第4話 正しいこと

 涙はすぐに止まってた。思い返せばうまく行かないことばかりで泣いていた今までの私。母はどっかにいった。大好きで信頼を置いていた肝っ玉母さんの様な担任の先生は、他の教師は残るにも関わらず中学二年になる前に遠くの町に転勤していった。怖くて厳しい父と向き合えば自分の不甲斐なさに心が痛くなり、マメだが口うるさい祖母は時には強い味方になり、時には鬼のように冷たい眼差しで私と出て行った母を比べた。辛かったが平気だった。平気なふりをしていたし、どこか諦めていた。だから泣くことをやめた。面倒になったから。でもその中で小林だけが見方で居てくれたように思っていた。本物の見方であり、やっぱり思い返せば好きだった。でも違ったんだ。やっぱり違ったんだ。


 山手線の電車に乗り込んで一時間ほど経っていた。行く先は特にない。今日はバイトはないし父には友達と遊んでくるから遅くなると伝えてある。好きだった、でも違った。でもやっぱり好きだった。小林は?私のこと、好きじゃなかったのか?いやでも好きだったろう、あれは。頭の中が「でも」と「やっぱり」で溢れておかしくなりそうだ。でも涙は自然に引いた。自分でも驚くくらいにスッと。どこかで気づいていたんだ。見ないふりをしていただけで、私と小林には壁があった。無視していた間にその壁は大きく高くなっていて、いつの間にか超えられなくなっていたんだ。

スマホが震えた。びっくりして変に体が仰け反った。不審がられていないか周りを確認しながらスマホに目をやると小林からの着信だった。その後も震え続けて、しばらくしたら収まって、留守電が入っていたから今にも飛び出しそうな心臓を落ち着かせて聞いてみた。

「歩美、ごめん。あんなとこ見せちゃって。誤解とか、そういういい訳

は、ない。ないんだ・・けど。」

やっぱり聞き覚えのある渇いた声だった。

「俺なりに歩美を大事にしてきたつもりだったんだけど。だんだんわかんなくなってきちゃって。俺も、どうしたいかどうしていきたいか、分かってないんだけど。」

なんだか申し訳なくなってきた。この人がくれた愛情は私が一番わかっていた。それに私はお返しできていたっけ?小林が私を大切にしてくれたように、私も小林を大切に出来ていたっけ?甘えていたばかりだった気がする。そして壁に気づいていたけど、どこかで諦めていたんじゃないかとも思った。小林もきっと何処かへ行ってしまう、と。小林は一生懸命私との関係を繋ぎ止めていたのに。

「あの人は、同じ職場の人で・・。ごめん。」

留守電はそれでも続いていて、聞こえるのは小林の泣きそうな呼吸音だけだった。

 何時間乗っていたのか、何周していたのか、よく分からないけど渋谷に降りた。渋谷に降りて小林の影響で好きになった音楽を聞きに、バンドの音を求めてお気に入りの小さいライブハウスに向かった。時刻は21時。ライブハウスは何もやっていないだろうか、それとも何処かのバンドの演奏が終わった頃だろうか。ライブハウスに向かってる途中で小林に電話をかけてみたが出なかったから私も留守電を残すことにした。

「怒ってないよ。本当だよ。むしろごめんなさい。色々目を背けていた気がする。」

返事のない電話に向かって嗚咽混じりに話した。

「大好きだよ。ちゃんとわかっていたよ。ごめんなさい。私が悪いと思うの。ごめんなさい。」

どうすればいいのか、頭の中でゆっくり計画を立てる。けど珍しく流れてくる涙の熱さに言おうとした言葉も流れていってしまう。ただごめんなさいごめんなさい、と。

「へへ、ごめんなさい、お誕生日おめでとう。幸せになってほしい。」

言いたいことも言いたくないこともごちゃごちゃになっていた。

 

 ライブハウスではインディースのバンド達が演奏し終わっていて最後のバンドを見つめていた。呼吸音が響いて緊張が高まった小さな箱に少し高めの声が響く。

 

「夏のせい、夏のせいにすればいい。」


力なくその場にあったベンチに座り、ただ延々と泣いていた。確実に手元にあった幸せが溶け出す感覚を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勿忘草(ワスレナグサ) ぜろ子 @zero_000s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