締切勇者の異世界伝記(短編)

米俵 好

異世界召喚の主人公をもっと労わって下さい

「あー、今日も天気だ、快晴だ! 絶好の討伐日和だーー!」


 無駄にハイテンションでお送りしていますは俺事、矢吹やぶきれんです。


 まぁ、聞いてくれ諸君。突然だけど、ピンチだ。超ピンチだ。

 いやさ、異世界召喚系でピンチとかよくある話じゃないですか。

 俺も小説書く時はいつも主人公ピンチにしてきたよ。そりゃもう、溶岩が真横に流れる場所で戦わせたり、水中で魚人相手に激闘させたり……本当にごめん。

 謝るよ。まじで辛かっただろうな。フィクションだからって何でもして言い訳じゃないよな。

 本当に……ごめんなさい。だから許して!


『GUUUUUU!』

「「「ぎゃぁぁぁぁ!!」」」


 背中にかかる熱い息。

 まじ熱いよ! ただの息じゃない。これは俗に言う『ドラゴン息吹ブレス』。

 チリチリとした熱が俺の衣服を焼いていく。一応、耐熱魔法がかかってるらしいが、きっと三流魔法使いの仕事だな。だって服焼けてるもん!


 現在、国から討伐依頼が来たレッドドラゴンとかいう超危険赤蜥蜴と鬼ごっこをしている。

 いや、冗談ではなくて、マジ話。

 すぐ後ろを見たら厳つい顔をした全長10メートル弱の巨大蜥蜴が牙を剥き出しで追いかけて来ているのが見える。


「ひぅぅぅ、お気にのマントが破けたですぅぅぅ」

「私なんてスカートまで焼けてパンツ見えちゃってるわよ! レン見たら殺す!」

「はぁ!? 俺なんてズボンが破けて、さらにパンツも焼けて、ケツ丸出しだわ! 見たら責任とらせるぞコラァ!」

「見たくないわよンな汚いモン!」

「汚ぇって言ったか!? 責任とらせるぞ!?」

「何のよ!?」


 蜥蜴ちゃんから逃げているのは俺だけではない。俺を抜いてあと2人いる。


 1人がマントが焼けたと騒いでるアホ。黒髪ロリ巨乳はいつの時代、どのジャンルでも一定の確率で出てくる大切なサブヒロイン。

 名前はリュシカ。うちのパーティーの迷惑キャラ。もとい、魔法使い枠だ。

 ただし、全くもって使えない。何故ならリュシカの行動原理は全て料理を軸にしているからだ。

 覚えた魔法は全て料理系。魚を綺麗に捌ける風魔法ってなんだよ。

 言ってみれば料理人兼魔法使い(笑)だ。


 そしてもう一人。

 名前はアーシャ。剣士でツンデレ。今日のパンツはシルクの白!


