第11話 帰り道

「ふわぁぁ……」


 目を覚ました勇斗は、またしても大あくび。ほんの一瞬の眠ってしまったつもりだったのだが……、何だか様子がおかしい。


 大きく吸い込んだ空気は、あのすがすがしくて冷たい、あのキャンプ場の新鮮な空気ではなかった。


 それはかぎ覚えのある、クーラーがキンキンによく利いた車の中の空気。それに何より、まわりがずいぶんにぎやかだった。


「おーい、おねぼう勇斗が今ごろ起きたぞ!」


 どっと車内が笑い声でいっぱいになる。まだまだ頭の中が眠たくてたまらない勇斗は、どうしてまわりが笑い声でいっぱいなのか、そもそもここがどこなのか、自分のまわりがどうなっているのかをよく飲み込めていなかった。


「はい勇斗くん、おしぼりよ。これで顔をふきなさい」


 そういっておしぼりを渡してくれたのは、四軒向こうの鍋島くんのおばさん。言われるままに、凍ったアイスクリームのように冷たいおしぼりで顔をふくと、ようやく自分がどこにいるのか、勇斗は理解することができた。


「あれれ?ここ、バスの中?!」


「そうよ、ここはバスの中なのよ。勇斗くんったらいくら起こしても全然起きてくれなかったから、そのまま寝せてあげたのよ。でも出発前になっても起きずにスヤスヤ寝ていたから、起こさないでそのままバスまで乗せてあげたのよ」


 そう、ここは帰りのバスの車内だったのだ。


「ご、ごめんなさい!」


 大きな声であやまると、勇斗はすぐに窓をかじりつくように見てみる。あの山は、窓ガラスの向こうでずいぶんと小さくなっていた。


「キャンプ場、もうあんなに小さくなっちゃったんだ……」


 どんどん離れていくキャンプ場を見続ける勇斗の胸に、昨日の朝からの出来事がたくさんうかんでくる。


 それになにより夜のことは絶対に忘れられない。


 たくさん怖い思いをしたり、自分が空を飛んであの山のあたりをビュンビュン飛び回ったことは、本当に夢にしか思えなかった。でもそれは夢なんかじゃない。思わず涙がじんわりとこみあげてくる。


「ねぇ勇斗くん。顔にあとがついていたの、そんなにショックだった?」


 勇斗の様子を見て心配して声をかけてくれたのは二つ年上のお姉さん。


「ええ?!もしかして、ら、ラクガキですか?!」


 いつものように顔にラクガキされてしまったと思い込んでよくよく窓ガラスに写っていた自分の顔を見てみたのだが、黒や赤のマジックのあとはどこにもなかった。ただうっすらと、おでこを下にして寝ていたときについてしまった赤いあとが残っていただけだった。


「おいおい、勇斗。お前早とちりしすぎだよ」


 さらにどっと笑われてしまう。


「だっていつもボクの顔って、寝ていたらラクガキされちゃうから……」


「私が近くにいたらそんな事させないし、今日はだれもそんな事しないわよ。ユウちゃんってば心配しすぎよ。だってユウちゃんいっぱいがんばったじゃない」


 笑顔でそう言ってくれるのは霧崎さん。


「そうだぞ、お前にはありがとうって言っておかなきゃいけないからな」


 頭を優しくなでてくれたのは、六年生の山田お兄さん。


「ありがとう一条くん」


「勇斗お兄ちゃんありがとう」


『ありがとう!』


 みんな口々に、ついには一斉にお礼の言葉を勇斗にくれた。胸に熱いものがじんとこみあげてきて、思わず勇斗は涙ぐんでしまう。


「でも、なんで一条くんにお礼言わなきゃいけないんだっけ?」


「さあ、なんでだろ?」


(みんな、やっぱり命の光を抜かれてひどい目にあったことをハッキリ覚えているわけじゃないんだ)


