エピローグ
墓参りには、夕方に行く。彼女の好きだった蘭の花を携えて。
私が冒険者だったのはもう三十六年も昔のことになる。タイシャン王国西部に広がる砂漠地帯の調査で、仲間の召喚士ミリアが
戦士ガラハドは激怒した。水が尽きたのは、当時のリーダーが補給を甘く見たせいだ。リーダーは責任を認めたが、そのふてぶてしい態度からは、責任を感じているようにはとても見えなかった。
無論、私も怒った。しかし、ガラハドほどには激しくなれなかった。この差はミリアへの想いの強さの差なのだろうか……などと考えているうちに、怒りを表明する機を逸し、私はガラハドに倣うような形でパーティーを離れた。
ガラハドからは新しいパーティーを組もうと誘われたが、再び冒険の世界へ足を踏み入れる気にはなれず、私は
この道で正解だ。体の動く限りこの仕事を続けよう――事件が起こったのは、そんな風に思っていた矢先だった。事件と呼ぶのも憚られる。男性の隊長による、女性隊員への強制わいせつ。暇な民間人が食いつきそうなスキャンダル。
ミリアの時のように、その女性に恋をしていたわけではなく、人が死んだわけでもない。だからと言って私が怒りを抑える理由にはならない。
確かに怒っていた。殺してやりたいと思うほど、隊長を憎悪した。だが、どうも私は、怒りを表現することが徹頭徹尾苦手なようだ。腹の内が明かせない。激怒しているつもりでも、傍目にはただ黙っているようにしか見えないらしい。
上に立つ者の不祥事に限らず、集団の中で生きるなら、他人と衝突することは必ずある。怒りを伝えられないのはひどく不便だ。つまり私は、集団行動に向いていない。怒りを感じないならまだしも、内心では確かに怒っているのだから。灼けるほどに。
村の古老たちから、何度か縁談を持ちかけられた。だが、似顔絵も見ずにすべて断った。二人でも「集団」だ。私には向いていない。私は一人がいい。客は他人だから、気楽に話せる。
「もう一度、誰も見たことのない景色を見に行こう」
心は動いた。食材調達のために狩りをしていたから、体も訛ってはいないと思った。しかし、結局断った。
彼も独身だった。あれから二十年も経ったのに、私と彼は未だにミリアを取り合っているような気がする。
ガラハドは――慎重すぎる
ミリアが亡くなって一年後、昼間に墓参りに訪れた時、すでに供えられている蘭の花と、ちょうど去っていくガラハドの後ろ姿を見た。
誘い合わせなかった。お互い、一人で行きたかったのだ。
それから毎年、鉢合わせにならないように、墓参りには日が暮れかけてから行くようになった。
ミリア。私ももう五十六だ。自分をまだ老人とは言いたくないが、まぁ、髪は白くなってきたな。
今年から
「コンラート」
懐かしい声が私の名を呼んだ。
腰を上げ、振り返る。
ガラハド。
何故、今ここに? 私が来た時点で花は供えてあった。
「十六年振りだな」
待っていたのか。私が来るまで。
「お前を誘うのは、これで三度目になる。俺と一緒に来てくれ」
一緒にって、「冒険」か? なにを言い出すんだ、急に。
「冒険じゃない。
……星……? なんの話だ?
「
ちょっと待ってくれ。こちとらもう、ただの酒場の親父だぜ。
「俺は諦めが悪い。そしてお前は、物分かりがいい。昔からそうだったよな?」
……。
「頼む。もう一度仲間になってくれ。若い奴らが必死になってんだ。会えばきっとお前も、手を貸してやりたいと思うだろう」
(了)
冒険者だった 森山智仁 @moriyama-tomohito
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