「レン今こっち見た! パンツ見たでしょ!」

「白パンなんて見てねぇ!」

「見てんじゃん! 後でお仕置き!!」

「俺のパンツも見せてやるから許してくれ」

「すでに破けてるでしょ!?」


 俺的にメインヒロインだと思うんだけど、どうよ。

 赤髪ツンデレはある種の正義があると思うんだ。まぁ、乳の方は成長中だな。今後に期待。是非ともリュシカくらいは育って欲しいものだ。

 いや、育たなくてもそれはそれで有りか。

 剣の腕は、まぁそこそこだ。一般兵Aよりは強いが、近衛兵Aよりは弱い。そんな感じだ。


 俺のパーティー紹介はここまでとしてだ。

 全くもってこの状況を脱出する方法が浮かばない。

 ポンコツ料理人兼魔法使い(笑)と、白パン剣士(兵士A)と勇者(新人)でこのどう考えてもラスボス一歩手前の怪獣を倒せというのだ。


「うぅ、誰ですか。こんな危険な化け物を倒すなんて依頼を二つ返事で了承した馬鹿は」

「「リュシカ」」

「あの時は、ドラゴンのお肉って美味しそうだなって思ったんです。ほんの出来心なんですぅぅ」


 このポンコツしばくぞ。

 出来心で殺されてはたまったものではない。しかし、これは本気でやばい。


「仕方ないな。やはりここは勇者である俺が何とかするしかないのか」

「レン! 何とか出来るのね!?」

「ふふふ。何を隠そう。既にドラゴンなんていう図体ばかりの蜥蜴は何度も倒してきてるのだ」

「そんな事は初耳だけど、出来るなら早くして」


 そう。俺は何度も倒してきたさ。

 俺の武器は俺を裏切らない。キリッ。


「ひぅ。なんかその顔は不愉快です」


 不愉快とは何事か。キリッ。キリリッ。


「蜥蜴野郎の弱点。それは……その図体から、足元がお留守という事だ! 喰らえ! 神殺しの三段切り!」


 何度も使ったこの技。倒せないはずがない。最早、ドラゴン退治なんて朝飯前だぜ!


 俺の放った剣戟がドラゴンの足を捉え、そして斬りつけ……

 ……あれ?


「おかしいな。こいつ思ってた以上に硬いな。あ、そうかこれが竜の鱗ってやつか」

「ちょっ、何を呑気に感慨にふけってるのよ!」

「ん? あ、やべっ」


 時既に遅し。

 ドラゴンの振るう腕が俺に向かって……。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 宙を飛びながらふと思い出した。


「あぁ、俺が倒したんじゃなくて……俺が書いた小説の主人公が倒したんだったわ。俺の武器は剣じゃなくてペンだったな」


 そして地面へと顔面からダイブ。超いてぇ。


「あー、なんで俺ってばこんな所にいて、こんな痛い思いをしなくちゃいけないんだろ」


 この俺が。売れっ子ライトノベル作家(自称)のこの俺が。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ――ドンドン、ドンドン


「いるんでしょー? ねぇ、家にいるのは分かってるんですよ! こちとらアパートの前に車止めて見張ってたんでーすーかーらーねぇぇぇ!!」


 築50年のボロアパートのボロ扉を叩きながら、めちゃくちゃ怖い事を言ってる若い女の声。


「ほら、そろそろ耳揃えて出してくれないとこっちも困るんですよー」


 その声を聴きながら俺はというと、部屋の中で畳の上に敷いた布団に包まって居留守を実行中である。

 無論、相手にはバレている事は百も承知だが、出たら最後、あの鬼娘に捕まってしまう。

 チラリと布団から顔を出して扉を見ると、すぐ隣にあるキッチンの磨りガラスにそのシルエットが浮かんだ。

 身長は低めで、21にもなってツインテールというのは一体どこの紳士達に向けてやってるアピールなのか……。

 三次元のツインテールなんてその4分の3が目が穢れるレベルの汚物に等しいものだと言うのは俺の持論である。


「せんせー? 先月の18日午後二時十八分キッカリに来月には用意出来てるって言ってくれましたよね? ちゃんと今流行りのICレコーダーに録音してますからねー」


 猫なで声が逆に恐怖を増長し、俺は布団の中にまた潜ってさらに耳を塞ぐ。


 外にいるのはあずま杏珠あんず。童顔で、チビで、無い乳で、握力ゴリラの……俺の担当。


「矢吹せんせー? 売れっ子ライトノベル作家の矢吹せんせー? 貴方の大好きな担当こと東さんですよー?」


 誰が誰を好きだって? 人類が獣に恋をするのは二次元の中だけだよ? もしくは本当に稀有な動物愛好者のみだ。マジでハッ倒すよ?

 ……うむ。やっぱりやめておこう。シミュレートの結果、返り討ちにされる未来しか見えない。

 具体的に言えば、叩こうとした手を掴まれて、合気道の要領で地面に叩きつけられ、そのままお得意の腕ひしぎ十字固めを決められてカウントダウンの後にノックアウト。

 つまり、俺DEAD END。


「仕方ないですねー。こうなったら最終手段です。管理人さんに言って合鍵借りてきますね? あ、ご心配しなくても、この数日で管理人さんとは仲良くなっているので快く貸して頂けると思います。それでは、そこで布団に潜ってガタガタ震えながら待っていて下さいね?」


