第二話 「受診」


「安らかな『死』を提供する。それが、僕の役目だ。」

「!?」

 そ言った、霧原さんの瞳が光を放ち、背中には大きな黒い翼が見えた。 


「ほ、本当に…し、死神…。」

「そうだよ。」

 正直に言えば、先程まで半信半疑だった。だが、目の前の黒い翼や光る瞳を見れば、霧原さんが人間でないことは分かった。

「娘、漸く納得したようじゃな。」

「あ、はっ、はい…。」

それに、アキノさんって言う、喋るウサギと一緒にいる人間なんているわけない。


「あの…どうして、私を助けてくれたんですか?私、人間なのに…。」

「さっきも言ったけど、僕達死神は、ただ魂を狩るわけじゃない。僕達、死神の仕事は主に二つあってね、一つは、寿命が来た人の魂が、次の世でも生きられるように回収すること。これを、回収をし損ねると、転生できなくなるうえ、人間に害を及ぼす、魔物になっちゃうんだ。」


「あ、悪霊…。」

「それともう一つは、この世で、人間達の裁くことが出来ない罪を犯した者の魂を狩ること。」

「…裁くこと出来ない罪?それって、どういう意味ですか?」

「テレビで見たことあるでしょ?政治家の汚職事件とか、集団暴行、警察や学校などの不祥事とか。そこで逮捕される犯人って、ほとんどが、替え玉だったり、証拠不十分で捕まらなかったりするんだ。例え捕まったとしても、何年か刑務所に入って出てきたら、その後、暮らしていけるだけのお金を貰っているんだ。」

「…ひどい…。」


私は、震えながらスカートを強く握った。


「…酷いことだよ。でも、人間は、自分が助かるためなら、そういうことを平気でやってる。だから、泣くのは、真面目に生きている者達…。」

「……。」

「僕達のもう一つの仕事は、そうした自分だけ安全な所に居て、時間が経つのを待っている奴らの『魂』を裁くこと。」

「…『魂』を裁く?」

「そう。警察に突き出しても、大金を積まれて釈放されるし。腕の良い悪徳弁護士雇って、有利な和解に持ち込まれる。それか、金を渡して事件そのものや証拠まで消す。だから、そう言った者達の『魂』を見定め、穢れていると判断した場合、狩るんだ。」


「……。」


 話を聞いているだけで、鼻の奥がツーンっとなり、目尻が熱くなった。

ドラマとかで、よくある話。でも、そう言ったことは、霧原さんは、よく起きているという。

 私達が見聞きする情報など、ほんの一部なのだと。


「…私、何も…知らなくて…。」

「当たり前じゃ、娘。普通に生活していれば、そんなことはない。

だが、自分の身に起きれば、それはドラマだけのものじゃなくなる。

起きてみなければ、人間は認識すらせんのだ。」


 アキノさんの言うとおりだ。

起きてみないと、分からないことなんて沢山ある…実際…。


 私は、握っていた拳に、力がこもった。


「人間のなかには、罪を犯しても裁かれることなく一生過ごす者もいる。

最近は、法律も随分変わったったり、科学技術は発達したから、多くの罪人が逮捕されるようになった。でも、それだけじゃダメなんだ…。」

「どうしてですか?」

「罰せられたら二度と犯罪に手を染めないものなんだけど、人間のなかには、幾度となく罪を繰り返す者がいる。そいつらには、反省なんてしない。塀のこっちと向こうを行き来してるだけだ…。かの国には、自分の身が危険に及ぶことも顧みず、新たな法律を作った人間もいるのに…嘆かわしいよ。」


