天使から異世界転生する人選を命じられた話
エルマ
第1話 ありふれた日常
「異世界転生させる人を選んで下さい」
日曜日の昼下がり、インターホンが鳴ってネットで注文したモノが届いたのかな、なんて思いながら玄関の扉を開けると、銀色の髪をした妖精のような女が立っていた。
身なりは修道服のような宗教チックなもので怪しげなシンボルが所々に縫われている。
なんなんだ? この女は。
俺があっけにとられていると女は
「では、お邪魔しますね」
俺の横をすり抜け何の躊躇もなく敷居を跨ぐ。
軽やかな足取りと共にふわりと銀髪が揺れ、なんだかよく分からないいい香りが鼻孔をくすぐった。
思考が止まりこれを容認しかけるが、常識的に考えてこんな変な女を家に入れる訳にいかないので急いで女の前に手を出して制止する。
「ちょっと待て。何がどういうことで?」
「何がどうって……。あなたは異世界転生する人間を選別する。私はその補助、正確には監督をする。ただそれだけです」
女は不思議そうな顔をしながら微笑んだ。
やめろ、その術は俺に効く。
その悪魔的な所作には魅入ってしまい言われるがまま従ってしまいたくなる何かがあった。
「それだけと言われても。それだけがよく分からないだけど」
「不思議な人ですね。言ったことで説明が終わっていると思うのですけど」
「いや、それがよく分からない……」
これでは何も進展しない。
おそらく押し切られるのを待つだけだ。
落ち着いて現状を整理しよう。
俺はよく分からない女によく分からない事を言われている、乱暴にまとめればこうだ。
こういうときはどうするか。答えは一つしか思い浮かばない。
「っていうかこれ以上居座る気なら警察を呼ぶけど」
警察だ。
そういうと女は大胆不敵に悪い笑みを浮かべて
「警察? ふふっ、いいですよ。それが役立つと思うのなら呼んでみろっ、です」
挑発するかのように演技じみた言い回しをして返す。
俺はちょっと呆れて、大きなため息をついた。
「……遊びをしたいのなら別のところに行った方がいいぞ。俺では付き合いきれない」
「いえ、そうはいきません。あなたが選別人に選ばれたのですから」
「だから、そうじゃなくてだな。まあいい、警察だ、警察」
話がループしてこっちの頭までおかしくなりそうだ。
これはやはり警察にお願いするしかないようだ。
ズボンに入っているケータイを取り出して110に電話をかける。
オペレーターの人に現在の状況を説明するとパトカーで警察官が来てくれることになった。
その様子を女がチラチラと見ながら
「まさか、私が天使だと言うことを疑っているんですか。この神々しい姿を見ても? まったく今の人間は不信心になってしまって、嘆かわしいです。だから世界も……」
なんて呟いていた。
先ほどと違うことを話しているから、まともになっているのか? いや重傷だな。
膠着状態のまま数分経ちパトカーが着いた。
この間、女の魅力になんども堕ちかけたが、それはどうでもいいことだろう。
警察官が来たことが分かった女は俺にまた不敵な笑みを見せて
「おや、やっとポリが来ましたね。ちょうどいいです。見せてあげましょう。天の御技を」
大胆に宣言した。
俺は見ることになるのは現実だ、警察は俺みたいに甘くはない。なんて思いながら警察の人を招き入れると女が
「【ここに異常はありません】。帰ってどうぞ」
「はい、異常なし、パトロール再開します」
おかしなことが起きた。
女が言葉を発した瞬間、警察官の様子が明らかに変化した。
具体的に言い表せられないが確かな違和感だけはあった。
それが何かを言語化しようと四苦八苦していると警察官は無線で「異常ありませんでした」と報告して何処かへ行ってしまった。
おそるおそる女の方を見ると
「これで私が天使だ、って分かりました」
可愛らしい笑顔で俺に問いかける。
しかしこれで女が天使だという証明になった訳ではない。
何らかのトリックを使って……いや、そんな芸当を出来る奴の正体なんて分かるはずもない。
ここは天使だと云うことおとなしく信じるほかはなさそうだ。
「ああ、なんとなく」
俺は絞り出すように言った。
女はそれを見て笑顔になって
「では選別の儀をお願いします」
「すみません、断ります。忙しいので」
相手が天使だろうと何だろうと、関わりたくない。
俺の脳がこの女は胡散臭いとアラートを発している。
「どうしてもですか」
「どうしてもです」
「はぁ、分かりました。こういう手段はとりたくはなかったのですが」
まさか、俺にもあの警察官みたいに洗脳でもするのか!?
