第四話 「未練診断・CASE萌黄1~初日・ショッピング~」


 人が絶えることなく行き交うこの町で一番大きな駅の出入り口。

そのすぐ向かいにある駅前デパート前の交差点は、日差しの強い時間にも関わらず、混雑していた。 


 霧原さんとその交差点に並びながら、信号が変わるのを待っていた私は、

汗をハンカチで拭き、隣に並ぶ霧原さんを見た。


 私は、昨日とは違い、薄い黄色地にフリルがついたワンピースに、日傘を指しているが、霧原さんは、帽子も被らず、紺色の長袖ワイシャツに黒いスキニータイプのズボンに、足元はエナメルの黒靴を履いている。


「あの、暑くないんですか?」


 私は、霧原さんに聞いた。周りの人は、スーツの上着など来ておらず、ワイシャツ姿。しかも、白、青等が大半を占めている。そんな中、紺色のワイシャツを着ている霧原さんは、見ているだけで暑そうだ。しかし、


「ううん。全然。」


と、何事も無いように返す。見ると、霧原さんは汗一つかかず、涼しい顔をしている。


「死神は、暑さに強いんですか?」


私は、周りに聞こえないように、一歩近づいて聞いた。


「そんなことないよ。一般的には、物語で描かれるように、暗くて、ひんやりした所が好きな者が多いけど…。」


 確かに。小さい頃、絵本とかに出てきた死神は、暗い場面や廃墟、墓地などが背景に描かれていた。


思えば、霧原さんの家(病院と言っているが)は、玄関から廊下は真っ暗だった。

暗い所が好きなら…霧原さんは…?


「僕は、慣れているんだけよ。」


私の心を読んだ霧原さんは、そう言った。


「もっと、暑い所に住んでいたんですか?」


「ううん。ただ、この暑さより、もっと熱いものを知っているだけだよ…。」


霧原さんは、目を細め、どこか遠くを見つめながら言った。


「・・・・・・。」


その表情が、どこか寂しそうで、私は何も言えなかった。


信号が、赤から青に変わった。



 向かった先は、デパートの五階にある、衣料品コーナー。

洋服は勿論、財布や髪飾り、靴下、財布、鞄等の雑貨も、とても充実している。

ふと、立ち寄った店で、マネキンが着ている白いワンピースに目がとまる。


 ノースリーブで、ワイシャツのような襟と小さい色ボタンが、大人っぽさを、

裏側は、レースのリボンがあしらわれ、可愛さも表現されている。スカートは、タイト過ぎず、広がりすぎず、広がっている為、とても涼しげだ。


「試着して来たら?」

「えっ?」

「そのワンピース、気に入ったんでしょ?だったら、着てみなよ。」


 私が、見ていたのが分かったのか、霧原さんは、店員さんを呼び、マネキンから服を脱がせ、私に渡した。


「ありがとうございます。」


 私は、礼を言って、試着室に入った。着ていたカットソーとスカートを脱ぐ。汗で、ベタついた肌を無臭の汗拭きシートで拭き、渡されたワンピースに着る。


 丈も問題なく、ウエストがキツいということも無い。

だが、鏡に写る自分は、マネキン程、上手く着こなせている自信は無い・・・。


「どうですか?」


だから、私は、試着室のカーテンを開け、外で待っていた霧原さんに尋ねた。



「とっても、似合うよ。」


霧原さんは、ワンピースを着た私を見るなり、そう言ってくれた。


「そ、そうですか…?」

「うん。自信持って良いよ。」


 正直、男の人というより、元彼に褒められたことは無かった。オシャレをしていっても無関心。思えば、デートというか買い物をしても、『何でもいいじゃん』、『早く選べよ』そんなことを、毎回言われていた。今思えば、あの時点で気づけば良かったのに…。


