掌中之珠
此花朔夜
第1話
「あら、アンタ、アタシが視えるのね」
珍しいこともあるものねぇ、と赤い鱗の龍が笑った。
梅雨の頃、気まぐれに訪れた晴れ間は、妙に私の冒険心を刺激して止まなかった。ええい、ままよ、と大学へ向かう電車を降りて、向かいのホームへ。そのまま最寄駅も通り越し、気ままな鈍行の旅に出た。
これは、その道行での、思いがけない出会いだった。
「……ええと、その」
急に話しかけられて、返答に詰まってしまう。確かに視えていたけれど、ちゃんと視えていないフリをしていたのに。
「アンタ、アタシの方、やたら見てくるんだもの。そりゃあ、気づくってものよ」
失態だった。
「でも、この子は全く気づきゃしないのよね」
そう言って、赤い鱗の龍は溜息をつく。彼女に肩を貸しながら、すやすや居眠りしているのは、高校生くらいの男の子だ。私は思わず、え、っと声を上げた。
「彼、知らないんですか?」
「そうよ」
言いながら、彼女はその可愛い尻尾で彼の頬をペシペシ叩く。けれどその尾は、彼の頬を簡単にすり抜けてしまった。彼には私のような能力が、残念ながら備わっていないみたい。
じゃあ、何故、と問いかけようとして、
「アタシ、恋してるのよ」
意外な言葉に、私は目を瞠る。
「正確には、彼の魂に、だけどね」
彼女が語ることには、うんざりするほど大昔、愛しあい、運命を共にすることを誓った人間がいたのだそうだ。けれど寿命の永い龍とは違い、相手の男の人は60年ぽっちであっさり死んでしまったから、今は魂を追いかけているのだと言う。
「アタシも、もうバアさんだからね。いつまで一緒にいられるかわからないけれど」
彼女はそう言って、愛おしそうに彼に頬擦りした。
次の目的地への到着を告げるのんびりしたアナウンスが流れると、1時間近く眠ったままだった彼が急に身動ぎを始めた。
「面白いでしょう? 不思議と、乗り過ごさないのよ」
呆れたように彼女は笑う。
慌ただしく電車から降りていく彼の背中に、私は小さく手を振った。
終着駅までは、あと少しだ。
掌中之珠 此花朔夜 @MockTurtle_0v0
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