 もう、既に震えてます。


 足音が扉から遠ざかっていく。あれは本気だ。


「やばいやばい! どうする? 原稿なんて出来てませんが? ええ、もう目標の半分も出来てませんとも」


 何を隠そう絶賛スランプ中だ。

 ネット小説から始まった俺の成り上がり。流行りに乗った異世界召喚系は功を奏して出版社の目に留まり晴れてラノベ作家の仲間入りする事が出来た。

 無事にその作品が完成したのはいいが、求められるのは次の作品。それも前作を超える良作を求められた。

 そんなの作れるわけがない。何故ならもう書きたいことは前作で出し尽くしたからだ。

 別のジャンルに手を出そうにも、こちとら異世界物で成り上がったのに、他ジャンルを書く度胸も技術もない。


 とりあえず布団から飛び上がって、ドタバタと部屋からの脱出準備を開始する。

 とは言え、携帯と財布があれば最低でも一ヶ月は逃げ伸びられるはずだ。


 しかし、足はピタリと止まった。

 一体何処へ逃げればいいのか。既に両親は他界し、親類は遠く、家庭はない。

 このアパートのこの部屋だけが自分の城である。


 力なくその場にへたり込み、ため息を吐いた。


「一層の事、異世界召喚されねぇかな。そしたらネタに困んねぇのにな」


 そんな何気ない一言。それに本来、言葉が返ってくることは無かった。何せ独り言なのだから。

 しかし、この時は違った。


「それでしたら異世界に送って差し上げましょうか?」

「まじか。じゃあ頼む……って、は?」

「はーい。お任せ下さいませー」

「待て待て誰だアンタ!?」


 ばっと振り返ると、PCを置いたテーブルの前に座って、一心不乱に俺のノートPCを除いてる女がいる。

 しかも、ただの女じゃない。コスプレイヤーだ。肌の露出が多い、コミケとかコスイベとかに出没する痴女(偏見)だ。

 若干ドレスっぽいのに、背中や腰の辺りは素肌が晒されていて妙にエロい。あれで振り向いたらブスとかなら面白いのに。


「私ですか? 私は貴方の……ファンです」


 こちらを向いてニコリと笑ってそう言った。

 そして、期待していたものとは違った、余りに現実離れした美しさを持つ彼女を見た瞬間、声を出す事が出来なくなる。


「ところで、こちらは新作ですよね」

「あ、はい」


 彼女が見ていたPC画面には書きかけの小説が映し出されていた。

 そもそもあれは書いていたら何か思いつくかなとインスピレーションを刺激していたのだから、小説なのかさえ怪しい。あえて言おう踏み台であると。


「ふむふむ。やはり行き詰まっているようですね」

「うぐっ。ってか、あんたファンって……俺の聞きたい答えじゃない」

「あは、ダメでした? では、僭越ながら」


 スクっと立ち上がると、体もこちらに向けて、居住まいを正した。

 やはり綺麗だと思う。名のある絵画の中から出てきた女神。妙に艶めかしく、それでいて神々しい。

 そして痛々しい。


「私はアルマギウス・ラクトリア・ハルル・マギア・ソルク・ベルアルム・トロツキー・ケセラム・エイゼム・マハリク・ラムダ・ガナリウス――」

「もういいわ! なんだそのピカソみたいな名前は!」

「えぇ? ピカソってアレですよね。この世界の画家。確か……パブロ、ディエーゴ、ホセ、フランシスコ・デ・パウラ、ホアン・ネポムセーノ、マリーア・デ・ロス・レメディオス、クリスピーン、クリスピアーノ、デ・ラ・サンティシマ・トリニダード、ルイス・イ・ピカソ……全然似てないですよね?」

「違う! 俺は長いって言ってんだよ!? つーか、よく覚えてるな! すげぇ!」

「えへへぇ」

「照れるなし!」


 頭に手を当てて、頬を染める。その姿に一気に脱力した。


「これってアレみたいですよね」

「なに?」

「文字数稼ぎ」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 やめろー。その言葉は俺の心臓を五寸釘で打ち付けるくらいクリティカルヒットしてるからぁぁぁ。

