第9話

 教室はいつもと変わりない。僕は相変わらず標的にされているようだ。

 数学の時間に、またいつもの毎日が始まりそうな兆しがあった。

 机上に拡げたノートには、見開きいっぱいに、心臓に止めを刺すかのような一言が書かれてある。

 僕は、それをしばらく眺める。そして、大きく深呼吸を一つ。

 今までとは、一つだけ変わったことがある。僕の過去が、少しだけ変わっていた。それは未来すらも変えてしまいそうだった。過去と未来の約束事が近づくにつれ、どんどん大きくなって、そのうち破裂するんだ。

 それが現在いまだ!

「先生っ!」

 僕は真っ直に手を上げ、上靴のまま自分の机の上に飛び乗った。

 勿論、数学の女性教師はかなきり声を上げて僕を怒鳴ったけど、そんなことお構いなしだ。

 僕は今まで、少し高い所に居るという暗示を自分自身にかけていた。だから僕は決して愚かじゃないと。

 でも、同じ位置にいるんだ、僕もみんなも。こうやって実際に見下ろせる位置に立ち、初めてそのことに気づいた。

 一人一人、クラス中、生徒の顔がよく見えた。そうか、みんなそういう顔をしてたのか。

「先生、このクラスにはいじめがあるんです。知ってましたか? みんなこうやって涼し気な顔してるんだけど……実はね。僕、凄く困ってます。困って困って困って困って、困り果てて……いろいろ、バカらしくなりました」

 全部本当のことだった。教室は意外にも静かで、僕は少し考えてから行動に移す。

 落書きされたノートのページをちぎって机から飛び下りると、そのまま何食わぬ顔をして教壇に上った。

 教師の顔は少し硬張っていたように思う。

 黒板の端に貼り付いたマグネットの一つを取り、落書きのページを黒板の中央に留めた。

「これ、クラスのみんなに捧げます」

 僕はそのまま教師の前を過ぎて教室を後にする。

 誰も居ない静かな廊下を貫き抜ける。

 僕のいなくなった教室で何が行われているかなんて興味がなかった。どうだっていいんだ。

 グランドの隅っこに置かれたベンチに座って深々と深呼吸をした。いい天気だった。

「逃げて行くのは、勇気だと思った……知ってたくせに」

 ふと呟いた。

 僕は生徒手帳を取り出して中を開き見る。

 そこには僕と見知らぬ少年がいた。名前すら知らない誰かだった。何一つ知っちゃいない。なのに、どうしてこんな笑顔で写真に写っているのだろう。そして、今僕の手にあるこのカラクリ箱。なぜか、振っても音がしなくなっている。中身が消え失せたように。


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