第16話「フードの友人」
私が国の外れにある街道にたどり着いたとき、あたりは既に夕暮れの穏やかな光に包まれていた。
ミルレシアを立ち、次なる目的地を目指していた私は、馬のあまりの足の遅さに溜息を吐いた。
予定通りであればもう中継地の村についているはずであるのに、この老馬と来たら時々休みを入れてやらねばすぐにその場に立ち往生してしまうのだ。
今も道端の木の下でゆっくり草を食んでいる。
私も木の下に腰かけ、馬車の揺れで痛めた腰を休める。
「…まったく、お前も私ももう歳だな」
この馬の名前はハルという。
雌馬で体つきもしっかりした美しい白馬なのだが、いかんせん年を食っている。
この旅を計画した際、近くに住む馬商から、もとは農耕馬で馬車を引く力はまだあるとのことで譲ってもらった馬なのだ。
ただで譲ってもらった手前、なんにも言えんし、穏やかに老後を過ごしていたこいつにも言えた義理ではない。
「…まあ、お前に無理を言ってもしかたあるまいか。
だが、あまり待ってもいられんぞ。
目的地に着く前にわしが逝ってしまうからな」
私は冗談交じりにハルを撫でながらそうつぶやく。
「しかしな、お前足が遅すぎるぞ。
これでは村につく前に夜になってしまう。
…わしはともかく、お前は夜盗や化け物に出くわしたらすぐに馬刺しにされてしまうぞ」
そういうとハルは小さくいななき、急に前へと進みだした。
「おお、これこれ!
主人を置いていくやつがあるか!」
私も急いで御者の席に乗り込み、手綱をつかんで急にやる気を出した相棒をなだめる。
「急くとまた疲れてしまうぞ。
冗談じゃ冗談」
ハルは小さくいななき、歩みを少し緩めた。
「大丈夫じゃ、このあたりの夜盗なんぞどうにかなるわい」
…
しばらく進むと、夕闇の道の先に一つの明かりを見つけた。
どうやら旅の一団がそこで野宿をしているようだ。
…もし盗賊であれば、道の端に堂々と火を焚いて野宿などするまい。
馬が三頭、どうやら3人で野宿をしているらしい。
「これはいい。
あの者たちに同席を頼んでみるとするか」
ゆっくりと歩みを進める私たちに気が付いたのか、野宿をしていた三人のうちの一人がこちらに手を振ってきた。
「ご老人!
ごろうじーん!
こんな夕暮れにどちらへ行かれるのだ」
若いその男は人懐こそうな顔立ちで私に近よってくるとそうたずねてきた。
「おお、これは何たる幸運か。
私は旅のもの、ここからしばらく行った村に行くつもりだったのですが。
愛馬の足の具合が悪く、時間を食ってしまいました。
このまま行っては夜が更ける。
よろしければ一晩ともに火を囲ってもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですとも。
我らの主も酒の席に人が増えるのは喜ぶでしょう。
ねえ、主様」
「…」
そういって若い男がフードを深くかぶった男に尋ねた。
主と呼ばれたその男はフードをかぶっているせいで年齢や顔つきはうかがえないが、ゆっくりとうなずいた。
「ありがたい」
そういって私は馬車を降り、たき火の席についた。
「失礼」
「…どうも」
三人のうち一人は年若い娘だった。
首まで伸びたまっすぐな黒髪で瞳の色は青く。
容姿端麗で利発そうな顔つきをしており、いかにも貴族の令嬢といった雰囲気を醸し出していた。
「旅の方、この先の村に行かれるとのことでしたが、なにかあの村に御用でも?」
若い男が訪ねてくる。
男は明るい色の長い髪を後ろで結わえており、瞳はたき火の光の下で赤く輝いていた。
背は高くはないが、細身の体にはしっかりと筋肉がついており、服の上からでもそれはうかがえた。
人懐こそうなその様に私は思わず頬を緩ませた。
「ええ、まあ。
私はみてのとおり年寄り。
生涯最後の旅をしている最中でして」
「へえ…それはいいですね」
彼らは皆それぞれにマントを羽織っていたが、うち二人、フードをかぶった男以外はよく見るとその下にはちらりと鎧が覗いていた。
彼らの銀の鎧の上にマントを羽織っているその姿はまさしく旅の騎士といったいでたちだった。
若い男の鎧は銀に赤の装飾、若い娘の鎧は銀に青。
まるで二人は対をなすかのような鎧をつけていたた。
「皆さまはみたところ騎士様のようですが、皆様も旅を?」
「ええ、しかし私どもは旅をしているわけではありません。
われわれは主様の友人をお待ちしていたのですが…どうにも到着が遅くなっているようで、ここで立ち往生していたのです」
「おお、それは難儀でしたな」
「ええ、でもそれももう終わる」
若い女のその一言に私は疑問を覚えた。
「…はて?」
それはどういうことか、と私が聞く前にフードの男が声をあげた。
「いやなに、待ち人はもう現れたのでな」
私はその男の声に覚えがあった、そして考え付いた答えに頭を痛めた。
「…なんということだ」
「ふふん、おどろいたか友よ」
そういって男はフードを取り払い、その白い髭と髪。
そしてきつい眼と青い瞳を私に見せつけた。
「遅かったではないか、お前のその遅刻癖はどうあっても治ることはないのだな」
「ガヴリノール…これはどういうことだ?」
私がそう問いかけると、ガヴリノールは得意げに鼻を鳴らし、腕を組んで私をにらみつけた。
「なあに、ちょっとばかし義理の息子にクーデターを起こされ、王位を奪われただけのこと。
今はこうして少ない部下と野を枕にしておるのよ。
いやあ、奇遇奇遇、奇遇であるなあアーロンよ」
ミルレシア戦記 アシュミー @nekosuki1239
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ミルレシア戦記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます