ハギのせい 前編
~ 九月十八日(月祝) 文化祭・最終日 ~
ハギの花言葉 過去の思い出
『文化祭』
それは高校生にとっての夢。
憧れのビッグイベント。
クラスに部活に、一致団結。
リミッターを外した自分の可能性。
汗と涙と深まる友情。
そして……。
……そして恋の渡り鳥が幸せを運ぶ。
そんな奇跡の時間を生かすことなく、今、道久の幕が閉じる……!
🌷 ~ 🌷 ~ 🌷
重たい目を開いて、開け放たれたカーテンを恨みを込めてにらみつける。
窓から望む秋晴れの空はどこまでも高く、青く。
その四角い枠を横切るうろこを目指してヒワが飛ぶ。
……君には大きすぎると思うよ、その獲物。
連日の疲労でぐったり。
十二時間も寝ているのにまだ寝足りないというのに。
なんて不快な目覚めを準備してくれるのさ、母ちゃん。
「今の、不甲斐ない息子をバカにしたようなふざけた詩の朗読は何でしょうか」
「ほれ、このままだとほんとにそんな結果になっちまうよ! とっとと学校行って、下手な鉄砲撃ちまくってきな!」
「あのね、母ちゃん。俺に何を期待してるのかうすうす察してやることはできるんだけどさ。今の俺は、抱きしめたいほどこの枕を愛しているんだ」
枕を抱きしめながらタオルケットに潜り直した俺の目の前。
母ちゃんがペチンと自分の目を手で覆って天を仰ぐ。
「か~~~~~っ! バカだねあんたは! 普段はかっこ悪い男だって、文化祭の間は補正がかかってるんだよ?」
「いい男にも補正かかるから、結果は同じなんじゃない?」
「ほんとにバカだね。OKしてもいいかな? って基準に達してるのが普段なら数人のとこ、今なら軒並みボーダー突破してるんじゃないさ。ほれ早いもん勝ちだよ!」
「なるほどそういうものか。さすがは憧れのビッグイベント。でも俺はいいです」
無視無視。
もうちょっと寝ていよう。
月曜とは言え、呑気な祝日。
窓越しに聞こえるのは鳥のさえずりだけ。
そんな心地よい声が、頭の中に横たわる眠気をゆりかごに乗せて優しく揺らす。
「……穂咲ちゃんだって、だれかに取られちゃうかもよ?」
いや、違った。
そんな鳥たちのやかましい声のせいで、目がはっきりくっきりと覚めた。
決して他に理由はない。
目が覚めたのは、鳥のせい。
パジャマの上を脱ぎながらベッドの縁に腰かけた俺の目の前。
母ちゃんがニヤニヤしてるけど。
違いますから。
勘違いしないでください。
「あ、そうそう。今日はフォークダンスがあるみたい。帰りが遅くなるかも。晩御飯もいらないよ」
「あらそうなの? じゃあ、手抜き料理にしますか」
「なに作る気?」
「牛丼」
呆れながら下も脱いでトランクス一枚に。
くしゃくしゃなパジャマを手渡して、代わりに制服を受け取った。
「穂咲のおばさんに声かけて一緒に食べたら?」
「ううん? うちはいいの。あたしはすぐに帰る予定なの」
「そう言いなさんな。せっかく覚えたダンス、ようやく正しい形でお披露目できる絶好のチャンきゃあ」
うぉい!
だから、なんで俺の部屋にいるんだよお前は!
慌ててパンツを隠す俺に、当たり前のように制服を渡してるけど。
当たり前のように俺が脱いだパジャマ抱えてるけど。
恥ずかしいから今すぐ返してください。
……そんな、俺の部屋に勝手に上がり込んで平気な顔をしているどうしようもない幼馴染は
軽い色に染めたロング髪を、今日は珍しくストレートにしたハイツイン。
アイドル風に結った髪留めには紫の妖艶なハギの花が一つずつ活けられている。
うん、今日も気合入ってますね、おばさん。
これならどこからどう見てもバカな子には見えません。
「穂咲ちゃんはフォークダンスしてこないのかい?」
「そうなの」
「ふーん。…………もしもし、藍川さん? 今夜はガッコでフォークダンスがあるみたいだから晩御飯はこっちに食べに来なさいな。うちのバカ息子が頑張れたらって話なんだけど、穂咲ちゃん遅くまで遊んでくるかもしれないからさ」
「おいこら。俺は関係ないだろ」
「そうなの。道久君がどれだけ努力しても、あたしの決心は曇らないの」
……なんか様子が変だな。
こいつ、この手のイベントにはしっぽ振って飛び付きそうなんだけど。
「なんだってまっすぐ帰りたいのさ。ドラマは明後日だろ?」
「道久君にどれだけ追及されても、あたしは口を割らないの」
なんだろ。
まあ、こいつが他の人と踊ってる姿を見たらそわそわしそうだから、ちょうどいいけどね。
「道久君、早くするの。今日は全部の展示を回るの」
「無茶を言いなさんな」
「頑張れば回れるの」
「そっちじゃないです。早くできないよ、そんなにガン見されてたら。部屋から出なさい」
「あはははは! いいじゃないのさ、減るもんじゃなし!」
「お・ま・え・も・だっ!」
まったく、なんでこんな目に遭わなきゃならんのだ。
……文化祭。
今日で最後、か。
それにしても、なんで穂咲はフォークダンスに出たくないのだろうか。
……あと、なんでこの人たちは一歩も動こうとしないのだろうか。
