最終話 ハギのせい 後編


 フルーツ喫茶を出たところで、渡さんが言い出した言葉。


 それは、朝から頭の隅にちょっと引っかかっていた話だった。

 そしてそれは、俺にとっての文化祭を運動会に変えてしまう一言になった。


「じゃあ、また後で落ち合いましょ! フォークダンス開始の放送が流れたら、昇降口の前に集合ね!」

「ああ、それなんだけど……」

「あたし、フォークダンスが始まる前には帰るの」


 穂咲の返事に、目を丸くさせて驚く二人。

 確かにこいつの口から出て来るとは思えない言葉だけどさ。

 そこまで驚くことないでしょ。


「ちょ……、穂咲、ウソでしょ? フォークダンス、楽しみよね!?」

「そうそう、楽しいぞ! 俺は香澄が他の奴と踊ってる姿見たくねえけど」

「なに言ってるのよ! それじゃ、計画が……、おっとと」

「お前も何言ってるんだよ! ……ゴホン! なあ藍川。一緒に参加しないか?」


 ははあ。

 さっき言ってた、お礼とか言う奴か。

 フォークダンスに仕込んで、何かやる気だったんだね。


 君らの事だから悪趣味な物じゃないだろうし。

 ねえ、穂咲。

 二人の好意を無下にするの、俺は気が引けるんだけど。


 そう思いながら穂咲を見ると、妙に神妙な顔でしょんぼりしている様子。

 ほんとに何が気に入らないのさ。


「…………あたしは参加しないの。みんなは楽しんでくると良いの」

「君ね、なぜにそこまで頑ななの?」

「そうだよ、何で行きたくないんだよ。理由でもあるのか?」

「理由なら、今、六本木君が言ったの」


 どういうこと?

 三人で顔を見合わせていると、穂咲は廊下を駆けて逃げて行った。


 ほんとになんだか分からないけど、そこまで嫌なら無理に誘うことも無いか。


「ごめんな、せっかく誘ってくれたのに。……あと、せっかく何か仕込んでくれたようなのに」

「仕込む? 何のことだ?」

「いいよとぼけなくて」


 六本木君、ウソ、下手くそだな。

 まあ、だから信頼できるんだけど。


「それより道久。藍川とケンカでもしてるのか?」

「いや、そんなこと無いと思うけど。朝から理由話してくれないんだよ」

「なに言ってるのよ。ちゃんと理由言ってたじゃない。隼人が言った通りよ」


 ん? どういう事?


 眉根を寄せながら六本木君を見てみたけど、俺よりもっと難しい顔で見つめ返されてしまった。


「これだから男子って……」


 渡さん、溜息。

 そして呆れ顔。

 しまいには腕組みでにらまれた。


 しょうがねえだろ、分かんないんだもん。


 そして、乙女心を察してあげないと叱られるっていうのも納得いかない。

 逆の場合、俺たち男子が怒ると猛反撃されるし。

 これだから女子って。


「……えっと、理由は分からないけど穂咲は嫌がってるみたいだからさ。俺だけでも参加して、お前らの御礼ってやつを受け取っておくよ」

「お礼は違う形で渡すから気を使わないで。それより秋山君が気を使う相手は穂咲。なんでフォークダンスに出るなんて言い出すのよ」


 えええ!?

 だって、君らが何か仕込んだんでしょ?

 そして俺たちを誘ったんでしょ!?


「すまん。本気で分かりません」

「もう、にぶいままでもいいから! なにがなんでも穂咲を探し出して! そして絶対にフォークダンスに来ちゃダメよ!」


 いつもの厳しい渡さんが、俺の尻を蹴とばした。


 御礼ってやつ、フォークダンスに絡めた何かじゃないの?

