第5話 暴走する列車の中で④

 連結部を覆っていた金属の壁は無くなって、連結部がむき出しになっていた。

 外にいた巨大な怪鳥達が連結部に出てきたソルトとイクシを狙って急降下して来たが、慌てずにソルトは持ってきた銃を構える。

 狙いは両目。

 動体視力の高い奇形種に銃を当てるのは本来なら用意ではないが、あちらから真っ直ぐ向かって来ている場合は別だ。ゆっくりと目を閉じて意識を集中させる。

 気の流れが手に取るように分かった。怪鳥の動き、速度、どうやって行動しようとしているのか。

 水の中、水面に波紋を立てずに手をつける。そんな静けさをイメージしながら、目を開きつつ引き金にかけた指をひく。乾いた発砲音とともに破裂する怪鳥の 右目、続けざまに左目にも銃弾を叩きこみ、次の標的に銃を向けてそれを繰り返す。


「本当におぼっちゃまだとは思えない銃さばきだな」


 間をおかずソルトは即答した。


「父の知り合いに教わったんです」


「そいつも銃が得意だったのか」


 引き金を引く動きが少しだけ止まった。目を細めて小さく口を開く。


「その人自身は銃よりも剣の方が得意ですね」


「剣、奇形種相手に剣とは豪気だな。坊主は利口そうだもんな」


 ソルトは銃に弾を補填しながら言い淀む。


「それも無いとはいいませんが、単に好きじゃないんです。切った感覚が直に伝わってきますので」


 紅いべレッタの温度の無い感触を確かめるように握って言葉を続ける。


「言い方は悪いですが、銃はただ撃つだけです。そこには命を奪っているという実感がないでしょう」


 銃を構えて、怪鳥の頭に狙いを合わせる。短調に、機械的に発砲を続ける。


「ゲームの敵を倒すように無感情で撃ち続けられる。だから選んだんです」


 てっきり怪訝な顔をされると思ったが、意に反してイクシは声を立てて笑った。

 鈍い音がして、連結部と連結部の間が開く。連結部を切り離すのに数分もかかっていない。道具は使わず、力だけで引きちぎったらしく、離れて行く連結部の 先は異物な形にひしゃげていた。引っ張る車体を無くした先頭車両が速度を上げてつっぱしっていくのを見ながら、イクシはきょとんとする青年の頭をわしわし と撫でた。


「うちのジャックとは正反対だな。そういうことをきっぱり言いきっちまうやつは嫌いじゃない」


 狙撃が一段落ついたソルトを車両の中に引っ張り込む。


「このまま速度が落ちてくれれば問題はないんだがな……危ないから中にいろ」


 まだかなりのスピードだ。橋に差し掛かるまでに速度が落ち切るかどうかは分からない。


「そういえば後ろはどうした?」


 上位奇形種が入り込んだと言う後ろの車両を気にしながら、イクシは呟いた。


「連れに任せてあります。少なくとも僕よりは腕が立つので問題はないと思います」


「そうか……剣を使うってのはそいつか。そいつも欲しいな」


 にやりと浮かべた笑みとイクシの言葉にソルトはぴくりと眉を動かした。


(そいつ『も』?)


「言ったろ坊主みたいなのは嫌いじゃないと」


 嫌な予感は気のせいではないらしい。


「いくら何でも敵の位置を細かく把握しすぎだ。間違いなく坊主は能力者だな。それも無登録の」


「つまりこういうことですか」


 ため息混じりに呟き、イクシを睨む。


「能力者として政府に突き出されるのが嫌なら、【紅の空】に来いと」


「どう捉えるかはお前の自由だ」


 自由、確かに自由だ。拒んで政府に薬漬けにされ、政府に尽くすか、逃亡して殺されるか、誘いにのって【紅の空】へ行くか。

 どちらにしろ命の保障は無い。


(それは今の状況でも同じ事か。死ぬときは人は死ぬ。それもあっけなく……漫画や物語のように死神が死を告げに来ることはない。死はいつも突然だ。どれも選んでも結局は)


 それでも、と胸がざわつく。


「僕は医者になりたいんです

 それは青年の静かな呟き。ソルトは握った銃に目を落とす。


「幼い頃に大切な人を亡くしました。その人は自分の意思に反することは何があってもしない人だった。誰が何と言っても自分の意思を貫き通す人だった」


 太陽のような笑顔で笑う一人の男が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 すっと銃を持つ手を持ち上げ、構える。