🌷 ~ 🌷 ~ 🌷
さて、昨日の劇は随分と話題になったようで。
どこに行っても、白雪姫だ王子だと声をかけられる始末。
まあ、俺には害が無いので構わないのですけど。
白雪姫だと声をかけられるたびに俯いて顔を赤くさせている穂咲。
そのリアクションもお気に召す方が多いようで。
男子は誰もが鼻の下を伸ばし、女子はきゃーきゃー言って携帯を向けて来る。
そしてもう一人。
王子と声をかけられた方も、顔を赤くして俯くのだ。
「大人気だね」
「ちきしょう、お前の方が出番多かったのに、なんで俺ばかり冷やかされる! ええい、カメラを向けるな!」
「被害が無いってことが、こんなにも悲しいものだなんて思いもしなかった」
「まあまあ、みんな秋山には恐れ多くて声をかけられないだけよ、きっと」
「…………そういうセリフはね、目を見て言うものです」
伏目がちに言わないでね、渡さん。
俺と穂咲は、正門前で六本木君と渡さんに出くわした。
ならばと四人で文化祭を楽しんでいたのだが、穂咲の全出展完全制覇という野望に付き合わされて、既にヘトヘト。
でも、そこはもちろん我らがリーダー穂咲さん。
誰よりも体力がないわけで、現在フルーツ喫茶なるお店でテーブルに突っ伏しているところだ。
「うう、もう一歩も動けないの。文化祭、恐るべしなの」
「そうだね、敵は強大だったね。でも、半分も回れたなんて大したもんだよ」
投げ出した左腕を枕にした穂咲が、元気を振り絞ってピースサイン。
でも、目線が俺に向いてない。
振り向けば、ウェイトレスさんがニコニコしながら穂咲に携帯を向けていた。
「まてまて! 俺はいいけど、女子に携帯を向けるなよ! お前らだって写真撮られたらいやだろうが!」
「もう、隼人。そんな言い方しちゃ可哀そうよ。大人気ない」
「うん。穂咲も、毎日何十人も写真に撮る人がいるから平気だと思うよ。もっとも、レンズは頭上に向いてるわけだけど」
「写真なんてどうでもいいの。それより、お待ちかねがようやく到着なの」
ヘロヘロなくせに、しゃんと背筋を伸ばしてウェイターさんをお出迎え。
ほんと、変な所が真面目な子だよ。
彼が運んで来たものは、『コロコロスイカのミニポンチ』なる一品。
ほんのり水色の炭酸の中に、スイカボールとオレンジゼリーがぷかぷか浮いてる。
これは可愛い。
「美味しそうだね」
「綺麗なの。青いしゅわしゅわがとんでもないことになってるの」
「確かに。スイカの粒ががしゅわしゅわに包まれて綺麗だな。でも、食べるのは少な目にしろよ? またしゃっくりが止まらなくなるから」
「大丈夫なの。瓜はお薬だから、あたしを癒してくれるの」
西から来たウリか。
ああ、そう言えば海でもそんな話したっけ。
「これも食べられるウリ科だな」
「そうなの。ウリ科は、食べれる物が多いの」
「なに言ってんだお前ら? ウリ科、食えねえもの一杯あるだろ。ひょうたんとか」
六本木君の発言に、俺は思わず穂咲と顔を見合わせて大笑い。
ああ、俺もそんな顔したよ、一ヶ月くらい前。
眉をひそめて、少し頬を膨らませて。
まるでひょうたんそのものだ。
「隼人、もの知らずね。ひょうたん美味しいわよ?」
「うそ。食えるの? あんなに硬いのに?」
ああ、普通はお酒入れる容器でしか知らないからね。
「美味しいわよ、炒め物。小さい頃、よく食べた」
「あたしも香澄ちゃんのお宅でいただいたことあるの」
そして二人で、ねーとか言いながら顔を見合わす。
……よかった、仲直り出来て。
文化祭のせいで仲違いして、文化祭の奇跡が仲直りさせてくれて。
渡さんはまじめだから、授業中に遊び始める穂咲との間に壁のようなものが出来ていたんだけど、その垣根が取り払われた気がする。
さすが憧れのビッグイベント、文化祭。
俺も思わず笑顔だ。
「ああ、そうだ! 二人に迷惑かけちゃったじゃない? お礼しようと思って、隼人と準備したものがあるの!」
「よしてよ。俺……、いや、穂咲が二人に迷惑かけたようなもんじゃない」
「まあそう言うなって。この後、何かが起こるからな。楽しみにしとけ!」
「え? 不穏だな、何する気だよ」
言うだけ言っといて、二人はなにくわぬ顔でコロコロスイカに挑み出す。
ほんと、何する気さ。
おい、お前からもなんか言えよ。
そう思って振り向いた先では二人の話をまるで聞いていなかった穂咲が、スプーンにすくった炭酸の泡をふーふー吹いていた。
……君はいつもそう。
重要な話も聞かずに。
一見、頭の悪い事ばかりする。
でも、俺には分かってる。
それ、しゅわしゅわを減らそうとしてるんだよね。
じゃないと、しゃっくりしちゃうもんね。
…………そのしゅわしゅわの成分を教えたら、どんな顔するんだろ。
つい堪えきれずに教えたら、慌てて口を押さえて、じゃああたしはどうしたらいいのとオロオロし始めた。
君はほんとに、俺を飽きさせることを知らないヤツだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます