竜退治はもう飽きた

卯月

短編 竜退治はもう飽きた



 岩肌を指でしっかりと掴み、足のつま先を岩のでっぱりに引っ掛け、苔で滑らないようにがっちり固定する。人の手の入っていない岩肌は滑りやすく、僅かでもしくじったら地面まで真っ逆さま。そうなったら幾ら金属鎧を着ていても命は助からない。

 己が長年鍛錬によって培った感覚と経験を信じ、一挙手一投足、慎重につかむ岩を選び、ゆっくりとだが確実に、背嚢を背負った鎧姿の人物は天の頂へと昇っていた。



 岩肌を登り終えた人物はホッと一息ついて、背嚢から革製の袋を取り出し、蓋を開けて中身を流し込む。中に入っているのは沢の水、冷たくすっきりとした味が死の緊張を緩ませ、自らがまだ生きている事を実感させてくれた。だが、これから挑む相手に比べれば、先程の崖登りなど準備体操でしかないのは自分でも良く分かっていた。

 つかの間の休息を終えた人物は再び背嚢を背負い歩き出す。目的はまだまだ先、こんな入り口でへばってはいられない。



 崖登りの次は鬱蒼と生い茂る暗い森を短剣を片手に進む。短剣と言ってもそれは分厚く、重く、まるで鉈のような造りで、邪魔な木の枝や腰まで伸びきった名も知らない草を簡単に切り払い、道を作ってくれる。

 森には所々に落ちている糞や草を食べた跡、木に縄張りを示す牙で作った傷跡があるが狼のような肉食の獣の残滓は無い。居るのは鹿や猪ばかりだが、それにしては森は思ったほど荒れていない。

 途中、ちらほらと小動物が視界に入っては見慣れない闖入者を警戒して隠れてしまうが、招かれざる客も特別腹が減っているわけでも、血に飢えているわけでもなかったので、気にも留めない。ガチャガチャと金属鎧特有の金属同士の擦れる音をかき鳴らしながら、森の静寂をぶち壊して鎧姿の人物は人の寄り付かない未開の森を切り開いて行った。もう一度同じ場所を通れるかはまだわからない。



 太陽の光が碌に届かない薄暗い森にいい加減うんざりしながらも、草木を掻き分けつづけて数刻、ようやく森を抜け出ると、開けた平原が広がっていた。久方ぶりの開けた場所に気分が晴れ、さらに目を凝らせば奥には湖が広がっているのを見て、住み心地の良い土地だと暢気に構えていた。だが、それよりも目を引いたのが湖のさらに奥にそびえ立つ、雲を突き星にも届きそうなほど天へと一直線に伸びた岩。伝承によればあの岩は神々が住居として築いた一本の塔だという。周囲はそれを子供染みた御伽話だと一笑に付したが、実際に目の当たりにすると案外本当に神が造ったのではと思えてきた。あのような形の岩は同じ物を除けば他に類を見ないし、人が造れるとは到底思えない。城の尖塔の百倍はありそうな高さは確かに神々の住まう住居として相応しいだろう。

 しばし感動に身を委ねたものの、あの塔を見るのが目的ではない。いや、あの塔の近くなら目的のお相手は必ずいる。自身の身内や先祖から聞き伝えられた話では、彼等の住処はあの塔の付近だと言われている。

 その証拠は湖、そして塔に近づくにつれてまばらだが散見していた。数多くの骨である。そのどれもが粉々に砕かれ、元が何の動物、あるいは人なのかもしれないが、判別出来ない。拾った骨を丹念に観察すると、辛うじて分かるのは鋭い刃物か何かで切られた、または物凄い力で押しつぶされたような跡があるという事だ。そしてそこかしこに散乱する骨の量を見るに、吐き捨てたのか糞なのかは知らないが、この骨を食い散らかした主は相当な大食漢らしい。

 この場に居ては自分もこの骨のように成るのではと、最悪の未来を想像したが、今更後には引けないのは分かっている。骨を投げ捨て、先を急いだ。



 湖のほとりまで来た鎧の人物は背嚢を下し、中からパンと干し肉とチーズを取り出し、食べ始める。もしかすれば最後の晩餐となるかもしれない食事にしては随分としみったれてるが、手持ちの食糧はこれぐらいしか無い。森で獲物を狩ればもう少し豪勢な食卓になるが、それをやると本当に最後の食事になってしまいそうだったので止めておいた。少なくとも自分は次の食事も食べる気がある。ここで骨まで朽ち果てる気は微塵も無い。

 つかの間の休息は精神を休め、貧相な食事は確かに身体に英気を吹き込んでくれた。後は己の運命に身を委ねるのみ。

 鎧の人物は首に掛かっていた紐を取り出し、装飾の施された乳白色の棒切れを口に咥えて、力の限り息を吹き込む。しかし何も起こらないし、何も変化はない。実行した本人も何も起こらないので、自分が一人で馬鹿な事をしているのではと僅かに疑ったが、幸いにもすぐに変化は起こった。



 ――――それは空からの来訪だった。



 初めは空に黒い点がポツリと現れただけ。だが時が経つにつれて段々その点は大きくなる。それだけでは無い、その点の両端は上下に規則的に動くと、かすかにバサリバサリと音を立てているのが風に乗って聞こえてくる。猛禽の羽ばたきのようにも思えたが、何かが違うと本能から警鐘が鳴らされる。あれは鳥などとは桁が違う災厄、人が敵う筈の無い暴力の化身、神々が自らの力を分け与え、身辺を護らせた神話の獣。

 一枚の大きさが納屋ほどもある巨大な一対の翼、白銀と見間違うような光輝く鱗、蛇のように長く大木のように太い胴体。しきりに首を動かしているのは何かを探している仕草に思えた。

 そして、目的の物を見つけたナニカはたっぷりと息を吸い込み、地上に向けて咆哮を放つ。正確には地上に居た己に、だ。

 身内から聞いた話ではこの咆哮は単なる威嚇らしい。ヤツの本来の咆哮は聞いた者の魂を砕き、その場で絶命させる程の力があるという。今、自分が命を失わず、両の足で立っていられるのは、先程のが単なる挨拶だからに過ぎないのだ。

 ヤツが湖畔へと降り立つ。手足の一本一本が地に着くたびに、湖面が揺れ、波紋を生み出す。都合四度の地響きの後、最後に特大の地響きが鳴り渡る。ヤツの白く美しい長い尾が地面に叩き付けられたからだ。

 三本のねじ曲がった凶悪な角の生えた頭を向け、猫のように瞳孔の細長い紅い瞳が鎧の人物を射抜く。瞳の下部に位置する口は短剣ほどもある牙が上下無数に生え揃い、石だろうが鉄だろうがお構いなしに噛み砕いてやると隠しもしない。



 ――――神の尖兵ドラゴンである。



 ドラゴンは目の前の小さな人間を興味深そうに眺めていた。と言ってもそれは、珍しい虫を見つけた幼子が手に取って足をもぎ取ったり身体を潰してどれだけ動いていられるのか試してみたいという興味に近かっただろうが。


『二本脚よ、我に何か用か』


「ああ、本当にこの笛でドラゴンを呼べたのか。全然音が鳴らないから、みんなから騙されているかと思った」


 驚く事にこのまるで共通性の無い二種の種族は会話を成立させている。ドラゴンの方は若干声がくぐもって聞き取り辛いが、確かに人の言葉を喋っている。だが、質問に答えなかった人間にドラゴンは無視されたとやや怒りを滲ませる。


『まさかその音が本当に我に聞こえるのかを試すためだけで我を呼んだと言うのか。だとしたら簡単には殺さぬぞ二本脚』


「ん?ああ、すまないなドラゴン。ちゃんと目的はあるからそう怒るなよ。それで、俺の目的はお前を殺しに来た」


 互いに互いを殺すと言ってのけたものの、どちらも本気に思っていないのか、二人の間には白けた空気が流れている。片やドラゴンは、地を這う虫けら同然の二本脚に自分が殺せるなどとは思っていないし、もう片方の人間も本気でドラゴンを殺そうなどといった殺伐とした感情は纏っていない。

 そしてドラゴンの方は喉を鳴らして声を上げる。それはまるで人間が笑いをこらえきれずに爆笑しているようにも見えた。


『なるほど、これが面白いという気持ちか。卵より産まれて、初めて知ったぞ。本当に貴様が我を殺して食えると思っているのか』


「喰いはしないが、お前を殺せるのは俺の先祖や父や兄が証明したよ。俺の家の男は15歳になったら、全員竜を一頭狩って帰るのが掟なんだ。だから、お前を殺す業を身に付け、道具も用意した」