 みんながあの夜のことを覚えていなかった事がかなしいような、でもうれしいような、そんなふしぎな気分になる勇斗だった。


「まあいっか。だってキャンプ場にいた人たち、うちのグループじゃない人たちまで、一条にお礼を言いに来てたぞ」


「理由なんてどうでもいいじゃん。だってお礼を言ったほうが、なんか気分がいいし」


「みんな、どういたしまして!」


 大きな声でお礼を返す勇斗。このお礼はバスに乗っている町内会のみんなだけではなく、顔もハッキリ覚えていない、キャンプ場に一緒にいた人たちにも向ってもだ。


「そうそう。感謝の気持ちを忘れないのは大切な事よ」


 そう言ってみんなの意見をまとめてくれたのは鍋島くんとこのおばさんだった。


 みんなの顔が笑顔いっぱいになるのを見て心からうれしくなる勇斗。そんな勇斗が気になったのは、あの鉄也たち三人組。そこだけは勇斗の方を見ても、ばつがわるそうに顔をほかの方向に向けてしまって、一緒に笑ったりしていなかった。


「そうそうユウちゃん、あいつら朝から変なのよ。いつもだったらユウちゃんにいたずらしようとしたり、寝ていたら絶対に顔にラクガキしようとするはずなのに、今日は何もしないのよ」


「そうなんだ……」


「それにね、今日バスの中まで寝ているユウちゃんを運んだの、あいつらなのよ?!」


「そ、そうだったんだ。ボクを運んでくれたの、鉄也くんたちだったんだ」


(そうか、鉄也くんたちはボクが運んであげたって事、わかってくれたんだ!)


 実はみんなからお礼の言葉をもらったことより、寝ている自分を運んでくれたのがあの三人組だったと知ったときの方が勇斗にはうれしい事だった。


「三人とも、ありがとう!」


いっぱいの笑顔を向けてみるが、やっぱり三人とも勇斗の方向は見ないまま。


「一条、これで借りは返したからな」


 ぶっきらぼうに返事をしたのは鉄也だった。


「一条、コレでおあいこだなんだぞコレ」


「勇斗、あとは学校でかえしてやるだゼ」


 鉄也が返事したので、あわてて金森と石塚もてれくさそうに返事をくれた。


 まさか魔法の力でビュンと運ばれたとは夢にも思っていない三人組だったが、夜道のど真ん中で、おもらししたままのびてしまった自分たちを、テントまで運んでくれたのが誰だったのか、想像することくらいはできたようだ。


 もちろん勇斗も、三人組が道の真ん中でおもらししたままひっくり返っていたなんてばらすつもりもない。これでおあいこのつもりだし、何より“ちゃん”づけで呼ばれることもなくなったようだった。


「あいつら、夜に絶対何かつまみ食いしておかしくなっちゃったのよ。でなきゃあいつら、ユウちゃんにいっつもひどいことばっかりしていたから、おこった神様にきっと悪い夢でも見せられたのよ。でなきゃあんなにユウちゃんにやさしくするはずなんかないわ」


