第6話 Animal Symbiosis

 僕があいつを殴ってから、早二週間が過ぎた。教師があいつのことを話すとクラスはどよめいた。あいつのことを一番強いと信じて疑わなかったのだから、それがボコボコにされていたって言えば驚くだろう。僕は僕で、すぐに先生に呼び出されて、退学になるかもしれないと思っていたのに、結局二週間の間、退学どころかお咎めすらなく、拍子抜けていた。千香は相変わらず僕に話しかけてきてくれ、僕も前みたいにふさぎ込むことはせずに話すようにした。

「もう、頑張らなくていいんだよ。くまくんも、私も」

 千香がそう言っていたから。僕が一言発する度に千香が眩しい笑顔を浮かべてくれる。それが堪らなく嬉しかった。一方で、千香は今までみたいに周りの目に捕らわれることなく、少し下品に、楽しそうに笑って、勉強もそこそこに「凡人」を満喫していた。そんな僕らを見て、クラスのみんなは一様に変な空気になっていた。今まであいつに言いつけられて無視していたが、それを続行すべきか否か、判断に苦しんでいるのだろう。そして、だんだん最小限ながらも話をしてくれるようになり、やがては普通にからかい合うような仲になったやつもいる。そんなときは決まって僕が水平チョップをお見舞いするのだった。

 クラスがまとまりはじめたと思っていたその日、急にクラスがシンとなった。入り口を見れば、あいつががに股で、肩で風を切ってこちらに歩いて来るのが見えた。怒ったような無気力なような顔をして、あいつは明らかに僕の方に向かっていた。僕と喋っていた千香も緊張で拳を握る。今回のことは僕が悪い。そんなことは分かってるし、暴力を奮われたって別にいい。僕は逃げも隠れもせず、あいつの目を見た。

 そして遂にあいつが僕の机に辿り着いた。しばらく、緊張感による沈黙が続く。次の瞬間、あいつは僕の机を両手で叩いた。

「なあ、お前ジュリモンやってるか?」

「……え?」

「だから、お前ジュエリーモンスターズやってるか?」

 突然の予想もしてなかった言葉に、僕含めたクラス全員が固まった。あいつの顔は怒るでもいやみでもなく、紛れもなく笑っている。どういう風の吹き回しか。

「や、やってるけど」

「リーダー何にしてんの?」

「えっと、温帯樹海の白玉ブナシメジだけど」

「ああ!シメジ図鑑コラボのやつか!俺ホンシメジは持ってるけどブナは持ってないんだよなあ」

 話してる内容は親しい友達とでも話すようなことだ。僕を誰かと間違えてるんじゃないかと思った。もしかしたら、僕が殴ったことでおかしくなってしまったのだろうか。または、仲良くすることで皮肉か怒りを訴えているのか。とにかく、殴ったことは謝らないと。

「この前殴ったこと、本当にごめん」

 謝ると、あいつは何故かきょとんとした。

「何でお前が謝るんだよ。悪いのは最初に千香を殴った俺だろ?謝る必要ねーだろ。ま、おあいこってことで俺も謝んねーけど」

 思わず、僕と千香は顔を見合わせた。まるで目の前にいるのはあいつの顔をした別人だ。

「それと、もう無視なんかしねーから。お前には敵わねえもん」

「それ、ほんとにほんと?」

 千香が疑いの眼差しを向ける。

「ああ、ほんとだとも。金輪際。暴力とかも使わねえようにする。これでも俺、反省したんだぜ?」

 あいつ、虎太郎は饒舌に語っているが、そこには皮肉とか嫉妬とかという文字はなく、どこか清々しそうな、そんなイメージが伝わってきた。

「だから、仲良くしてくれよ」

 虎太郎は関係を直そうと必死なんだ。それならそれを買う以外の選択はあるだろうか。

「じゃあ、僕らは友達ってことだね」

「と、友達っていうか、まあ、そうだな」

 虎太郎は気恥ずかしいらしくてまごまごした。それを見てクラスのみんなも笑った。これで本当にクラスが一つになれた、そう思えた。


 この世にはいろんな種類の動物がいる。草食がいれば肉食がいて、互いに理解し合うのはほぼ不可能だ。でも、ほぼ不可能でも、1%くらいは可能だと思っている。そして、それが僕たちだと思っている。動物はそれぞれ違うけど、同じところも持っている。そしてその同じところに気付けたとき、お互いを隔てる壁を無にすることができる。全部の壁を無にすることができれば、僕たちは共に生きていける。


 早く学校に行かなくちゃ、千香と虎太郎が待ってる。

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熊の恋物語 前花しずく @shizuku_maehana

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