 その言葉を合図に白けた空気が一変する。湖面の波紋が納まったと思ったら、再び新しい波紋が生まれては消えて行く。だが、ドラゴンは動いていないし、風も起きていない。しかし、確かに何かがそこに有るのは確実だった。

 それをドラゴンは文字通り肌で感じていた。鱗に覆われていない翼の被膜には無数の産毛が生え、比較的弱い翼を保護しているが、その産毛が総毛立つ。こんな感情は今まで感じたことが無く、一体何が自分の身に起きているのか見当もつかなかったが、ただ、張り詰めた空気が痛みとなって本能を刺激する。『決してこの虫けらを侮るな』そう何かが囁くのだ。


『ははははは、そうか、この痛みは貴様が生み出しているのか。我に痛みを与えるとは、本当に面白い二本脚よ。

 ならばいつでも来るが良い!返り討ちにして喰らってやるわ!』


「あ、そういうの要らないから。落ち着いてもう少し話をしようぜ」


 痛みを感じたドラゴンが目の前の男を最大級の脅威と見なし臨戦態勢を見せたが、どうでも良さそうに男は話を続けようとする。それを何が何だかわからないと、開いた口が塞がらない呆然とした様子のドラゴン。殺しに来たと言うくせに、話を続けようと提案する。一体何をしたいのか全く理解不能な行動をとる生き物をどう扱うべきかドラゴンは途方に暮れていた。


「あーなんか警戒してるのか?俺が鎧とか武器持ってるから、疑ってるんだな。なら武器とか全部外すから待ってろよ」


 そう言うと男は、立ち上がって兜を放り投げ、鎧の紐を緩めて篭手、肩当、胸当て、と次々身体から外して行き、腰に佩いた剣も鞘ごとドラゴンの目の前に放り投げてしまった。

 完全に丸腰になった男は初めてドラゴンに素顔を見せた。ドラゴンの対比と鎧で分からなかったが、男は小柄だった。声変わりはしているものの、体格は細く、顔立ちは幼く、目はくりくりした愛らしさを宿し、髭など一本も生えていないスベスベした肌、短く切り揃えられた癖の無い黒髪は手入れが行き、届き育ちの良さをうかがわせる。ドラゴンに人の成長の度合いなど分かりはしないが、男はまぎれもなく少年だった。


「よーし、これで話がしやすくなっただろう?俺達人間は道具を使わないと犬にも勝てない奴が多いんだぞ。ドラゴン相手じゃ幾ら俺でも素手は無理。さあ、じっくり腰を据えて話をしようぜ」


 彼は言葉通り腰を据える為に、傍にあった岩に腰を下ろしてドラゴンに正面から向きあう。


『―――まあ、いい。それで何を話すというのだ?そもそもこれから殺す相手と言葉を交わして何が得られるというのだ』


「うーん、いざ聞かれると良く分からん。俺はもっと幼い時からお前達ドラゴンを殺す業を教わって来た。ずっと昔から俺の家、王家の男はドラゴンを殺してきた。そうして国を護る力をつけろと言い聞かせられたが、俺は何か腹が立ったんだ」


 戦う気を削がれたドラゴンはもうどうにでもなればいいと、やけっぱちになって少年の話に付き合うことにして、少年も深く考えずに己の身の上話から始めることにした。


「誰かに言われてお前達を殺すのが嫌になった。自分の意志で相手を殺さないと気分が悪い。だから父や家臣達がことある事にドラゴンを殺せと言うから、俺はお前達を殺さない。けど、戦いから逃げたと笑われるのも腹が立つ。だからお前達ドラゴンをもっと知りたくなった。そして、お前達と友になりたいと思った」


