第2話 それは天啓

 私立暮古里学園、それが俺の通う高校だ。

 プロテスタントが母体となっているキリスト教系の高校でその歴史は妙に古く校舎は古びて汚れているが、とお―くからみるとそれが重厚感ある歴史的建造物のように見えなくもなくもない……のか。

学園の作りとしてはコの字型に建物が配置されていてコの字の縦棒の後ろにトラックのついた校庭がある。

そしてコの内側には文字通りの中庭があってそこには十字に通りが敷かれている。

残りの部分には花や芝生何やらが植えられていてカーブを描くあぜ道がその中を通っていた。


中庭から校舎の方を向いた右側、コの字で言う所の下横棒に当たる部分にはチャペル(教会のようなもの)と談話室兼図書館書庫(旧図書館棟)の建物がある。

この二つの建物は学園創設前からのもので古びている校舎の中で一番ボロになっていて、その怪しげな雰囲気とこれ地震がきたら(いやこなくても)壊れそうで怖いといった理由から近づく者はめったに居ない。

それは教師連中も同じようで月に一回のお祈りの時間を校舎から少し離れた所にある体育館でやる始末だ。

噂話によると本当は壊して新築しようとしたらしいが、どうやら著名な人が特殊な方式で作った物らしく、その筋の専門家から歴史的価値があるという申し入れが学園と市にあったらしくお流れになったようだ。


ならば耐震工事やら修繕工事をやって修復すればとも思うのだが、そこはお金の面で厳しく、市や県に補助金の申請をしているのだがいまいち上手くいってないらしい。

そんなこんなでこの二つの建物は“原則”として使用禁止になっている。

なぜ“原則”禁止といえばこの二つの建物は法律上や耐年数的にはグレーゾーンで大丈夫になっているため、一部の部活の部室やその活動で使っているからだと、何処かで聞いた。

また旧図書館は実質的に物置になっているので体育祭や文化祭の準備で入ることもあるそうだ。


ともかくこのチャペルと旧図書館棟には普段なら誰も近づかないのだが、俺は少し早めに登校してチャペルへ向かっていた。

これは別に俺が熱心なキリスト教徒で勿論あるわけでもなく、昨日のパウラとの出会いでちょっとナイーブに……なんて云えばいいんだろう。

キリスト教系という学校に通っていて天使に会ってことが運命というか共通点というか。

頭の中ではパウラは聖書に出てくる天使じゃなくて、しかも聖書は創作物だということも分かっていて……。

無理矢理言語化するのなら、人が人の上位に存在する存在つまり天(神)を意識して創った創作物を見て、少しでもこの今自分が経験している上位存在とのあり方を見つめ直したいから、といったところだろうか。

これもしっくりはこないが八割ほどは気持ちを表せているのだろう。


チャペルの前につくと一人の男と二人の女が野ざらしにされた丸テーブルを囲んでなにやら談笑していた。

男の方はやせ形でキザっぽい髪型をした自信あふれるいけ好かない感じの高身長(奴の座高が極端に高くなければ)で女の方は栗色のボブで毛先がくるんと丸くなっている可愛らしい雰囲気の少女が興味津々に聞いていて、もう片方の黒髪で肩のところまでストレートを伸ばした少女は興味なさげに手元の文庫本を覗いていた。

本を開いていない方手で髪をくるくる弄っていて付きあわさされている感を演出しているが、男はその様子に気付いていないのか気付いても無視しているのか両方の女に何かを語っている。


俺はその様子を見て放課後か明日に切り替えていこうか、なんて考えていたが、三人がこちらを視認したのを見て、ここで引き返したら負けたような気がするし、引いたら三人の話の肴にされて「さっきのひと何だったんだろー」「あはは」みたいな会話をされそう(被害妄想)だと勝手に思って、気にしてないですよーアピールをしながらこのままチャペルへと向かうことにした。

三十秒ほどの(俺にとって)気まずい時間がたち、やっと三人組の横を通り過ぎようとしたとき


「居もしない神に祈りを捧げるのか?」


と男が発した。

これは俺に対する当てつけを女たちに話しているのか、とチラッと横目でみると男は俺の方をガン見していた。

これは? 俺に話しかけているんだよな? 俺が答えてもいいんだよな?

