、スピリットデーモンは僕の急所を外したことに苛立たしい様子だった。纏った霊魂が炎のようにゆらゆら揺れている。




 夕暮れ時にスピリットデーモンは現れた。この魔物は悪魔契約した腕の立つ悪人の死体が浄化されないで放置されると稀に発生する。大抵ラージスピリット、もしくはスカルデーモンになるのだが、発生する時に大量のマナを浴びたのか、上位種のスピリットデーモンが発生してしまったようだ。物理攻撃無効。また、中級魔術以上でないと効果がない。村で太刀打ちできるのは、中級魔法士である僕だけだった。


 最初に対面したのが元冒険者の方でよかった。また、相手が槍を主体にした攻撃に拘っていたことも幸いした。もし霊圧で攻めてくるタイプなら、僕が駆けつけるまでに誰か死んでいただろう。


 まずは村から遠ざけるために魔法をいくつか浴びせた。注意を引きつけることが目的であり、初級魔法を派手に行使して魔物を誘導する。自警団が何人か駆けつけようとしていたが、それを声を大にして止めさせる。物理攻撃では意味がないと。そして元冒険者の方が指示すると、彼らは村に戻っていった。おそらく、事前に打ち合わせてあった通りに避難するはずだ。しかし元冒険者だけはこっちへ向かってくる。覚悟の決まった顔だった。彼は多分、この戦闘で生きては帰れないことを知っている。皆が逃げる時間を稼ぐためにその命を差し出すだろう。


 相手は上位種。とてもじゃないが、元冒険者と中級魔法士でどうにかなる相手ではなかった。当初こそ僕らは活路を見出すべく戦っていたが、魔物が魔術も繰り出してきた時点で一気に劣勢となる。


 元冒険者が足をファイヤアローで射抜かれ、上体を崩した所に顔面へ強烈な霊圧をぶつけられる。吹っ飛ばされ、追い打ちをかけようとする魔物に生じた隙へ、残り少ない魔力を使い強めの中級魔法を放った。さすがに無視できないダメージが入る。しかし致命傷には遠く、先に僕を片付けようと思ったか、進行方向を変えさせるぐらいだった。


 すでに疲労がピークに達しており、長くは戦えないだろうと、僕は命を終える覚悟をする。もしかしたら勝てるかも、なんて甘くはなかった。さすがは上位種、実力差は火を見るよりも明らかだった。


 ザザザッ


 僕は大詰めにかかる。もしものために用意していた魔術。足で陣を描き、用紙にあらかじめ引いておいた魔法陣に魔力を通し、


 キシャアァアアアア!


 スピリットデーモンの槍が心臓を狙って走る。


 その致命傷はまずい・・・!


 すんでのところで上体を揺らすと、槍は右肺を貫いた。

 そして僕はその槍を強く掴む。

 魔物は僕の急所を外したことに苛立たしい様子だった。纏った霊魂が炎のようにゆらゆら揺れている。


 今だ!


 描いた全ての魔法陣に魔力を通し、即席の無詠唱魔術を発動させる。僕の体が発光し出した。


 残った魔力で出来る、最後の大技。至近距離でこそ真価を発揮するその魔術は、自爆魔術。たとえそれが中級魔術であろうと、これだけ近距離から打たれればひとたまりもないはず。記録上では、サイクロプスすら消し飛ばす威力を発揮したという。


 ギギャア!?


 異常な魔力の流れを感知し槍を手放して飛び退こうとするがもう遅い。


 うねる空間に捕まり、その動きを止めるスピリットデーモン。


 次の瞬間 ――――――




 生還した元冒険者によって、村にはある民話が残った。



『昔々、魔道に通じるひとりの男子が生まれた。


 彼の魔術は大地を揺らすほどの、天を突く光の柱だった。


 その光は魔を払った。


 彼は村に生まれた天の使いであったに違いない。


 彼は村に光を残すと、天に帰った』



 この村は、魔法士を輩出する村として拡大し、町の規模にまで成長したという。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただの魔法士に出来たこと 矢多ガラス / 太陽花丸 @GONSU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