『―――良く分からない事を言う二本脚だな。他の誰かにやりたくない事をやらされるのは我も不快なのは分かる。それは我の意志を捻じ曲げて従えさせる事だ。それはいい。

 だが、友とは何だ?つがいの事か?それとも同じドラゴンになるつもりか?』


 ドラゴンは群れを作らない。つがいを作り、雌が卵を産むまでは雄と共に行動を共にするが、それが終われば再び孤高の身となり、互いに離れて暮らす。そして、卵から孵ったドラゴンは自分の縄張りを見つけてそこで暮らす。ドラゴン同士が縄張りに入っても仲間とは思わず、さりとて殺し合う事も無い。雌を巡って争うことはあっても、それを除けばひたすらに無関心を貫き、互いに顔を付き合わせる事さえ稀だ。それ故に人のようにコミュニティを作る事も無ければ、戦争をする事も協力する事も無い。だから、友という概念すらいま初めて知った程だ。


「友って言うのは、共に居て笑いもするし悲しみもする、たまにくだらない事で殴り合っても、後から仲直りして、また笑える対等の相手だ。いつも一緒に居るわけじゃないが、離れていても忘れたりしないし、顔を合わせればいつの間にか日が暮れている事もあった。俺にとっては替えの利かない大事な存在だ」


『良く分からぬが、我はお前を面白い二本脚だと思った。それはお前を友だと認めたからなのか?だが、我とお前は姿が違うぞ』


「人だって誰もが違う姿をしてるし、言葉の通じない犬を友と呼ぶ人間だって俺は知っている。だから人とドラゴンでも友になれると俺は信じている。

 そうだ!ドラゴン、お前は何かしたい事とかあるか?友のやりたい事に喜んで付き合うのも友だ。お前も一つぐらい何かしたいことがあるだろう?」


 少年はドラゴンが自分の話に興味を持ってくれた事が嬉しかったのだろう。さらに対等と言う言葉を否定しなかったのに気付き、声に熱が籠る。何かきっかけになりそうな話題を必死で考え、ドラゴンに尋ねる。

 しかし、ドラゴンの方はしたい事と急に言われても思いつかない。自分が普段どのように過ごしているかを思い出しながら口にする。


『我は腹減ればお前とは違う四本脚を喰らい、そこの水を飲み、腹が満たされれば眠りに就く。それを何度も繰り返し過ごしてきた。そして時が来れば我は他の雌のドラゴンと番となり卵を作る。我はそれしか知らぬ』


「そうか、お前達は孤高な生き方をしているんだな。なら、その四本脚も食べた時何か違いがあると思わなかったか?ここに来る前に森を通ったが、人が猪や鹿と呼ぶ姿の違う四本脚がいた。普段お前はそいつらを食べてるんじゃないのか?」


『確かに足の長い四本脚と毛むくじゃらの四本脚、それから白い方の足長はそれぞれ味が違って、たまに選んで食べていた。お前達もそうするのか?』


「ああ、俺達は一つの食べ物ばかり食べたりしないし、飲み物だって水だけじゃなく色々作って飲んでるぞ。俺が持ってる食糧をお前も食べてみると良い。食糧を分け合うのも友なら当たり前にするんだ!」


 人と話をするほど知性があるのに、食べて寝るだけのまるっきり獣のような生活をしているドラゴンを勿体ない生き方だと思いつつ、味覚がある事、そして無意識に味の違いを楽しんでいると察した少年は、背嚢をひっくり返して、あるだけ食糧をドラゴンに見せる。

 初めて見る食糧に興味を持ったドラゴンは、知性を宿す真紅の瞳でそれらをじっくりと観察する。今は腹がさほど腹が減っていないが、見ていると何故か喉が鳴ってしまい、少年は笑い出す。何故、自分の喉が鳴っているのか分からず、目の前の少年がどうして笑っているのか不思議がっていた。


「お前は今、この食べ物を食べてみたいと思ったから、喉が鳴ったんだ。ほら、口を開けてみろ。俺が中に放り込んでやるから」


 そう言われたドラゴンは素直に無数の牙の生え揃った、目の下まで届くぐらい裂けた口を大きく開ける。口を開けた時、物凄い肉の腐った臭いが少年の鼻を捻じ曲げそうなほど刺激したが、彼は頑張ってそれを我慢した。今はまだつまらない事で相手を怒らせたくない。

 最初はパン、次にチーズ、その次は干し肉と、咀嚼して呑み込んだのを見計らって開いた口に次々放り込む様は、まるで母鳥がひな鳥にエサを与えているような構図で、素晴らしく微笑ましい。尤も、二者の体格差はまったく逆でしか無かったが。