なんて混乱しながらも、初対面の奴にいきなり何言ってんだよこいつと頭の中の冷静な部分で悪態を付く。

男の方に体を向けるとネクタイの青色が目に入った。

こいつは三年か、だから二年の俺に高圧的に話しかけてきたのか。

そもそもキリスト教系の学校にきて堂々と神を否定するってどうよ。

俺もキリスト教なんぞ信じちゃいないが礼拝の時に祈ってる奴を馬鹿にしたりなんてしないし、それは大多数がそうだろう。

だから。


「その発言は学園生とは思えませんね。もう少し配慮したら如何です」


「配慮? そんなもん異常者には必要ないだろう。この科学の時代に神なんて信じる愚か者には」


「キリスト教系の学校に来て何いってんすか。女の子の前だからって格好つけるのやめた方がいいですよ」


男は見た目からは想像できないやや低い声で言い放ち、俺は嫌みを乗せて返す。

元来ケンカっ早い訳ではないが、昨日の件も相まって少し変なテンションになっているようだ。

その横で栗色の髪の娘はあわあわと慌てていて、黒髪の娘は持っていた文庫本を閉じると


「兄さん、恥ずかしいから止めて」


凜とした声で男を制止した。

って兄さん!? 男と親友二人組だと思っていたけど、兄弟と信者一人みたいな構図だったのか。

なるほど、それであのテンションだったのね。


「いや、そういう訳にはいかない。これは男にとって重要なことなんだ」


「はぁ……そう、じゃあ、私たちは先に行くね」


黒髪女は粘らずに鞄に荷物を詰めて、栗色女にも促す。

ああ、本気で止めたわけじゃなくてこれは「私は止めました」ポーズってわけか。

 たしかにこいつの説得は面倒で一筋縄ではいなかいだろう。

女たちはそそくさと荷物をまとめて立つ。

「いやー悪いね。これも神からの試練だと思って頑張って」


黒髪の女は俺にそう言うと、栗色の髪をした女の手を引っ張って中庭に向かう。

あ、ネクタイの色、俺と同じで赤だった。

だからどっかで見たような……記憶はないな。

おそらくこの後俺と絡むというイベントもないだろう。


「邪魔者も消えたし、ここに座れよ」


男は俺を丸テーブルに備え付けられた椅子に促す。

ちょっと待ってくれ。元々の白が薄茶色になっている汚い椅子に座れというのか。

てか、さっきの二人女子なのにこんなところに座っていたのか!?

女の子として以前に現代人として疑うぞ。

でも、まぁ女子の残り体温が残っている椅子に座るというのはいい。


どちらもあまりしっかりとは見ていないが美少女に分類される部類だったような気がする。

どちらも俺の前を通って去って行ったときいい香りがしたし、これは絶対に美少女ですね。間違いない。

問題はどちらの椅子に座るということだ。ブラウンかブラックか迷う。

片方はこいつの妹だし、もう片方はこいつを慕っているし……どちらも同じくらい嫌だな。


この思考を約二秒でして、どちらかというと汚れていない、黒髪の女が座っていた場所に腰掛けた。

男はそれを確認し、息を大きく吸う。


「最初に一ついいか? お前は先ほど、キリスト教の学校にきて神の存在を否定するのは道義的におかしい、と言ったな。これについては二つほど反論がある。一つ目に、この学園はキリスト教が、ここではプロテスタントが考える思想を軸とした教育をするところで別にキリスト教を教えるための場所ではない、ということだ。いわば俺はその理念の元に学園に通っている訳だ。これは俺の解釈に基づくものだが矛盾は起こしていない。二つ目に、その理念とキリスト教の間で自家撞着が起きるというものだ。学園が掲げる理念として自由がある。だがそれはキリスト教という束縛の中での自由だ。大きく見れば十戒以降の契約に縛られた仮初めの自由だ。だから俺は学園の理念を以って学園を否定する他ない、というわけだ」


