第3話 お稲荷様の引っ越し

 姉に見えるのは、亡くなった人だけではなく、ペットだった犬や、神仏の類も見えてしまうらしい。それも、一度だけでなく、あるイベントになると見え、それが

神職の発言と一致するので、錯覚とか体の不調が原因とは言えなくなってしまう。

 私の家は工務店を経営していた。父方の祖父が財閥系の銀行の内装や、役員の家を建てていたりしたものを、戦争が終わり幅員してきた父が、復興の波に乗り発展させたが、人情に篤かったのが災いして、人件費が嵩んだり、弟子の保証人になって多額の借金を抱えるなどがあり、父の代で廃業してしまったが、その過程で、我が家は数回の引っ越しを余儀なくされていた。これはそれに絡む話である。

 工務店には、商売繁盛を願ってお稲荷様が飾ってあるのが普通で、我が家にも、

庭に小さな屋代があり、毎朝、父が水とご飯をお供えしていた。そして、お稲荷様というのは、本社(ほんやしろ)から神職にご神体を分けて貰うのが正式であり、我が家の屋代もその式に則って設置されたものだった。だから、引っ越しなどで場所を移す時、一度、本社にお戻りいただき、新しい場所に移った時、再度、招くという段取りを踏まなければならない決まりがある。

 その最初の引っ越しの前日の夜、姉は我が家にいるお稲荷様を見てしまったとのことだ。

 その夜、屋代がある庭に面した和室では父と母、姉と私が寝ていた。夜半、姉は

何とも言えない思い雰囲気の中、眼を覚ました。何故か体は動かず、眼だけが冴えている中、リビングに面した障子がスーッと開いた。そこには白い着物を着た二人の男がおり、その顔は白い狐そのものだったと言う。二人が音もなく部屋に入って

来ると、今度は庭側のガラス戸と雨戸が人ひとり通れる位、同じく静かに開いて、

白い着物を着た狐が入って来たが、こちらは女だったという。女の狐は立ったまま

寝ている私たちを静かに見回した。すると、二人の狐に促され、リビングの方へ出て行くと障子が静かに閉まった、庭側の扉もいつの間にか閉じられていたという。

この間、姉は声を出して私たちを起こそうとしたが声は出ず、手で母に知らせようとしたが、体を動かす事は出来なかったらしい。

 そして、三人の狐が姿を消した後、大きな声を出して私たちを起こし、事の顛末を話したが、単なる夢と親は相手にしなかった。

 夜が明けて、昼過ぎに千葉の本社から、神職がお稲荷様を戻しにやって来た。家族が揃って屋代の前で頭をたれ、神職が大幣(おおぬさ)を一振りした瞬間、彼はその手を止め、このお稲荷様はもう帰っていると告げた。そして、屋代の扉を開けると中を見て、この家のお稲荷様は女性であると告げた。

 式が終わり、神職が帰った後、父は以前、お供えをするために、何かの事情があって、いつもとは違う方向から庭に入った時、白い着物の女と思しき狐顔の人が

屋代の前に立っていて、父に気づくと、スーッと吸い込まれるように屋代に入っていくのを見たことがあり、今まで黙っていたが、昨晩の姉の話と、先程の神職の話

でいう事にしたと語った。

 この話は、これでは終わらず、数年後、工務店の経営が傾き、戸建てからマンションに引っ越すことになった時、ベランダには災害時の避難路確保の為に屋代を置く事が出来ず、簡易の神だなには、お札のみでお稲荷様を招く事が出来ないので、本屋にお帰りいただくことにした日の前の晩、再び迎えの狐が現れ、女のお稲荷様を連れて行くのを、姉は布団の中で見送る事になった。前回から十年以上の年月が経ち、小学生から社会人となり、精神的にも大人になった状態で、デジャブを

経験したのだ。そして、今回、屋代の中が掃除したように、綺麗に清められていた

のも、我が家のお稲荷様が女性だったからではの仕草なのかと感心したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見えちゃう人との生活 @himaganai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