エピローグ

 墓参りには、夕方に行く。彼女の好きだった蘭の花を携えて。


 七大魔山セブンサミッツの出現から今年で十六年。冒険特需・・・・のおかげで未だ景気は上々だが、ブームは徐々に下火になりつつある。冒険記が流通し過ぎたことに加え、第七の山星降る丘の到達難易度があまりに高く、存在否定説が囁かれているのも一因だろう。いや、そもそも永遠に続くブームなどないのだ。生まれては死ぬ。人のように。


 私が冒険者だったのはもう三十六年も昔のことになる。タイシャン王国西部に広がる砂漠地帯の調査で、仲間の召喚士ミリアが大砂虫サンドワームに飲まれて死んだ。敗因は、食糧や水が尽きてほとんど戦える状態になかったこと。残った私たちは大砂虫サンドワームを倒すことなく敗走したので、遺品の一つすら持ち帰れなかった。

 戦士ガラハドは激怒した。水が尽きたのは、当時のリーダーが補給を甘く見たせいだ。リーダーは責任を認めたが、そのふてぶてしい態度からは、責任を感じているようにはとても見えなかった。

 無論、私も怒った。しかし、ガラハドほどには激しくなれなかった。この差はミリアへの想いの強さの差なのだろうか……などと考えているうちに、怒りを表明する機を逸し、私はガラハドに倣うような形でパーティーを離れた。


 ガラハドからは新しいパーティーを組もうと誘われたが、再び冒険の世界へ足を踏み入れる気にはなれず、私は一文字軍シングルに入隊した。真面目に働いた。どうやら、自ら切り拓いていくより、待ち構えて対処するほうが向いているらしい。ゆっくりとながら順調に昇進し、十年目、三十歳で十字軍テンプルになった。

 この道で正解だ。体の動く限りこの仕事を続けよう――事件が起こったのは、そんな風に思っていた矢先だった。事件と呼ぶのも憚られる。男性の隊長による、女性隊員への強制わいせつ。暇な民間人が食いつきそうなスキャンダル。

 ミリアの時のように、その女性に恋をしていたわけではなく、人が死んだわけでもない。だからと言って私が怒りを抑える理由にはならない。

 確かに怒っていた。殺してやりたいと思うほど、隊長を憎悪した。だが、どうも私は、怒りを表現することが徹頭徹尾苦手なようだ。腹の内が明かせない。激怒しているつもりでも、傍目にはただ黙っているようにしか見えないらしい。

 上に立つ者の不祥事に限らず、集団の中で生きるなら、他人と衝突することは必ずある。怒りを伝えられないのはひどく不便だ。つまり私は、集団行動に向いていない。怒りを感じないならまだしも、内心では確かに怒っているのだから。灼けるほどに。


 十字軍テンプルを去り、故郷のスノーホルムで酒場を開いた。若い頃から料理の腕には自信があった。自力で仕留めた白眉猪ダンブルボアの煮込みが評判になり、経営はすぐ軌道に乗った。

 村の古老たちから、何度か縁談を持ちかけられた。だが、似顔絵も見ずにすべて断った。二人でも「集団」だ。私には向いていない。私は一人がいい。客は他人だから、気楽に話せる。

 七大魔山セブンサミッツが出現した時、私は四十歳になっていた。店にガラハドがやって来た時は本当に驚いた。

「もう一度、誰も見たことのない景色を見に行こう」

 心は動いた。食材調達のために狩りをしていたから、体も訛ってはいないと思った。しかし、結局断った。

 彼も独身だった。あれから二十年も経ったのに、私と彼は未だにミリアを取り合っているような気がする。

 ガラハドは――慎重すぎるベテラン・・・・冒険者として、後ろ指をさされながらも、着実に七大魔山セブンサミッツを攻略していった。私は気ままに店を続けた。


 ミリアが亡くなって一年後、昼間に墓参りに訪れた時、すでに供えられている蘭の花と、ちょうど去っていくガラハドの後ろ姿を見た。

 誘い合わせなかった。お互い、一人で行きたかったのだ。

 それから毎年、鉢合わせにならないように、墓参りには日が暮れかけてから行くようになった。


 ミリア。私ももう五十六だ。自分をまだ老人とは言いたくないが、まぁ、髪は白くなってきたな。

 今年から一文字軍シングルに入ったよ。村を守るために必要な手続きだから仕方ない。世の中は変化していく。物分かりがいいのは私の数少ない取り柄だからね。


「コンラート」

 懐かしい声が私の名を呼んだ。

 腰を上げ、振り返る。

 ガラハド。

 何故、今ここに? 私が来た時点で花は供えてあった。

「十六年振りだな」

 待っていたのか。私が来るまで。

「お前を誘うのは、これで三度目になる。俺と一緒に来てくれ」

 一緒にって、「冒険」か? なにを言い出すんだ、急に。

「冒険じゃない。七大魔山セブンサミッツは造り物だとわかった。今度は、世界の危機だ。四年後に星が落ちてくる」

 ……星……? なんの話だ?

両利きクロスハンドのコンラート。元十字軍テンプルナイト。お前の力が必要なんだ」

 ちょっと待ってくれ。こちとらもう、ただの酒場の親父だぜ。

「俺は諦めが悪い。そしてお前は、物分かりがいい。昔からそうだったよな?」

 ……。

「頼む。もう一度仲間になってくれ。若い奴らが必死になってんだ。会えばきっとお前も、手を貸してやりたいと思うだろう」


 (了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者だった 森山智仁 @moriyama-tomohito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