 膝と手を床につけて項垂れていると、近くにまで寄ってきた変な女が再びニコリと笑う。


「私の事は気軽にアル様とでも呼んでください」

「様……」

「はい、女神ですから」


 女神レイヤーのことですね。分かります。


「あ、信じてませんね?」

「そりゃ、どうして女神がライトノベル読んでんだって話だし、そもそも全体的に胡散臭い」

「ひ、酷い言い草です。ですが、本当に私はこの世界とは違う世界で女神として祀られているのです」

「百歩譲ってそうだとして、なんでこっちの世界にいるんだよ」

「それは二次元があるから!」

「……」


 二次元の存在みたいな奴が二次元を求めるとかやっぱり胡散臭い。


「いいですよね。この世界のこの国の娯楽! 私達の世界にも是非とも普及して欲しいものです」

「そういうのは違う世界ラノベでやってる」

「何を言ってるのかさっぱり分かりませんが、流石にそこまでは求めません。だからこそ私自身がこちらに赴いているのですよ」


 それが本当ならえらく自由奔放な女神様である。

 ってか、そんな異世界移動とかできるなら、こっちの神様も別世界旅してんじゃね? 結構地球の神様っていい加減なの多いし。ほら、這い寄る混沌とかさ。

 目の前の自称女神を見る。


「なんですか? いきなり顔をじっと見つめて。目がいやらしいですよ?」


 異世界の女神はもっといい加減そうだ。

 というか、いやらしくねぇ。


「ともかく、どうして女神が俺の部屋にいるんだよ」

「そりゃ、あなたのファンだからですよ」

「お、おう(照)」


 率直にこんなファン宣言とかされるとやはり嬉しいものである。

 それが、こんか痛いコスプレイヤーだとしても。


「いや、ファンだからって部屋に……どうやって部屋に入ったんだ?」


 この部屋は杏珠の侵入を防ぐ為に扉のみならず窓も完全に鍵をかけている。そもそもこの部屋はアパートの2階にあり、侵入経路はパンツへの執着心が人1倍ある下着ドロと杏珠以外は一つしかない扉からしか入ってこれないはずだ。

 つまり、答えは……。


「お前、下着ドロか!?」

「なんでそうなるんですか!?」

「じゃあ、杏珠か!? ぎゃぁぁぁぁ」

「違いますから叫ばないで下さい!? というか、勝手に部屋に入ってきたらその二択ってどういう繋がりですか!?」


 そりゃもう、杏珠=下着ドロなのだろう。あ、やべ。今寒気がした。流石に同列は可哀想か。もちろん下着ドロが。


「とにかく違います。私は女神なのでどんな場所にでもゲートを開けますって」

「ゲートとか……ププ。二次元じゃないんだから」

「……矢吹先生?」

「ん?」

「ここに今すぐ、あなたの担当の東杏珠を召喚してもいいんですよ?」

「ごめんなさい。本当にやめて下さいこの通り」


 ビバ土下座。作戦は命を大切にだ。


「何もそこまで……軽くドン引きです」


 軽くなのか、ドンなのかどっちなんだドン。


「まぁ、いいです。そろそろ本題に戻りましょう」

「本題?」

「先ほど、言ってましたよね? 異世界に行きたいと」

「あー。まぁ、そうしたらネタに困らないかなって」


 誰でも考えそうな安直な考えだ。何かから逃げ出したい時に別の場所に行きたいという欲求。

 そこがどんな場所なのかも知らずに、ここよりはマシだろうと考えてしまう。

 しかし、そんな事はまず叶わない。気晴らしに少し遠出するくらいが精々だろう。


「では、こことは違う世界に行きませんか?」

「……どんな世界なんだ?」

「文明は未成熟でこちらの世界とは比べ物にならない程低く、科学よりも魔法学が進んでいて、空にはドラゴンが駆り、魔物という危険な種が存在し、それを束ねる魔王というものがいちゃったりする、そんな二次元のような世界」