 うたがわしい目でぎょろぎょろと三人を霧崎はにらみつけている。


「そうだね。きっと人をからかって遊んじゃいけないって、あの三人の夢の中で神様が教えてあげたんだよ」




 みんなを乗せたバスは、わいわいと楽しくもりあがりながらみんなの町に帰ってきた。公民館の前で降りて、バスの運転手さんにお礼を言うと、公民館の広場に集合。


「みなさん、大きなケガもなく、ちゃんと無事に帰ってこれましたね」


『はーい!』


 みんな、いつもだったら気の抜けたような返事しかしないのだが、今日に限って実感がこもった、気合いっぱいの返事をした。


「よろしい。ですがまだキャンプは終わっていません」


『無事に家に帰るまでがキャンプです!』


 町内会長のお約束のセリフを、みんなで声をそろえて先取りして言ってしまう。でも、町内会長は怒るどころか、いつもにまして満面の笑顔でかえしてくれた。


「その通り!ではみなさん、帰り道の車などに十分注意して、親御さんたちに無事な姿を見せてあげましょう」


『はーい!』


 町内会長だけでなく、引率してくれた町内会のおじさんおばさんたちにも、みんなでしっかりお礼を言って解散に。


 勇斗はもちろん車に注意して、とびださないように気をつけながら、帰り道を急いだ。


「ばう!わう!」


 近所のこわい犬が、今日もいつものようにほえかかってくる。


「ただいま!むかえてくれてありがとう!」


 いつもの勇斗だったら、泣きながら逃げ出してしまうところだったが今日はちがう。もう、犬にほえられるくらいなら、ちっともこわくなくなっていた。


「ただいまー!」


「おかえりなさいユウちゃん!」


「おかえり、勇斗」


 元気よく家の門をくぐると、お母さんとお父さんがやさしく出むかえてくれた。


「お父さんとお母さん抜きではじめてお泊りでキャンプだったけどどうだったかしら?その様子だと、とっても楽しかったみたいね」


「うん、そうだよ!すっごく楽しかったんだから!」


 勇斗の様子を見てお母さんはすっかり安心したらしい。お父さんも、いつもの笑顔を何倍にも大きくしてくれていた。


「そうかそうか。だったら荷物をかたづけてから、お父さんとお母さんにも、その楽しかった事を聞かせてくれないかな?」


「うん、わかったよ!」


 靴をぬいで、バタバタと二階にある自分の部屋に戻ると、リュックから荷物を出してかたづけはじめる。


「やっぱり、チョコチップクッキーが少なくなってる……」


 それは星空の下でみんなと食べた味。残っていた数もしっかり食べのこした数と同じ。


「レリーフ、ちゃんとみんなにもらったのと同じのだ」


 そして帽子を手に取ると、そこにしっかりいすわっているマジカルレリーフをながめた。


 四色の小さなガラス玉がうめこまれ、ついでにクーラリオの顔そっくりの形になったレリーフは、今にもけんけんと勇斗をお説教しそうな顔をして帽子にくっついていた。


「クーラリオ、フーガ、ミズチ、エンジュにアダマント。やっぱり夢なんかじゃなかったんだよね」


 指でなぞると、今にもレリーフが「くすぐってぇだろ!」と言い出しそうな気がしてしまう。


「ユウちゃん!ちょっと早いけど夕飯にするわよ!今夜はユウちゃんの大好物をお母さんとお父さんが二人で準備していたから」


「はーい!」


 勇斗は机の上に帽子を置くと、パタパタと階段を駆け下りていった。


(昨日と今日の話、何を言おうかな。信じてくれないかもしれないけど、夜のことも、ちゃんと話ちゃおうかな)


 どんなことを話そうかと胸をワクワクさせながらリビングに来た勇斗を待っていたのは、勇斗の大好きなお父さん特製のカニクリームコロッケと、お母さん特製のシーザーサラダだった。


「ふわぁい!やったやったぁ!」


「さあさあ、しっかりよくかんで食べるのよ」


「ふわぁい!」


 口いっぱいに大好物をほおばって食べると口が動かせなくなってしまう。無理しちゃいけませんと、たしなめられてゆっくり食べるご飯は本当においしかった。


(夜にこっそりガクと食べたチョコチップクッキーもおいしかったけど、やっぱりお家で食べるご飯が一番おいしいや)


お腹が少し落ち着いたところで、楽しみに待っているお母さんとお父さんに話をはじめた。さあて、どこからはじめようか。あの夜のことはどこまで話そうかな。などなど、頭の中で話題が入道雲のようにわきあがってくる。


「あのね、昨日はいろいろいっぱいあったんだよ……」






おわり

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魔導少年ユウト むげんゆう @yuzumuge4

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