そう思い身構えると。
女が手を前に掲げると手の前に一瞬魔方陣が現れる。
そしてそれが消えたと思うと床や壁に似たような魔方陣が現れて、そこから特殊部隊のような武装をした奴らが出てきたかと思うと、俺は床に突っ伏して確保されていた。
説得(物理)ですね。分かります。
「お部屋に運んでちょうだい」
女が命ずると俺は手と足に縄で縛られ、二階にある自室へ乱暴に運ばれていった。
部屋につくと特殊部隊みたいな奴は床に沈んでいって消えていった。
これは……逆らうのが得策ではない相手というのは違いなく、天使であるというのも間違いは無いのだろう。
「あの縄をほどいて貰えませんか」
「あなたが選別人になることを承服して貰えるならいいですよ」
「分かった。その異世界転生する人を選ぶっていうのをやってやるよ」
「ありがとうございます。縄はほどかせて貰いますね」
女が指を鳴らすと、縄は砂状になってサッーと落ちて、どこかへ行ってしまった。
「それで俺はどんなやつを選べばいいんだ」
「それは貴方様がこの世界から救いたい人を選んで下さい」
「……それはどんなやつでもか」
天使の言う救う人の基準が分からないので、ちょいと意地悪な返しをする。
「価値観なんて個人的な主観に過ぎませんよ。天があなたを選んだんですから自由に選んで下さい」
「ああ、善処するよ」
これは表向きはそうだけど、実際にはあるというパターンか?
そんな場の空気は読めないから分からない。
女の方を見てもニコニコ笑っているだけだ。
考えても仕方が無い、選んでから考えればいいことだ。
「では、何か質問ありませんか」
「質問?」
「はい、そうです。いろいろあると思いますから」
確かにそうだ。特に疑問に思うのは。
「まず、何故転生者を選ばなければならない」
「世界が滅びるからです」
「それは何でだ?」
「それはこの世界の住人が神を殺す力をもったからですね」
「殺す力? 核のことか?」
地球を何回も壊せるだけあるらしいし。
「いいえ違います。人類が天の技術を入手してしまった。いえこの場合は堕天使によって授けられたといった方がその後の疑問にも答えられますでしょうか」
「堕天使?」
「ええ、それについては解説はいらないでしょうし。それ以上の事は答えられません」
機密という訳か。
どうやら天使も身内の恥を語りたくはないらしい。
そして流出したという天の技術についても話してはくれないだろう。
ならば。
「とりあえず、分かった。一つ聞いておくが、その選別作業でそいつらと対立もしくはこれに準じる事は起こりえるのか」
「起こりえますね。奴は人類の消滅を願っていますので」
天使はそういうと小声で
「それが自家撞着を起こしているとも分からずに」
と付け足す。
俺はそれはどういう意味だと突っ込みたかったが天使の寂しそうな表情を見ると何も言えなかった。
代わりに別の疑問をぶつける
「じゃあ、そいつらとどう渡り合えばいい。戦闘になったらお前がどうにかしてくれるのか」
「いえ、いつでもそうとはいきませんので。光線銃を渡しておきます。これで地球レベルの技術のものは何でも貫通できるはずです」
「地球レベルってことはそれ以外が駄目ということだろ。そして相手には天の技術が渡っている。これでは根本的な解決にはならないというのは気のせいか?」
どう考えても勝てる、いや最低でも逃げるということすら不可能に感じる。
「一時しのぎにはなりますし。あくまで渡ったのは知識・設計図止まりの話。すぐに実用化されることはないです」
「ちょっと待ってくれ。そんな机上の空論レベルの知識がもたらされただけで世界は滅ぶのか。これは些かおかしな話じゃないか」
「おかしくはありませんよ。この世界は神が作ったものでその安全装置として【住人が神を殺せる力をもてない】という制約が課せられているのです。そしてその制約が破られた時には滅ぶようにプログラムされているんです。つまり知識の断片だとしても入ってしまうと徐々に崩壊していくんです。事実、この宇宙の端から世界は消失していっています」
理屈は通っているのか……? よく分からない。
「……地球にはいつそれが達するんだ?」
「おおよそ一週間といったところでしょう」
「はやいな……」
「ええ」
何万光年もある宇宙がそんなにも早く崩壊する。まったくもって実感が沸かない。
でも天使の声には説得力があって、この地球上で起きた物事の一切合切が無に転ずると思えば空しいような想いがした。
声が響き終わった部屋の中には重苦しい雰囲気が残った。
「話は変わるが転生する異世界はどんな世界なんだ」
「剣と魔法の異世界ですよ。転生っていったらこれじゃないですか」
天使は嬉しそうに答える。
それは彼女なりのこだわりなのだろう
「ああ、そうなのか。それで転生する世界は全員同じなのか?」
「はい、そうです」
「チートは」
「もちろん。あります。テンプレですよ。テンプレ」
これまた天使は嬉しそうに答える。
「異世界転生といったらこれじゃないですか」と万遍の笑みを浮かべて言う。
そんな嬉しそうな彼女に俺は最後に一つだけ素直な気持ちをぶつける。
「……転生するのは自分だけでもいいのか」
「はい、それが答えでしたのなら」
「そうか」
また部屋に重苦しい雰囲気(俺だけ)が流れた。
天使は嬉しそうにチートだのテンプレだの楽しそうにしている。
そんな様子を見て俺は重要な事に気づく。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はリツハだ。炉田リツハ」
「知っています。私は天使、パウラです」
「まぁ、なんだ。よろしくパウラ」
「はい、よろしくお願いします。リツハさん」
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