「はは。それじゃ、まんま二次元だわ」

「ええ、意外とそんな世界は多いものですよ。そう、世界はまだあなた方が知る由もないくらい神秘で溢れている。それを忘れないように」

「神秘……」

「そう。その一つを体験してみませんか? きっと、あなたのインスピレーションを掻き立てられると思いますよ?」


 超絶行き詰まってる俺の小説。きっと、異世界に行けばネタは豊富だろう。

 異世界フィクションとか言って、本当は伝記ノンフィクション。絶対売れる気しかしない。


「あ、でも行ったら当分は帰ってこれないのか」

「いえいえ、そんな、滅相もない。あなたには是非とも執筆活動は続けて欲しいですからね。無論、帰りたい時に帰ってもらいますよ」

「おいおい、まじかよ。何その良心設定」

「良心的な女神ですから〜」

「じゃあ! 是非とも頼みたい!」


 異世界召喚。誰でも憧れた事があるだろう? でもふと現実的に考えてそれが今の生活を捨てることだと判断して、もしくは別の理由で無理だと判断する。というか、そもそも異世界なんて存在しないと切り捨てる。

 だが、その幻想世界ユートピアが存在して、尚且つ好きな時に帰れるとか……どこの猫型ロボットだおい。


「分かりました。お任せ下さい」

「頼むよアルえもん」

「私はどっかの狸型では無いのですが……」

「狸型ではないです。猫型です」

「えぇ!?」

「そんなに驚く事か!?」


 体を仰け反らせて驚く女神アル。これは胡散臭いと言うより、ニワカ臭い。


「ずっと狸だと思ってました……」


 ショックとばかりにその場に屈んでいじけ始める。なんとめんどうな女神なのだろうか。地面に「の」の字を書くな。


「というか! 全然話が進みません!」

「……ソウデスネ」


 話に乗ってきたのはアンタだろ。とは言わない。

 その時だ。

 扉が、コンコンと2度ノックされた。


 ビクリと肩が跳ねる。

 んむ? 地震かな? 何故か体が震えてる。


「せんせー? 入りますねー」


 カチャカチャと鍵が差し込まれる音がする。


「ななななななななんでもいいから早く異世界に飛ばしてくれ!」

「なが多いですね〜。了解しました! では、こちらをお通り下さい」


 言うや、目の前に光るゲートが現れる。

 足を踏み入れるのを少し戸惑うが、後ろにある玄関はガチャりと音を立ててゆっくりと開きつつある。


「もう引けぬぅぅぅ」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 そこから、色々あり今に至る。


「何してるのよレン」


 突然影に被われて見上げると、そこにはアーシャが片目つぶりで、手を差し伸べてきていた。なんともヒロインっぽい仕草だ。よく分かってるな。


「ありがとうツン・デレ子」


 手を引かれて立ち上がりながら感謝の言葉をかける。


「なにその意味は分からないけど、凄い不快な名前は。私はアーシャよ」

「まぁ、それはいいとして。ドラゴンは?」

「うん、あれ」


 指差す方を見ると、10人以上の人間が多種多様な装備を持ち、ドラゴンと相対していた。

 割合的には男女半々ってところか。


「げぇ、勇者連合アライアンスじゃん」

「うん。どうも、あの人達も狙ってたみたいなの」


 勇者連合。この集団を説明するには、この世界の勇者事情を話さねばならないだろう。

 端的に言うと、この世界では勇者が沢山いる。


 最初に召喚された勇者はもちろん魔王討伐の為だった。しかし、魔王討伐後の世界では勇者は召喚した国の力の象徴となる。

 それを許さなかったのは他国だ。

 やがて各国は挙って勇者を召喚し始め、世はまさに大勇者時代……。

 まぁ、国のお抱え勇者みたいな感じで、もうほとんど仕事みたいなもん。

 って、女神アルが言ってた。


 ちなみに俺を召喚したのはエルトロン王国とか言う一番最初に勇者を召喚したとかいう大国。

 お抱え勇者の数はざっと50人近くおり、大陸の中でもトップレベルらしい。


 でだ、話は戻ってあの集団。

 アレは勇者連合アライアンスと言い、エルトロンの勇者が複数所属している勇者の集団なわけだ。勿論、勇者個人にはパーティーがいるので、あの集団の中のほとんどはこっちの世界の住人だが、それでも3、4人は勇者が混じっているというなんともカオスな集団である。


「なんで勇者が群れんだよ。勇者ってアレじゃないの? 1人いたら百人力で、お互いライバル! みたいな」

「でも、あの人数で1000人の軍勢にも匹敵するんだから凄くない? やっぱり入らない?」

「なんだ、アーシャは入りたいのか?」

「うーん。分かんないけど、この国の勇者ってもうほとんどが勇者連合に参加してるじゃない」


 皆がやってるからやってるとか! お前は日本人か!