 彼の声が、頭の中を響き渡る。その音に、私は唇を噛んだ。


唇からくる痛みで、心の痛みをかき消そうとする。


「どうしたの?」

「ッ!?」


気づくと、霧原さんの顔が至近距離にあった。


「具合悪いの?」

「い、いえ…ちょっと、ボーッとしちゃって…。」


私は、誤魔化そうと、視線を逸らす。


「我慢しなくても良いよ。君は、何も悪くないんだから。」


 霧原さんは、そう、私の耳元で囁いた。

その言葉に、思わず泣きそうになり、手で顔を覆った。


「すみません。これ下さい。」


そんな私を見て、霧原さんは店員さんを呼んで支払いをしようとする。


「霧原さん、私、自分でっ!」


驚いた私は、慌てて鞄から財布を取ろうとする。


「良いんだよ。これは、君の『願い』なんだから。」


 自分がイメージしていた死神の印象からは、だいぶ離れた、爽やかな笑顔で、支払いを拒否されてしまった。


 私は、もう一度試着室に入り、ワンピースを脱いで、店員さんに渡した。

渡す際、店員さんに、『彼氏さん素敵ですね。』と耳打ちされ、何故か顔が熱くなった。


ワンピースの入った袋を持って、霧原さんの所に戻ると、


「萌黄、顔赤いけど、大丈夫?」


私を見るなり、霧原さんは言った。


「えっ、えっと、なんだが、暑くて…。」


顔に溜まる熱と赤みを誤魔化すために、大げさに手で顔を仰ぐ。


「このデパート、結構冷房効いてると思うけど…萌黄は、体温が高いんだね。」

「は、はい!子ども体温なんですっ!」


 首を傾げて言う霧原さんに、自分でも何を言っているのやら。恥ずかしくて、また変なことを言ってしまった。霧原さんは、私の答えを笑って聞いていた。



「う~ん、どれが良いかな…。」


私と霧原さんは、同じフロアにある帽子を売っているお店に来ていた。


 ワンピースと合わせて、帽子も買うことになったのだ。

主役が決まっているので、私は迷うことなく帽子は選ぶことが出来たのだけど…。


霧原さんは、麦わら帽子をはじめ、キャスケット等を手に取り考えこんでいる。


「霧原さんも、帽子買うんですか?」


「いや。これは、アキノさんにね。」

「大き過ぎませんか?」


霧原さんが持っているのは、ベビー帽でも子供用の帽子でも無い、普通のサイズの帽子だった。


「ううん。これくらいで、大丈夫なんだ。」


そう言う霧原さんに首を傾げつつも見ていると、選んでいる帽子は、シンプルなものから装飾が施されているものまで、様々な物を手に取っている。


「アキノさんって、どういうものが好みなんですか?」

「気分によって変わるんだ。だから、結構、服とか帽子とか、うるさいんだよね。」


はぁ~と深い溜息をつく霧原さん。


「あの、アキノさんって、服、着るんですか?」


 病院で会ったアキノは、生まれつきの毛皮だけだった。とても、服を着るようには思えない。


「あぁ、外で関係のない人間に会う時や買い物に行く時は、着るんだよ。『身だしなみは大切だっ!』とか言って、鏡の前から、一時間ぐらい動かないことあるし…。」


 霧原さんはそう言うが、私は、アキノさんが鏡の前で毛ずくろいをしている姿しか想像できなかった。


「あんまり、深く考えないでいいよ。明日になれば、分かるから。」

「は、はぁ…?」

「フフ…萌黄、七階のレストラン街に行って、お茶でも飲もうか。」

「えっ?買わないんですか?」

「…もう少し考えるよ。それに、帽子見すぎて疲れちゃったから…。」

「分かりました。じゃぁ、行きましょう。」


 私達は、エレベーターを目指して、お店を出た。

霧原さんは、私が買った防止の袋をさりげなく持ってくれた。



 七階にあるレストラン街は、その名の通り、フロア一つが全て食事処や喫茶店だ。和食、洋食、中華、イタリアン等の店が、数種類入っている。


 私と霧原さんは、フロアの左奥にある喫茶店に入った。

 時間的には、お昼を過ぎて一時を回ろうとしているのだが、起きるのが遅いこともあって、そこまでお腹は空いていない。


 霧原さんは、アイスコーヒー、私は、メロンソーダを注文し、空いていたのか、直ぐに運ばれて来た。



「はぁ~美味しい。」


グラスにたいして、氷が程よく入り、冷えた飲み物は、身体に潤いを与えた。


「美味しそうに飲むね。」

「そうですか?」

「うん。僕は、メロンソーダ飲んでないのに、萌黄を見ていると、こっちまで飲んだ気分になるよ。」

「……。」


そう言われ、何だか恥ずかしくなった。


「萌黄、買い物は楽しい?」

「はい。とっても。」


自分の隣に置かれた、買い物袋を見て、自然と笑がこぼれる。


「なら良かった。君の一つ目の願いは『楽しく買い物がしたい』だからね。

それが叶っているなら、安心だよ。」


「おかげさまで…。」


 私の一つ目の願いは、霧原さんの言ったように『楽しく買い物がしたい』。

最初にこの願いを言った時、霧原さんには、目を見開かれ、アキノさんには、

『それが願いかっ!?』と驚かれた。


 でも、この願いは、私の望み。

 私にとって、買い物は、人に合わせて、お店を回ったり、元彼とデートしていても、相手の反応を見ながら、行動していた。それが、私の買い物。

いつから、こんなふうになったのかは、分からないけど、買い物が『楽しい』と思えなくなっていたのは、事実…。


 だから、この願いを望んだ。



「……。」


 霧原さんは、頼んだアイスコーヒーに、シロップを入れてかき混ぜる。

 黒からココア色に変わったアイスコーヒーは、その嵩を減らしていく。

嵩が半分くらいになったころ、


「萌黄、明日のことも有るし、今日は、家の病院に泊まっていきなよ。」

「えっ?でも、入院設備は無いって…。」

「入院設備は無いけど、客間は有るから。」

「そ、そうですか…でも、お邪魔じゃ…。」


いくら、患者でも、男の人と兎のいる家に泊まるのは、よくないんじゃ…。


「そんなことないよ。アキノさんも、『かまわん』って言ってたから。もちろん、僕もね。」

「…それなら、今夜お邪魔します。」


私は、軽く頭を下げた。


「うん。じゃぁ、アキノさんへのお土産と夕飯の材料を買って帰ろうか。」

「はい。」


私と霧原さんは、少なくなった飲み物を空にして、お店を出た。


もう一度、帽子コーナーに立ち寄り、三十分の長考末、やっとアキノさんへのお土産を買うことが出来た。



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死神安楽記 @raika_humi

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