第3話

 征斗まさとが心配することもあり毎日大学に通いはするのだが、触れてはならない雪像のような扱いには、いい加減うんざりしていた。もともと人と積極的に関わりあうタイプではなかった。なのに今では僕の嫌がる素振りは強がりだろう、一緒にいてあげるよと、周囲が優しさを押し付けてくる。僕の周りには人が絶えなかった。絶えなかったが、どこかよそよそしくうわべだけであることは明らかだった。まるで彼女になった気分だ。彼女は自然と人の輪の中心にいる人だった。


 次回の課題についての説明が終わると、すぐさま講義室を抜けー征人が呼び止める声が聞こえた気がするがー図書館に併設された自習室へと足早に向かった。

 まだ授業のある時間帯だからだろうか、席は空いていた。一番奥の列の席を選んで、腰を下ろす。ブースで区切られたこの場所で、ようやく息をつくことができた。

 一応ルーズリーフや教科書やらを出すのだが何をするわけでもなく、うつぶせになって、ただただ机の木目をなぞる。変な黒光りの線にぶつかり、見てみると、落書きがしてあった。なんだか彼女がよく描いたネコのマークに似ていた。彼女は僕に宛てたメモ書きなどの端の方にそのネコのマークを添えることが多かった。たかが事務連絡でも文字だけじゃ味気ないでしょ、ちなみにこれは実家のネコがモデルだから、そう言って笑っていた。確かに、そのネコの顔は愛嬌があって、なんだか温かい気持ちになれた。彼女はたまに僕の似顔絵だと言って、デフォルメされた人の顔を描くこともあった。彼女が描く絵は、どれもが愛が込められていて、僕は好きだった。

 しばらくは真似して描いたネコを量産していたのだが、ふと思い出して彼女が僕にしていたように、彼女の似顔絵を描き始めた。

 綺麗な二重が似合うぱっちりとした瞳、口角の上がった唇、すっきりとした顎のライン。眉毛は平行気味で、鼻筋は通ってるが、そこまで高くない。まぁこんなことを言ったらまたむくれるだろうな。最近はあまりしていなかったが、彼女は出会った頃、影をつけて鼻を高く見せる化粧の仕方をしていた。すっぴんを初めて見た時、思ったより鼻高くないよねと言って、丸一日無視されたっけ。巻いてない方が好きだから、髪の毛はストレートに……。

 そんな調子で、三十分程かけて仕上がった彼女の似顔絵をまじまじと見つめてみると、一つの想いに囚われた。


 君だと思った。

 これは紛れもなく君。


 彼女の存在証明が、あの綺麗な四肢だと言うなら、代わりになるものを作ればいい。

 僕はその小さな印に口づけをするように顔をうずめた。どのくらいそうしていたかはわからない。鳴り出した授業終了のチャイムを聞きながら彼女の熱をずっと思い出していた。

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桜は散れど 魄は消えど 楪シゼ @0000_y

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