 しかしまぁ、その通りである。勇者連合の参加パーティーの数はざっと30人を超える。最早、1国を滅ぼせるのではないかと言うレベルだ。

 逆に俺みたいな野良勇者はほとんどいない。勇者連合に参加せずとも、別のコミュニティを作ってる奴らばかりだからだ。

 全くもって夢がない。


「まぁ、それは今はいいとして、リュシカは?」


 先程から気になっていたが、リュシカの姿がない。


「あぁ、うん。あそこ」


 よく見ると、勇者連合とドラゴンが戦ってるすぐ近くで何故か料理をしていた。


「あれ、勇者連合が切り落としたドラゴンの片翼で出汁をとってるのよ」

「……」


 まだドラゴンを食す事を諦めてなかったのか。というか、今すぐする必要性はないだろう。

 横を見るとアーシャが頭を抱えていた。


「こんなパーティーじゃ勇者連合に参加してもクビになるわ……」

「ん? だったら別の勇者に拾って貰うか?」


 顔は可愛いアーシャだ。下心満載の勇者達は拾ってくれるだろう。


「……いじわる」

「いやいや、俺みたいな雑魚野良勇者に付いてくるよりマシだと思うが?」

「今更、レン以外の勇者となんて組めないよ」

「……アーシャ」


 なんと可愛い奴なのだろうか。仕方ないから抱いてやろう。

 両手を広げてアーシャに抱きつこうとすると、剣の柄で額をどつかれた。すげぇ、痛いぞこれ。


「何するのよ。そもそもレンのせいで勇者支援者教育学校を退学になったんだから! 正式な支援者じゃない私を誰が雇ってくれるのよ!」


 勇者のパーティーってパーティー募集掲示板とか使うと思った? 違うんだよな。

 この国ではその辺の整備がちゃんとされていて、勇者のパーティーにはそれ相応に訓練を受けた者がなる事になっている。

 まぁ、絶対という訳では無いけど、基本的に勇者側も皆その制度を使ってパーティーを作っている。


 でだ、うちのツン・デレ子は、その学生だったんだけど、俺のせいで退学になっちゃったわけ。

 だから、うちのパーティーで引き取る事になりました。はい、説明おしまい。


「はぁ、もう疲れたわ。今日は解散しましょう」

「お? 良いけど、リュシカはどうする?」

「一応声だけ掛けて……まぁ、帰らないでしょうけど」


 そう言う事で、ドラゴン退治は他の勇者達に任せる事にして、解散という流れになった。ん? うちのパーティーは高確率でこんな感じだぞ。文句があるならパーティーリーダーに言ってくれ。まぁ、俺だけどな。

 案の定、リュシカに声を掛けても、ドラゴン肉を手に入れるまでは帰らないと言い、放置して帰ることにしたのだった。


「んじゃ、お疲れ〜」

「はい、お疲れ様。また明日ね」


 そう言って、アーシャは近くに繋げて置いた馬の元へ歩いて行く。

 そして、俺はと言うと……


「あ、もしもし? 今日はそろそろ帰るからゲートよろ」


 服のポケットから携帯を取り出して連絡をとる。

 電話の相手はもちろん女神アルだ。


『今日は一段と早いですね。どうです? 続きは書けそうですか?』

「まぁ、ボチボチ。ってか、そろそろ本腰入れて書かないと締切に遅れる」

『そうですね〜。新しい小説、めちゃくちゃ売れてますものね! 一ファンとしてもとても嬉しいです』

「まぁな」


 色々あったものの、俺は晴れて新作を出した。

 少しギャグよりの異世界ファンタジー。

 前作からのファンや、新規のファンも増え、売上好調で引き続き売れっ子ラノベ作家として活動出来ているわけだ。


 目の前に光るゲートが現れた。

 それを潜ると、あのボロアパートへと帰ることができるようになっている。

 さて、帰って続きを書こう。まだまだ書きたい事がある。

 この世界で歩み、そして歩んでいく伝記ファンタジー

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締切勇者の異世界伝記(短編) 米俵 好 @ti-suri

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