それから幾年か経ち…母が言うには30年ほど前、いつもは繁忙期である梅雨の時期に、珍しく仕事休みを取ることができ、久しぶりにタローの墓参りをすることにし、同じく仕事に就いていた妹も誘っていくことにしました。

 しかし、その日は生憎の大雨で、妹の仕事が長引いた関係で、墓参りが夕方の遅い時間になってしまいました。

 最寄駅からタクシーに乗り、小高い丘の上にある霊園についた時は、既に陽はほとんど暮れていました。

 2人は傘を差しながら、久しぶりにタローのもとに帰りました。

 霊園が管理していて、タローのお墓には雑草とかホコリとか目立った汚れはありませんでしたが、それでも周りの墓と比べると花も供え物もなく、寂しそうでした。

 2人は墓石を丁寧に拭き、お花を供え、お線香に火をつけて、長いことお墓に行けなかったことを謝りました。

 久し振りのタローとの“再会”。もう少しいたかったのですが、雨が激しくなり、周囲も暗くなってきたので、母と妹は帰ることにしたそうです。


 「もう帰るのかって、寂しがってるだろうなぁ」


 そう母が呟いて、振り返った時でした。


 タローのお墓が、ぼんやりと光り輝いていたそうです。

 まるで後光が差したように、仄かな黄色い光が墓石を包み込んでいて、まるでバリアでも張っているように、雨がタローの墓石を避けていたというのです。

 その証拠に、周囲の墓石はずぶ濡れなのに、タローの墓石には水が一滴もついていないし、さっき供えたばかりのお線香が、消えることなく一筋の煙を、ゆっくりと天に向けていたそうです。


 母と妹は一瞬、ぎょっとしました。

 でも、段々と優しい気持ちになり、母は、こう言ったそうです。


 「タローがあそこにいる。タロー、待ってくれてたんだ。こんな雨の中で私たちを…」


 2人はゆっくりと手を合わせて、光り輝く墓を後にしました。



 さて、霊園を出た2人は、その余韻から覚めて、現実的なことに気づきました。

 帰る方法がないのです。

 この時代は携帯電話なんてないですし、普及もしていませんでしたから、タクシーを呼ぶことができません。霊園の施設は閉まってますし、ここから最寄駅まで車で20分ほど。しかも丘を下って、ふもとの国道に合流するまで街灯は1つもありません。

 陽も完全に暮れています。

 2人は土砂降りの中、暗い夜道を歩いて下る覚悟をしました。


 その時です。


 突然、目の前が明るくなり、2人の前に1台の車が止まり、中から男の人が降りてきました。

 実は、この霊園の管理人で、これから自宅に戻るところだったと言うのです。

 2人は管理人の車で、最寄駅まで送ってもらうことにしました。


 その道中、管理人はこんなことを言ったそうです。


 「お2人さん、本当に奇遇だったねぇ。俺、いつもは2人がいた方とは反対側の道路を通って帰るんだけど、今日はどうしてだか、管理人室に財布忘れちゃってねぇ、車で来たら2人がいたんだ。

  それに、この辺りはぬかるんだ場所とか、急な斜面とかがあって、歩いて帰るのは危険な道なんだ。ホント、ラッキーだったねぇ」


 その言葉を聞いて、母は思ったそうです。


 無事に帰れるよう、タローが私たちを守ってくれてたんだ。

 子供の頃、夜、トイレについてきてくれた、あの時のように…。



 最初に私が聞いた時は、にわかに信じられない話でした。

 しかし、妹さんも全く同じ話をしていて、子供ながらに…いえ、今でもこの話を、どうしても作り話とは思えないのです。


 そんな母も実家から遠い県に嫁ぎ、タローのいる霊園に墓参りに行くことは無くなりました。

 でも、母は今でもタローの思い出を、よく話してくれますし、お墓の維持費も毎年支払っているそうです。


 今でも遠くから、タローが守ってくれている。そう信じて……。



 長い御話、お付き合い、ありがとうございました。

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戌―イヌ 卯月響介 @JUNA

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