記憶の川と無常の流れ
ヒグラシのけたたましい声が僕の意識を
束の間、現世へと引き戻した
死の国から生の国へと、閉ざされた岩戸と後悔と弱さと
清涼な小川の水面に手をかざす
穏やかに波紋が広がっていく
流れが少しだけ変わっていく
苔むした岩の合間を縫って水脈は続く
どこから来てどこへ行くというのか
朽ちた木の上にはセミの抜け殻が転がっていた
流水の音に紛れさせて
悲しい歌でも歌いたくなる
清流は葉っぱの表面を這う管のように
枝分かれしながらも
枯れ果てて行き止まりになる支流もあるけれども
総体としては連綿と大らかに続いていく
僕が見ているここはその中の一つ
ふと五月晴れのあの日に帰る
あの頃はまだ良かったと
いつの間にかまとわりついた罪と呪いが
暗闇から僕を見咎める赤い双眸と巨躯の気配が
その怪物の正体はきっと僕自身だから誰にも倒せないんだ
今はただ清浄なこの流れの中に身体を浸して
その果て無き動脈と静脈と地球の鼓動を感じながら
胸に抱えこんだ氷塊が溶けていくような
肌で感じる惑いの霧が薄まっていくような
血塗られた両手が洗われていくような
それは過去や未来じゃなく今この瞬間で
流水と虫たちの360度の轟音と繁茂する樹木の青緑で邪は祓われる
それは目を閉じたほうが鮮明な緑の衝撃だった
大地の声は1億年前から変わらないものを静かに諭す
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
時の流れは泥と藁の匂いがした
清涼な小川の水面に手をかざす
穏やかに波紋が広がっていく
流れが少しだけ変わっていく
誰も彼もがかわいそうな病人
誰かにされたことを別の人にやり返している
飛行機雲の白線が消えた
はらりと水面に舞い落ちた木の葉が笹船のように見えた
詩集:嵐の中でひっそりと息を引き取ったものたち @zan-ku
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