第三話 「未練診断・CASE萌黄0~わけ~」


「私、ここを、受診します。」


まだ、赤く腫れた目で、真っ直ぐ霧原さんを捉えて言った。


「…受診するってことは…認めるんだね。」

「はい。」

「その言葉に、嘘偽りは無いね。」

「ありません。」

「分かった。ちょっと準備するから、待ってて。アキノさん、例のものお願い。」

「ったく、兎使いが荒い奴だ。」


霧原さんは部屋を出ていき、アキノさんは本棚から何かを探していた。


 少しして、霧原さんは白衣を着て戻って来た。

先程まで、ほとんど全身黒づくめだったから、何だか新鮮である。


「…白衣、着るんですね。」


私は、思わず言ってしまった。


「医者だからね。」


霧原さんは、穏やかな顔をして返したが、すぐに、真面目な顔に戻った。


「じゃぁ、今から、君、萌黄(もえぎ)の診断を行うよ。」

「へっ?よもぎ?」


いきなり、草餅の材料名を言われ、首を傾げた。


「蓬じゃないよ。萌黄(もえぎ)。僕は、患者の名前は聞かない代わりに、呼びやすい名前を付けるんだ。ここでの君の名は、萌黄。」

「…どうして聞かないんですか?」

「今は、必要ないからかな。」

「はぁ…?」


「じゃぁ、話してくれるかな。君が『死』を望む理由を。」


 向かいのソファーに座り、私の姿が霧原さんの瞳に映った。

私は、唾を飲み込み、口を開いた。


「…私には、大学一年の時から付き合っている彼がいました。彼は、結構遅刻とかするので、よくノートやレポートを貸したりもして、私を頼ってくれました。誕生日には、このオルゴールをくれたんです。」


私は、鞄から箱型のシンプルなオルゴールを取り出した。


蓋を開けると、オルゴール独特の音楽が流れる。優しい曲も、今は悲しく聞こえてくる。


「彼といると、とても幸せで楽しかった…大学を出たら結婚しようって、約束もしていました…。でも、彼には、私の他に何人も付き合っている女性がいたんです…。」


オルゴールの蓋を閉じ、唇を噛み締めながら言った。


「最低だね。」

「…はい…でも、私、ずっと信じていたんです…何かの間違いだって…だから、確認しました。そうしたら、『あぁ、お前、いらなくなったんだよね。』、『結婚の約束? 本気にしてたの?』って、笑って言われたんです…。」


彼の言葉を思い出しながら、また頬を涙が伝う。


「…それで、死にたくなったと。」

「…はぃ…。」


ハンカチで目を擦りながら、絞るような声で言った。


「(そんな奴の為に、死ぬ必要なんてないと思うけど…。)君が死ねば、悲しむ人がいるんじゃ無い?」

「誰もいません。両親は、高校生の時に事故で亡くなりましたし、兄弟もいません。」

「それなら、友達が…。」

「友達…は、泣かないと思います…。」

「どうして?」

「今回のこと話したら『悪い男にあたったね。』と、一言で終わったり、『忘れて次、次』と、軽く流されたり、『そんなことよりさ、私の話聞いてよ。』と、まともには聞いてくれませんでした…だから、誰も、泣かないと思います。」


 私は、顔をあげて、出来るだけ笑顔を作って言った。

目のあった霧原さんは、悲しげに私を見つめていた。



「…理由は分かった。では、これから三日間、未練診断を行う。」

「みれん、診断・・・?」

「この世への心残りがあるかどうか診させてもらうんだ。萌黄が望むこと、したいことを三日間行い、それでも君が、本当に『死』を望むなら、その時は、僕が君の魂を貰い受ける。逆に、未練があるなら、僕は魂を貰わない。」


「……。」

「怖い?」

「いいえ…よろしくお願いします。」


私は、霧原さんに頭を下げた。

頭上から、霧原さんの小さい溜息が聞こえた。


「おい、霧原。持ってきたぞ。」

「あぁ、ありがとう。アキノさん。」


アキノさんは、私の前に花の浮いたガラスコップを置いた。

花は、中の液体に揺られ、回っているようだった。


「これ、何ですか?」

「まぁ、診断を行う上での準備みたいなものかな。」

「安心しろ、毒なぞ入っておらんぞ。」

「そ、それは、大丈夫だと思います。アキノさんは、そんな卑怯なことをしないと思いますし…。」

「!?…早く飲め。」


アキノさんは、それだけ言って、部屋を出て行った。


私は、アキノさんが置いていったコップを持ち、口に近づけた。


「あぁ、飲みながら、したいことを考えながら飲んでね。」

「は、はい…ん、ごくっごくっ…ふぅ~…ん?」


 液体を飲みほすと、視界が揺れだし、霧原さんやコップが二重にも三重にも見え出した。

それだけじゃない。


「…き、きり、はら…さん…?」


 瞼が重くなり、身体を支えきれなくなった私は、霧原さんの名を呼びながら、その腕の中に倒れていった。


「大丈夫。少し眠るだけだよ。」


 抱きとめてくれた霧原さんは、私の頭を撫でながら、優しく言った。

その声を聞きながら、私の瞼は完全に閉じてしまった。


「…スー…。」


「眠ったか?」

「うん。流石、アキノさんの入れるお茶は、凄いね。」

「お茶、か…まぁ、いい。早くベッドに寝かせろ。」

「うん。あっ、僕にもお茶入れて。」

「仕事が終わったらな。」

「えぇ~アキノさんのケチ。」

「水羊羹買ってこなかった罰だ。」

「ちっさっ!?」







耳元で、携帯のアラーム音が聞こえる。


「…うっ…ん?」


目を開けると、見慣れた天井といつもの自分の部屋だった。


「あれ…?私…確か…。」


 アキノさんが、持ってきた花の浮いたお茶を飲んでからの記憶が無い。

目を瞑って、思い返しても、思い出せない。


 私は、ベットから降りて洗面所に向かう。一階にある洗面台で、顔を洗う。これが、朝のいつもの行為。鏡に映る自分には、何の変化も無かった。


「夢だったのかな…。」


 部屋に戻って、もう一度、部屋にある姿見で確認したが、何も変わって無かった。


「夢じゃないよ。」

「えっ?」


振り返ると、天井からぶら下がっている霧原さんがいた。


「きゃぁっ!!?」


私は、驚き尻餅をついた。


「そんなに、驚かなくても…昨日も会ってるのに…。」


霧原さんは、その身を翻し、カーペットの上に降り立った。


「おはよう、萌黄。」

「お、おはようございます…。」


昨日貰った名前を言われて、夢じゃないんだと実感した。でも、


「あの…どうして、私の部屋に…?」

「うちの病院は、入院施設は無いからね。

だから、君の気を辿りながら、この家に送って来たんだ。」

「気を、たどる…?」

「う~ん、オーラというか匂いというか、その人が長くいた場所には、その人の気が溜まる。だから、萌黄と同じ気が集まっているところ探したんだ。」


よくは分からないけど、送ってくれたってことだよね?


「ありがとうございました。」


「ううん。いいんだ。」


霧原さんはそう言って、私に手を差し出した。


「それじゃぁ、始めようか。未練診断一日目を。」


私は、頷いてその手を取った。


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