「今の能力者の扱いでは、医者になっても診てあげられる人ってどのくらいいるんでしょうね。きっと、自由に患者を診てあげることは出来ない」


「俺が撃てるのか」


 イクシは笑ってはいなかった。完全に敵を見る目に切り替わっている。


「僕は――」


 銃の引き金を引いた。

 イクシの後ろで、怪鳥の甲高い泣き声が上がる。イクシは慌てて後ろを見た。速度が落ちたことでさっきよりも数が集まってきている。それも唯一の列車車内 への入り口である二人のいる場所に。


(きっとあの人なら――)


「その夢を諦めなくて済むなら、どこにだって行きますよ」


(拘りはしない、叶える為ならば)


 爽やかな笑みでソルトは笑った。


 拒否だと思っていたイクシは表情を一旦凝固させ、そして吹き出した。それは安堵のだった。協力してくれた相手を政府に突き出すのはイクシにも躊躇いがある。だが、仲間になるというのなら何でも無い問題だ。


 イクシが肩の力を抜いた一瞬の隙をついてソルトの銃弾をすり抜けた怪鳥が飛び込んでくる。流石に数が増えてくると全ては撃ち落とせない。

 おもむろにイクシは片手を上げた。頭を食いちぎろうとして突っ込んできた怪鳥の嘴を右の掌でがっしり掴み止める。みしっときしむ音ともに嘴に亀裂が入っ た。


「そうかそれは良かった」


 穏やかに笑みを返すのと黄色い破片がオレンジの液体をまき散らしたのは同時だった。素手で列車に穴をあけるほど強固な怪鳥の嘴を砕いたのだ。続けて手を 離すと怪鳥の頭部に一撃いれる。視線は一切敵へはくれていない。

 怪鳥の頭がはじけとぶように霧散した。


 固まったのはソルトだけではない。壊れた扉から中に入ろうとしていた怪鳥が一斉に羽ばたき以外の動きを止めている。

 ソルトは軽く身震いした。

 意識してみれば直ぐに分かることだ。イクシの持つ気は、本来人間の数十倍のエネルギーを持つ奇形種の気を軽く凌駕している。最初からソルトの威嚇射撃など必要なかった。第七部隊隊長の実力が一般人の太刀打ちできないレベルであるということを忘れていたのは、この男が余りにお気楽すぎたからに他ならない。

 怪鳥達の意識が攻撃から撤退へと移り変わっていくのが分かった。

 動物は自分より強いものを襲いはしない。奇形種も下級のものほどそういった傾向を持つ。知能の高さに邪魔されることが無い故の利口さ。

 素手の一撃で奇形種の頭部を破裂出来る人間を見たのは怪鳥たちも初めてに違いない。

 イクシの様子を伺うように遠くからじっとこちらを見ている。


「相変わらず、化け物並みですね」


「俺が化け物なら、【空】は化け物の巣窟だ」


 にやりと笑いながらイクシはソルトに銀色の時計を放り投げた。


「そして、お前もその化け物の仲間入りだ。副隊長のポストはそんなに楽なもんじゃないぞ」


「え……?」


 飛んできた銀時計をギリギリのところで受け止める。自分でも間抜けだろうと思う声が口から漏れ出してしまうのは止められなかった。今とんでもない単語がイクシの口から飛び出したような気がする。頭の中で 反芻して本当にその意味で正しいのかどうか検証する。

 副隊長といった気がした。まさかそんなことがある筈はないだろう。一度や二度合っただけの得たいの知れない人間を副隊長に。


「あははははははは」


 気が付くと腹を抱え込んで床を叩きながら爆笑していた。


「じょ……冗談が過ぎますよ……あはははは」


 涙が出るほどに込み上げてくる笑い。


「そんな風にも笑えるんだな」


 イクシの顔が昔死んだ大切な人と重なる。顔は決して似てはいないが、その男も今のソルトを見たらそういっただろう。


「イクシさんが笑わせたんですよ」


 目じりにたまった涙を拭ってまた笑い続ける。人前でこんな風に笑って見せたのはいつ以来だろうと考えながら。

 けれど……身をよじって笑いながらソルトの手の拳は胸の前で硬く握りしめられていた。その行為は罪なのだと言わんばかりに……硬く心の奥の扉とともに握り締めた。

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死に逝く空の彼方に1~腐食の霧と天空奏者~ シエル・カプリス @capricious

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