「生まれたぞ、男だ!」

 壮健な若い父親が声を張り上げた。その声は石造りの城塞の中を駆け巡り、あちこちに散らばっていた従者たちに歓喜の叫びで応えさせた。

 産婆は、赤子の俺をかめの水で洗ったあと、父親に手渡した。父親はそのまま部屋を出ると、城のなかを少し歩いて回り、脇で控えていた者たちから、一様に祝いの言葉を受けた。そして城の全体を見渡せる吹き抜けで、父親は俺を高く持ち上げた。一階に集まっていた従者たちが、その姿を見上げながら盛大な拍手を送った。

 父親は、この城を一つと周辺にいくらかの封土を授かっている侯爵であり、しばしば戦役に召集され生命を危険にさらすにも関わらず、跡継ぎとなる子は俺のほかにいなかった。

 そのため、俺にささいな怪我でも負わせようものなら、その者は侯爵に打ち首を命ぜられること必定であり、俺の身の回りを世話する者たちの丁重さは尋常でなかった。

 俺が支えなしで歩けるようになると、すぐに剣術の訓練が始まった。

 五つを数えるころには、乗馬と弓を教え込まれた。

 俺はいずれにも非凡な才能を示し、侯爵や従者たちを安堵させた。力が物をいう乱世であったから、こうした戦闘技術が何よりも期待されていたのだ。

 将来、一国一城の主を継ぐにも関わらず、誰も俺に学問を教えようとしなかったのだから、いかに差し迫った世界に生まれたかが、俺にもはっきりと理解できた。

 俺が生まれた城はシュバル城と呼ばれており、侯爵が持つほかの領土を合わせたシュバル侯国の中心地であった。侯爵はここを拠点に東西へ遠征を繰り返し、周辺の勢力が支配する村落を略奪したり、ときには大規模な包囲戦に参加したりしていた。

 名目上、侯国は帝国の臣下であったが、実質的な権力を持たない皇帝を補佐する、という大義名分のもと、シュバル侯国は帝国内の他侯国や帝国外の国家との戦争に明け暮れていたのである。


 十三歳になり髭が生え始めたとき、侯爵は俺を戦役に同行させた。

 しかし俺が自分の目で見た戦争は、想像していたものとは、まるっきり違っていた。

 シュバル侯国の軍事力は隣国と比べて群を抜いており、侯爵の率いる軍団とまともに戦おうとする者はないので、ひたすら国境に近い村々に侵入して貢物を要求し、差し出せなければ村ごと焼き払うだけであった。防衛どころか、抵抗らしい抵抗にも遭わなかった。

 俺にとって最初の村を略奪し終え、まだ煙の消えない村の横で酒宴をしているとき、侯爵は上機嫌で言った。

「敵の村を燃やした煙の匂い! 捕らえた住民の呻き! 長い髪の戦利品! これが我々の愛する世界だよ」

 侯爵は俺の肩を叩き、立ち上がるようにうながした。侯国の軍人たちが思い思いに楽しんでいるなかを抜けて、侯爵と俺は、ほかの住民とは分けて集められた若い女たちの前に来た。

「好きなのを選ぶんだ」

 侯爵は威厳たっぷりに言った。俺は吟味ぎんみすることなく、最初に目が合った小柄な女を指した。見かけは俺よりも二、三歳上だ。

 そして侯爵と俺と女は、ほかの者を連れずに、五十メートルほど歩いたところにある岩陰まで向かった。

 崖が削れてできた僅かな陰のなかで、女は纏っていた布を剥ぎ取られた。侯爵は無言のまま、視線で俺に命じた。少女は水を吸ったパンのように力なく伏せ、俺は侯爵の見ているまえで、それに悪戦苦闘した。彼女が一度だけ低く呻いたとき、それを聞いた侯爵は満足げに笑い、剣を抜いて少女の首を落とした。

 ゴツゴツした岩肌の上を転がる少女の頭を目で追った俺は、少女の肉体が遺した最期の震えを感じ取って、自分の四肢までが脱力していくのを悟った。

「服を着ろ。帰るぞ。死体はあとで焼かせる」

 侯爵は何事もなかったように、また勇敢な戦士の顔に戻り、息子を急かした。

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