戌―イヌ

卯月響介

 これは、私の母親が体験した不思議な話です。母は幽霊とかUFOとかといったオカルトの類を微塵も信じていない人で、年末の特番にCGやらオモチャやら茶々を入れる程。

 そんな母でも、嘘でも冗談でもない、と真剣に語った御話。少々、お付き合い願います――。


 母は幼いころから動物が大好きで、小学生の頃からいろんな動物を飼っていました。迷い込んできた野良を世話して飼ったこともあったそうです。

 ある日、母の家に一匹の野良犬が迷い込んで来たそうです。たいそうお腹が空いていたらしく家の残飯をやると、一気に平らげ母に懐いてしまいました。

 動物好きの母は、その犬にタローと名付け、同じころに迷い込んできた野良猫と一緒に可愛がりました。

 学校から帰ると、タローを散歩に連れて行き、ご飯から何からお世話を全部、自分でしました。ヤンチャが過ぎて、母を傷だらけになるまで引きずっても、母は手を上げることはしなかったそうです。


 そんなタローなんですが、今まで飼ったり懐いた犬と違って、とても不思議な行動を取る犬だったそうです。

 散歩に出かけると、誰もいない電信柱や車に吠えることは珍しくもなく、幽霊が出ると町内で噂になっている道は、例え近道だったり、日が暮れても、頑なに通ることを拒んだそうです。

 家にいるときでも、母が夜トイレに行こうとすると、どこからともなくタローが出てきて、トイレまで一緒に行き、部屋に戻るとまた、部屋の外に消えていくという事も毎晩の事だったそうです。

 両親や妹も、タローには「何かが見えているんだね」と、別に気にもせず、優しく温かくタローを可愛がっていました。


 しかし、タローとの別れは突然に訪れました。

 曇天の雲が広がる梅雨の日、タローは散歩道の田んぼで、道の脇に置かれていた毒団子を謝って食べてしまったんです。

 母が子供の頃は、高度経済成長も終わりに近いころでしたが、野良犬がまだ、たくさんいた時代。毒団子が仕掛けられている方が、むしろ普通だったそうです。


 苦しみだして道に倒れ込んだタロー。母は泣きじゃくりながら毒団子を吐き出そうと頑張りましたが何もできず、偶然通りかかった農家の軽トラックを身を挺して止めて、動物病院まで運んでもらいました。

 しかし、獣医さんの元に来たときには既に遅すぎました。毒が全身にまわっていて、タローはそれからしばらくして、この世を去ってしまいました。

 悲しんだ母は両親に、タローをしっかりとしたお墓に供養したいと頼み込みました。両親もタローを可愛がっていて、突然の死に心を痛めていましたので、そのお願いは、すぐに実行に移りました。

 隣県のペット霊園にタローを埋葬し、毎年、梅雨の時期になると家族そろってタローのお墓に手を合わせに行っていました。

 ですが、子供だった母も大きくなり、学校や仕事が忙しくなると、次第にタローのお墓に行く回数も減ってきました。家族も同じく、歳を取ったり用事が重なったりと、揃って墓参りをすることもなくなったそうです。




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