それから三年後、父であるシュバル侯爵は戦で負った傷がもとで死んだ。

 言うまでもなく、先代は一人息子の俺を後継者に指名していたので、跡目争あとめあらそいの混乱は避けられた。何人かの配下の者たちがこの機に離反を企てるのでは、という憶測もあり、隣国の動向にも注意が向けられたが、結局は何も起こらなかったのだ。

 帝国から皇女をめとる縁談も届き、シュバル侯国の地位を確固たるものとするため、俺は一も二もなく受諾した。

 また、どこからか流布した「新しくシュバル侯国を継いだ息子は先代よりも好戦的でない」という評判から、隣国もシュバル侯国に阿諛あゆする姿勢を見せてきた。実際に戦争を好んではいなかったのだから、俺は彼らの殊勝な態度に報いて、方々に和議の使者を送った。

 ところが問題は、侯国の配下についている軍人たちを養うためには絶え間ない戦争遂行が欠かせないということであった。彼らの収入は、もっぱら戦争に伴う略奪からのみ成り立っていたからである。

 俺は帝国の皇帝に、大規模な外征を提案した。その指揮を執るのは自分であり、帝国の権威に従わない不届きな勢力を屈服させるべく、帝国内の諸侯に呼びかけると。

 だが皇帝から返ってきた答えは、いなだった。これ以上、シュバル侯国の影響力が強まることを、帝国側は恐れていたのだ。

「帝国は奸臣かんしん牛耳ぎゅうじられ、その退廃は極まっております。我々シュバル侯国の手でちゅうするべき時です」

 侯国配下の軍人からは、そんな声が上がってきた。俺はその進言に、慎重に異を唱えた。

「馬鹿な。勝てると思うか」

「もはや皇帝に求心力はありません。ひとたび戦になれば、諸侯も我々に付きます」

 そう答えた臣下は、先代とともに乱世を戦い抜いてきた老練の武将であった。彼のような軍人にとって、悠久ゆうきゅうの過去から時の洗礼を耐えた帝国を自分たちの手で打ち砕くことは、何より捨てがたい野望であるようだ。

 このとき俺はすでに、戦に巻き込まれる民の苦痛など、かえりみることをしなくなっていた。先代から受けた教育の賜物たまものというべきか。

 侯国を守るため、配下の者たちを鎮めるため、俺は帝国に対する戦争を決意した。

 いったん戦争を決めると、面従腹背めんじゅうふくはいに過ぎなかった帝国内の諸侯は、次々とシュバル侯国の陣営に鞍替えしていった。

 今度ばかりは会戦になることは避けられなかったが、彼我の戦力差は火を見るより明らかであり、シュバル侯国の勝利は約束されたも同然であった。

 シュバル城に集結した友軍とともに出発する直前、俺は帝国の皇女である夫人に告げた。

「帝国は滅びる。逃げたければ、俺が帰還する前に逃げるんだ。帝国の遺裔いえいとして死ぬか、シュバルの后として死ぬか選べ」

 出陣を合図する鐘の音が響くなか、彼女は憎々しげに俺を睨んだが、ついに城から出ることはなかった。


 自軍が帝国領内を流れる川を渡河とかする際、帝国側の有する僅かな部隊が奇襲を仕掛けてきた。だが、この絶好の好機をもってしても、帝国はシュバルの大軍を打ち破ることはできなかった。

 それ以後、シュバル侯国の進軍を阻む障害はなく、帝都の包囲は半年に及んだものの、あっけなく陥落した。

 千年ものあいだ繁栄を続けた帝都は、シュバル侯国軍の暴行、殺人、破壊にゆだねられた。皇帝は自刃じじんし、家々や教会、あらゆる建物が焼かれ、数え切れない住民が老若男女を問わず殺された。

 俺はその様子を、打ち壊された城壁の外側から、何の感慨もなく眺めた。

 数日の後、俺はかつて帝都の住民であった奴隷たちを鎖で繋ぎ、軍団とともに引き連れて、シュバル城に凱旋がいせんした。

 城に残っていた臣下たちが、総出で主君を出迎えた。

 城内に入ると、先代も目にしたことがなかったであろうほどの豪勢な宴席の準備が整えられていた。

 広間の中心では、皇女であった后が凛とした立ち姿で待っていた。

 俺がそちらへ歩いていこうとすると、すぐ脇に控えていた従者が、皇帝がいただいていた冠と、その冠を戴いていた皇帝の首とを、俺に手渡した。

 俺は両手にそれぞれを掴み、高く掲げながら、后に歩み寄った。

「新皇帝、万歳!」

 城内のあちこちから、歓声が上がった。

 カツカツと、俺の革靴が音を立てて石床を打って進む。

 后の顔が近づく。物静かで、高貴な顔だ。

 それが一瞬、変わらぬ表情のまま、俺のほうに迫った。

 そして彼女の腕が俺の腰に伸び、鞘に収まっていた剣を引き抜いた。

「父上のかたき

 皇女がそう口にして両手で剣を振りかぶった、次の瞬間、俺の目に移る光景は目まぐるしく回転し出した。二、三回転したあと、強い衝撃を受けて、俺は自分の頭部が石床に打ちつけられて、また跳ね返る感触を感じた。

 偶然にも、跳ね返りながら、取り残された俺の胴体が冠と皇帝の首を持ったまま、後方に倒れていくのを見た。

 沈黙ののち、

「捕らえろお!」

 と臣下たちが叫ぶ声がした。

 続いて非常事態を告げる鐘の音が鳴らされた。

 カンカンカンッ

 それを耳にしながら、俺は自分がこの世界に生まれ落ちた日のことを思い出した。


 この世界は繰り返されるのだろうか?

 だとすれば何度?

 失うばかりなら、新しい世界など与えられないほうがいいのに。

 そんな呪詛じゅそを思い浮かべながらも、心のどこかで、俺は救いのある別の世界のことを空想し、そのまま永遠の暗闇へと落ち込んでいった。

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生まれ変わりの黙示録 天野真佐之 @amama

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