「それは貴方自身が矛盾の中で矛盾を起こしていませんか」


「人は矛盾の中でも生きられる生物だからね。例えば君が絵描きだったとしよう。あるときとんでもない名画を見た。自分の実力では一生描けないものだ。君はそれを見て嫉妬するだろう。しかし、同時に尊敬と好意を持つだろう。好きだけど嫌い。人間は矛盾さを容認出来る生物なんだ」


「ならその寛容さとやらで、理念とキリスト教の間で生きて下さい」


こいつ、妙に長文を話すが、論戦をする上で一歩先を読めていない。

ひょっとしなくても馬鹿なのか。それとも。


「それは不可能だ。俺は詩人だからね。秩序の中には自由はないんだ。例えば、一時限目があって二時限目があって三時限目がある。それのどこに自由があるんだ。二時限目の後に一時限目があって三時限目がある。それが自由だろう」


「それこそ自由ではないと思います。一時限目の後に二時限目があって三時限目がある。それが自由の勝利です。決められたものが決められたように動く事が出来る世界こそが自由です」


「まさか、本気でそれが自由だと思っているのか?」


「はい、貴方がいう自由とはただ乱雑なだけ。そんな世界はすぐにエントロピーが増大して画一的な世界になるでしょうね」


「それは早計だ。人の思想は高い所から低い所に流れるなんて決まっていない。高いところにある物はさらに高い所へ流れる事も出来るんだ。そうして違う思想同士が隣り合うことが出来る。それが俺の思う詩的で自由な世界だ」


「それって、左翼的……いえ昔の無政府主義者のような事を言いますね。そんな思想何十年前に滅んだと思っているんですか」


「無政府主義者的……そのような無政府主義という概念すら自由ではない。現代はそんな者ものをこえてさらに自由に」


「もういいです。話が通じないことは分かりました」


そろそろいい時間で尚且つ平行線をたどりそうなので切り上げようとしたが男の言葉は止まらない。


「今、まさに“神さえ滅ぼせる力”を人類が手に入れたというんだ。だから神を殺して人類は真に自由になるべきなんだよ」


頭の中が真っ白になった。

……今、奴は“神を殺せる力”と言ったな、まさか、こいつが……。

いやまて、これこそパウラとの時の俺の勘違いのように核か、もしくは人類がある程度自然をコントロール出来る事を比喩を交えて大げさに言っている可能性も否定できん。

どっちだ。冷静に考えろ。


俺が黙って考えていると男は。


「お前信じていないな、なら今からでも……今からでは時間がないか。放課後、旧図書館棟の二階の2-C室にこい。証拠を見せてやるよ」


「ああ、分かった」


生返事だった。



放課後になった。

あれから授業そっちのけであらゆる可能性を模索していたが答えは出なかった。

念のためにブレザーの内側のポケットにパウラから受け取った光線銃を備えて、指定された場所に向かう。


ぎしぎしと階段が軋み、それと同調するかのように俺の緊張感が高まっていく。

2-C室に着くと鍵は開いており、ガラガラとやや重い扉を開けると、中には黒い仮面を被り、全身を黒いスーツで覆った奴が立っていた。

あまりの衝撃に何も言えずに動けないでいると、そいつは俺を一瞥すると仮面の耳の部分の機構を弄くる。

すると先ほどまで怪しげな仮面が立っていた場所に、朝の男が立っていて、手にはその仮面本体が握られていた。


「俺は反神聖委員会のナンバー4だ」


奴はその低い声で宣言するかのように声をあげた。

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天使から異世界転生する人選を命じられた話 エルマ @talvi

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