 さっぱり分からない。

 俺は矛盾を感じたまま、穂咲を追ってのたのたと走り始めた。


 でも、見つかりっこないさ。

 あいつ、かくれんぼプロ級だもん。


 それに、今日は文化祭。

 運動会じゃない。



 ……そう思っていた俺の耳に、どこからか『天国と地獄』のメロディーが聞こえてきた。


 仕方がないので、全力で走ることにした。



 🌷 ~ 🌷 ~ 🌷



 ――全力疾走、二時間ちょい。

 息も絶え絶え、汗びっしょり。

 ちょうど一昨日の渡さんと六本木君のような状態で屋上への扉を開く。


「やっと見つけた……」


 屋内に通じる塔屋とうやの影。

 そこから、白い綿が顔を出していた。


「駄目だよ、綿あめ屋の打ち上げ用にとってあったザラメを勝手に機械に突っ込んだりしたら」


 文化祭初日、綿あめ屋台の人とメッセ交換しておいて良かった。

 もっとも、『いますぐこいつを引き取ってくれ』と書き込みされていたのにもう少し早く気付けば楽に捕獲できたんだけど。


 散々叱られて、それでもなんとか聞き出した情報。

 穂咲が口にした『赤いふわふわで白いふわふわをかじるの』という言葉。


 もう、赤いフワフワはいなくなっちゃってるけど。

 もうすぐ白い空が西へ縮んでしまうけど。


「…………遅くなっちゃった。ごめんな」


 顔はまるで見えないけど。

 寂しそうなのは、ちょっと分かる。


 塔屋の角を曲がる手前で腰を下ろすと、ふわふわが目の前に近付いてきたので一口かじりついた。


 さて、走りながら随分と考えたけど。

 結局こいつが何を嫌がっているのか分からずじまい。


 ……でも、嫌な事をする必要も無かろう。

 そう思っていた俺の耳に、フォークダンス開始の放送が届く。


 すると穂咲は勢いよく立ち上がって、フェンスに近付いて行った。


「……赤いちりちりがたっくさん舞い上がるの。綺麗なの」

「ああ、お前を探して走り回ってる時に見たよ。随分大きなキャンプファイヤー」

「キャンプじゃないのに?」

「じゃあ、何て言うのさ、あれ」

「赤いちりちりなの」


 さいですか。


 俺も穂咲に並んでフェンスに近付く。

 でも、意外と下を覗けないようで。

 穂咲の言う様に、火の粉がチリチリと舞う様子しか目に入らない。


 でも、校庭の映像は耳から自然と入って来る。


 音楽に合わせて、フォークダンスの輪が回る。

 くるくると、楽しそうに。

 俺の目には、みんなの笑顔が映っていた。



 それにしても、なんでフォークダンス嫌いになっちゃったんだろ。

 嫌な事でもあったのかな?


 聞こうか聞くまいか、悩むところ。

 でも、そんな俺の頭をぐらりと揺さぶる言葉が、にぱーっとした笑顔から飛び出してきた。


「道久君! 踊らなきゃそんそんなの!」

「えええええ!? あんなに嫌がってたのに、急になんでさ!」

「そんそんだから」

「中国語じゃ分かりません、日本語でお願いします」


 俺の言葉、完全にスルー。

 勝手に手を取って、音楽に合わせてお辞儀。

 そして楽しそうに踊り出した。


「振り付けが曲と合ってません。曲の途中から始めないでください」


 よく踊れるね、君。


「綿あめ、ちょっと邪魔なの」

「すいません、だからと言って俺のポケットに挿さないでください」


 ……なんだよ。

 いつもの穂咲じゃないか。


 好き勝手な事ばっかして。

 変な事ばっかして。


 その変な事には、必ず理由があって。

 でも、それを半分も理解してやることができなくて。



 ……それでも、俺が一番こいつの事を理解してあげている。



「そっか。やっと分かったよ」

「なにがなの?」

「このダンス、思い出なんだもんな。他の人と踊るの、嫌だったんだな」

「そんなの当たり前なの。この間、パパと道久君と踊ったの」

「おじさんとの思い出だもんな、青いピカピカ」

「今日は、赤いちりちりと白いふわふわなの」


 しかし、そんなの当たり前、とか言われましても。

 ちゃんと言ってくれなきゃわかりません。


 ……いや、そうか。

 朝は母ちゃんが、さっきは二人がいたからな。


 おじさんとの思い出、なんて言ったら、聞いた人に寂しい思いをさせると思ったのかもな。


「……ごめんな、気付いてやれなくて」

「なにがなの? ……あ、ママに連絡しなきゃ。やっぱり踊ってから帰るって」

「俺も、あいつらに連絡しなきゃな。……穂咲も連絡しとけ。心配してると思う」

「分かったの」


 すっかり日は落ちて、携帯の灯りが穂咲の楽しそうな笑顔を群青の中に浮き上がらせる。


 そこに綴るメッセージ。

 きっとシンプルで。

 意味が分からなくて。


 ……でも、読んだ人を笑顔にさせる、そんなメッセージなんだろうね。




 好き勝手な事ばっかして。

 変な事ばっかして。


 その変な事には、必ず理由があって。

 でも、それを半分も理解してやることができなくて。



 ……それでも、俺が一番こいつの事を理解してあげている。



 いや、違うか。

 今日分かってあげることができたのは、文化祭の奇跡ってやつかもな。


「楽しかったの、文化祭。毎日文化祭だと良いの」

「無茶を言いなさんな。……でも、ほんとに楽しかったな」


 否定はしたけど、穂咲には伝わってるだろうね。

 俺も、毎日続けばいいって、心から思うよ。


 憧れのビッグイベント。

 ほんとにそうだった。


 俺は校庭で踊る誰よりも間違いなく幸せな笑顔を浮かべて、実に理解しがたい、そして誰よりも繊細な幼馴染を、いつまでも見つめ続けるのだった。



 ……以上、文化祭がくれた素敵な物語でした。


 めでたしめでたし。






「……道久君」

「ん?」

「香澄ちゃんからの返事がよく分からないの」

「どれどれ。………………のおおおおおおおお!?」



< 穂咲! 道久君が他の女子と手を繋ぐこと、これからも絶対阻止するからね! クラスのみんなにも連絡済みよ! 応援してるから、頑張って(≧∇≦)💕



「のおおおおおおおお!!! 勘違いだーーーーーーーーーー!!!」



「……べつに道久君が誰と手を繋いでも、そんなの構わないの。香澄ちゃんはなにが言いたいの?」



 ……三日間にわたる文化祭。

 それが悪い方に奇跡を起こして、今、幕を閉じた。


 めでたくないめでたくない。





 次回、振替休日の19日(火)を経て20日(水)より、


「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 4冊目!!!!


 スタートです!


 今度は、二人のお誕生日プレゼント探し。

 一体どんなものを準備することになるのやら……。


 お楽しみに!

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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 3冊目!!! 如月 仁成 @hitomi_aki

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