霧原さんは、氷の溶けたコップを見つめながら、悲しげに言った。


「だから…狩るんですか?」

「そう…そんな、腐りきった魂を、これ以上この世に留めるわけにはいかないからね。」


霧原さんは、そう言って、薄まったお茶を一気に飲み干した。


「でも、僕のやっている仕事は、他のと少し違う。」


「えっ?違うんですか?」

「うん。だって、僕、医者だし。」

「はぁ…?」

「おい、霧原。ちゃんと言ってやれ。」


私の頭上に疑問符が飛んでいると、アキノさんが霧原さんの空っぽのコップにお茶を注ぎながら言う。


「僕の役目は、君のように『死ぬ場所を探している人』を診断し、治療すること。」

「ッ!?」


思わず、コップに伸ばしかけた手が止まった。


「な、何を言ってるんですか?わ、私、べ、別に、死に場所、なんて…。」

「嘘をついても無駄だよ。人間の嘘は、僕らには通用しない。」

「……。」

「君みたいに若い女の子が、こんな暑くて日差しの強い日に、帽子はおろか、日傘も射さずにウロウロして…とても、普通の状態じゃない。」

「そ、それは、たまたま…忘れて…。」


変な汗が背を伝う。何とか声を絞り出して言う。


「例え両方忘れたのが真実でも、ここまでに来るまで、お店は沢山あった。

それなのに、帽子も日傘も買わないなんて、おかしいよ。」

「も、持ち合わせが、無くて…。」

「さっき、治療費を払おうとしたよね?お金は持ってるでしょ。」

「……。」


もう言葉が出ず、私は震えながら、唇を噛んだ。


「お金を持ってて暑さ対策をしない。熱中症にでもなって…。」

「貴方に何が分かるんですかっ!?」


霧原さんの言葉を遮り、私は、足の痛みも忘れて声を荒げた。


「人間は、図星をつかれると、興奮状態になることが多い。」

「違いますっ!全て、霧原さんの憶測ですっ!」


肩で息をしながら、返す。

すると、アキノさんが、コップを置き、


「娘。一つ良いことを教えてやろう。この病院はな『死』を望む者以外は、見えないし入ってこれないのだ。」


と言った。


「えっ…?」

「お前には、私等がはっきりと見え、この病院にも何の抵抗も無く入って来た。

お前の心は、『死』への思いで満ちている。」

 兎とは思えない、鋭い視線が、私を捉えた。


「ひっ…うぅ…うぅ、うわぁ~んッ!!」


頭の中に直接響くアキノさんの言葉が、私の涙腺を崩壊させた。


「うぐっ…うっ、わた、しぃ…ひっ…わ、たしぃ…。」


とめどなく流れる涙と言葉にならない声をあげる。

手で顔で覆っても、溢れる落ちる水滴を止めることは出来なかった。


「!?」


私の頭を、霧原さんが撫でてくれた。

「泣いて良いよ。君が、泣き終えるまで待ってるから。」

「…ひゃい…。」


 上手く返事なんか出来なかった…。

それでも、霧原さんの言葉が、あたたかくて、初めて会ったとか死神とか、そんな状況どうでもいいと思えた。


ただ、思いっきり泣くことが出来た。




「はい、どうぞ。」

「ありがとう、ございます…。」


 霧原さんが濡れたタオルを持ってきてくれた。

泣きはらした目には、濡れたタオルは、とても気持ち良かった。


「娘、ほれ。」

「えっ?」


アキノさんが、私の目の間に、シンプルなデザインのティーカップを置いた。

カップからは、独特の香りが鼻を掠めた。


「これは?」

「アキノさん特製のハーブティーだよ。さっき、泣かせたお詫びだって。」

「えっ?」

「霧原、よけいなことを言うなっ!!」

「本当のことじゃない。」


怒鳴るアキノさんの頬が少し赤くなったのが、分かった。


アキノさんが淹れてくれたハーブティーは、独特の香りがあったが、

変な癖は無く、すんなり喉を通っていく。


「美味しい…。」

「当たり前だ。私が淹れたのだぞ。」

「ありがとうございます、アキノさん。」

「フッ。」

アキノさんは、そっぽを向いて、自分の席に戻った。


「あの、霧原さん。」

「何だい?」


こちらを向いた霧原さんに、私はカップを置いて、


「私、ここを、受診します。」


と言った。

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