 あるだけの食糧をドラゴンに食べさせた少年はドラゴンがどれか一つでも気に入ってくれた事を願い、それは確かに聞き届けられた。


『最初のはボソボソして口が渇く。次のは変わった味だが濃くて面白かった。最後の肉は何時も食べている肉と違うが、また食べたいと思ったぞ。お前達二本脚は面白い食べ物を持っているな』


 パンは気に入らなかったようだが、チーズと干し肉は喜んでくれた。それが嬉しかった少年は、もう一つ楽しみに取って置いた物も味わってもらいたくなり、水の入った革袋と別の革袋を手にして、またドラゴンに口を開けろと催促する。

 茶色い半透明の液体を流し込まれたドラゴンは、舌への未知の刺激に驚き、長大な尻尾を何度も地面に叩き付けていた。しかし吐き出したりはせず、ゆっくりと嚥下し、驚きながら少年に説明を求めた。


「今のは酒と言って、最初のパンと同じ麦を使った飲み物だ。同じ材料を使ってもこれだけ違う食べ物を人は作れる。俺と友になって付いて来てくれれば、また同じ物が今度は沢山食べられるぞ」


『う、うーむ。確かにお前の言葉に我は何故か惹かれる。特に最後の飲み物は水とも血とも違う、心地よい刺激を我に与えてくれる。それをもっと飲ませてくれるというなら、お前と友になっても良いと我は思った』


 その言葉を聞いて少年は飛び上がって喜びをあらわにする。だが、ドラゴンの方は、『しかし』と言葉を濁す。


『我はお前から食べ物を貰ったが、我はお前に何を渡せばよい?先ほどお前は対等な者を友と呼ぶと言った。ならば我はお前に何かを渡さねば、お前を友と呼べぬ』


 やはりこのドラゴンは人と変わらぬ、あるいはそれ以上の知性があると少年は感じた。そして極めて義理堅い性格をした善の者だと分かり、さらに嬉しさが込み上げてきた。やはり自分は間違っていない。このような善性の生き物を殺す為だけに、長い時を掛けて業を磨き続けてきた先祖達に文句を言ってやりたかった。


「なら、お前の背に俺を乗せて飛んでくれ。どこまでもこの空の続く限り、どこまでも遠くに、何よりも早く、誰も追いつけない速さで俺をまだ見た事の無い場所、人々、生き物のいる見果てぬ世界を見る手伝いをして欲しい!俺はもっと世界を知りたいんだ!!」


 ドラゴンの咆哮に劣らぬ少年の絶叫は当のドラゴンを怯ませ、彼の瞳に宿る狂気にも似た情熱を覗き込んでしまい、楽しいとも恐ろしいともつかない得体のしれない感情が沸き上がっていた。だが、それが何故か心地よさを与えてくれる。


『――――よかろう、今より我はお前の友となり、共に果てなき空を飛び続けよう』


「ならば名を名乗ろう。俺はローグ、バロン王国の王子、ローグだ!お前は何と呼べばいい!」


『我は卵より生まれた時より我だ。ローグよ、お前が好きに呼べばよい』


 ドラゴンに名を名乗る習慣は無い。いや、人間のような一部の人類種を除いて自らの子に名を付ける習慣は獣には無いのだから、卵を産んでそれきっりのドラゴンには当然名前も無い。


「だったらお前は今日からハイアラキと名乗れ!俺の国の初代王であり、最初のドラゴン殺しの名だ!」


『―――我はお前達二本脚とは違うが、お前が我に同族殺しの名を名乗らせるのはおかしいと分かるぞ。だが、お前がそれを望むならそれで良い』


 流石に食べる事と寝る事しかしないドラゴンでも、ローグがドラゴンに名乗らせる名としてドラゴン殺し、それも自分の先祖の名を選ぶのには文句の一つも出てしまうが、どうせ名などどれも変わらないと、ドラゴン改めハイアラキは友からの贈り物を突っ返さなかった。



 この瞬間、この世で最初の、そしてこれより千年詩人に語り継がれ、一大叙事詩となって世界中の人々に知れ渡る、伝説の白銀竜騎士が産声を上げた。これはその序章に過ぎない。


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