のっぺらぼう
化野生姜
のっぺらぼう
母の幼い頃の話。
祖母と夜の銭湯に行った帰りのこと。
道の向こうから一台の自転車がやってきた。
乗っているのは一人の男。
自転車のライトがまぶしいためか、顔がよく見えない。
そして横を通りすぎる瞬間、母は男の顔を見てぎょっとした。
男には顔が無かった。
光の加減かと思ったがそうではない。
男の顔は、何もないのっぺらぼうだった。
そして自転車は母の後ろへと去って行く。
母は怯え、とっさに祖母の手を取って言った。
「ねえ、さっきの自転車のおじさん。のっぺらぼうだったよ。」
すると、祖母は母を見下ろし、不思議そうな顔をして言った。
「なんだい、自転車なんて通らなかったよ?」
母はそれを聞き、慌てて後ろを振り返った。
だがそこには、夜の道しかない。
自転車の、影も形もなかった。
それは三十年以上も前、ときおり生臭い風がとおりぬける路地裏横の道のことであった…。
のっぺらぼう 化野生姜 @kano-syouga
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