第10話
僕は図書室が好きだった。放課後の図書室に、僕はよく居た。そこの窓際の席は僕の特等席と言っていい。僕はそこで白いページに夕日が落ちるまで本を読み続けている。夕日が落ちてこなければ、僕はここでいつまでも本を読んでいたのかも知れない。
隣の音楽室からピアノの旋律が聴こえてくる。美術室に鍵が掛けられる頃。もう、そろそろ。
「帰ろうぜ、晃」
読書に没入している僕の肩に手が置かれる。
「何読んでるんだ?」
「昔一度読んだことある物語だよ。懐かしくてまた読んでたんだ」
「それ、借りるの?」
「そうだな。借りて帰ろうかな」
僕は閉じた本を手にして立ち上がる。
「難関大学目指す受験生が、余裕ですか」
茶化したように、大きなポートフォリオを肩から下げた僕の友人は言う。友人は美大を受験する。
「余裕なんてないよ」
不意に、僕はあのときのカラクリ箱のことを思い出している。初めて会った時、カラクリ箱の開け方がわからないと言った友人。今でも、あの時のカラクリ箱の開け方はわからない。一体中に入っていたものは何だったのか、ずっと気になり続けている。もしかして、あの中に入っていたのは僕だったんじゃないかと、ふと思うことがあった。そして、友人によってその蓋は一度は開けられたのかもしれないと。でも、僕はこれから先もずっと、その中身を気にし続けるに違いない。
「早いな。もうすぐ今年も終わる……」
友人は僕の横で背伸びをして溜息をついた。
来年は僕らは別れ別れになるだろう。卒業して、お互いの目指すところが違うから。でも、僕は友人のしたいことを知っている。友人も僕のしたいことを知っている。それに……
「そうだ! また、写真撮ろうか?」
言ったのは僕だった。帰り道、ちょうど証明写真の撮影ボックスの前を通りかかったときだ。
「写真? もう願書の準備すんのか?」
「違う。願書なんかに貼れない顔を写真に撮るのさ」
「願書に貼れない顔ってどんな顔だよ」
友人は訝し気な顔を見せるが、口元が綻びかけている。興味がある証拠だった。
「僕はね、君のそういう顔の写真を一枚持ってる。厄よけに、今も生徒手帳に挟んでるよ」
そう言えば、友人は絶対にそれを見たがり、その後には自分から写真を撮りたいと言い出すだろうと、僕は知っている。
【おわり】
黄昏時のカラクリ箱 十笈ひび @hibi_toi
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