8.

 彼から連絡が入った。週末に話したいことがあるから、ということで当日わたしは久しぶりにめかしこんで支度をした。

 いつもの駅の階段前で待ち合わせてから、向かった先はどこにでもあるファミレスの店舗だった。疑わしげなまなざしを送るわたしに、長くなりそうだからと押し込むようにして店に入った。

 時間帯はちょうど昼時だったが、雰囲気から昼食を食べるような気分になれず、彼と一緒に飲み物だけを注文した。

 別れよう、店員が飲み物を置いてその場を去ったあとに彼は端的に告げた。彼の物言いはいつもぶしつけで簡素だった。

 わたしはどうして、と訊ねかえした。

 最近おまえが怖くなってきた、彼はわたしから視線を逸らしつついう。

 ひどい話だった。わたしはなにもしていないのに、あなたのことをずっと考えているのに。こんなにもあなたのことを気にかけているのはわたしひとりだけなのに。思い上がりかもしれないが、ことにかけてわたしは常日頃から彼のことを想ってきた。

 それなのに彼はわたしに視線を寄越してくれない。

 おまえはなにもいわない。テーブルに載せられた彼のこぶしは小刻みに震えていた。なにもいわないくせにずっと俺を観察するかのようにじっと見つめるんだ。値踏みするように。

 なにが悪いのだろう。わたしは彼がまた勘違いをしているのではないかと思った。彼がわたしを恐れているなんてなにかの冗談に聞こえた。いつもわたしは彼のやることを、挙動を、声を身体を心を、ただ考えられる限り愛してきただけだった。それの、なにが悪いの?

 その目だ、彼の声はひるんだように跳ねた。

 目、とわたしはつぶやいて首をかしげた。

 許してくれよ、彼はもう懇願するようだった。これからはおまえに会わないし、万引きしたこともちゃんと店に話す。後輩にもおまえと付き合っていたことも正直にいう。おまえからもらったものも全部返すから、なぁ気に食わないならいってくれ、なんでもいいから。頼むよ。俺を許してくれ。

 泣いて矢継ぎ早に詫びる彼をどうにか押しとどめて先に帰宅してもらうことにした。去り際に向けられた彼の目はおびえるように弱々しかった。

 数分後に自分も席を立ち、周囲からの好奇な視線に気付かないふりをしつつ店を出た。

 店を出て戸を閉めたあとわたしは肩をすくめた。

 彼が心情を吐露したことは意外だった。今まで本心を包み隠していたことにも、その内容にもいささか驚きを禁じ得なかった。

 彼は落ち着いただろうか。ずいぶん錯乱していたようだしちゃんと家にたどり着けるといいが。わたしは心配になり反射的に彼の家まで足を向けようとして踏みとどまった。さすがに今日会うのはまずそうだ。

 精神的に不安定なようだし、一度心療内科で診てもらったほうがいいかもしれない。彼がいったことを踏まえてわたしも改善しないといけないようだった。反省する。


 しかしまぁ大丈夫だろう。

 彼がきっと思い悩んでしまったのもわたしの愛情が足りなかったから。だからちゃんとこれからも彼のことを、あなたのことを見ているから。

 なにをしても、なにがあっても、わたしはあなたのことを許してあげる。


 愛情を注げばちゃんとものはなおってくれるって。

 だって、わたしたちは恋人だものね?







 ―了―

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