変異の魔物④

 しかし、苦戦していても、ノアはどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

 両手にそれぞれ剣を持ち、深く深呼吸をする。

 ここからが本番なのだ。限界が来て、そこからなお戦って勝つ、そうすれば強くなれる。

 ノアは剣を握り、またオーガの群れへと駆けて行く。そのスピードは長剣を手放す前よりも速い。


「待てぇーい!」


 頭上から、突如思わず耳を塞ぎたくなるような大音量の声が響き渡った。あまりに突然の事に、オーガを含めた全員が城壁の上に佇む人影を見る。

 城壁の高さと逆光でよく見えないが、オーガのような身長に、膨れ上がった筋肉は常人とは比べ物にならない。

 この凄まじい肉体を、ノアは知っていた。


「天が! 地が! 決して尽きぬ正義の心が私を呼ぶ! 悪しき赤の目を持つ者よ、これ以上の狼藉はこのジャスティスが許しはしない! 正義の名の下に成敗してくれる!」


 口上が終わると、ジャスティスは懐から一冊の本を取り出し、打って変わって静かに読み始める。

 ノアはそれを最後まで見れなかった。ジャスティスの口上に動きを止めていたオーガがノアに殴りかかってきたからだ。


(台詞言う前に呪文唱えてくれよ!)


 ノアは心の中で文句を言いながら、オーガの拳を避け、腕の腱をズタズタに引き裂く。

 ふと、ノアの目の前にヒラりと桜の花びらが舞う。よく見てみると、それは光の粒だった。


パワーオブテイン絶対的な正義の力


――次の瞬間、桜の花びらの様な光の粒子を纏いながら、城壁の上からジャスティスが降ってきた。


 轟音と共に、オーガの一体が文字通り踏み潰され、オーガの赤黒い血が無残に飛び散った。

 ジャスティスは全身赤色の身体に張り付くような戦闘用スーツを身に纏い、顔もよく分からないサングラスで顔を隠している。

 その格好もさる事ながら、ジャスティスは魔道書が入っていると思わしきサイドポーチ以外に武器の類を一切持っていなかった。


「ジャスティスさんが来たぞ! これで勝てる! 続け!」


 ノアがチラリと周りの商会の戦士達を確認すると、皆自らを奮い立たせ、敵に立ち向かっている。明らかに士気は上がっている。

 戦場に舞い降りた不可解の塊に、ノアは開いた口が塞がらなかった。

 ジャスティスは足元のオーガに一瞥もくれず、近くのオーガを回し蹴りで吹き飛ばした。

 動作の度、魔術と思われる光の花びらが優雅に舞い散るが、本人のゴリゴリの見た目と戦い方に、あまりに似合わない。

 粒子を引き裂いて別のオーガの拳がジャスティスにむけて放たれる。

 それをジャスティスは片手で受け止め、お返しにと拳を振り上げる。


「これが正義の心、ジャスティスパンチ!」


 仰々しく叫びながら、ジャスティスは拳を放つ。まるで風船を割ったかのように、オーガの血が、脳髄が、骨が飛び散る。一瞬で絶命したオーガはそのまま事切れて地面に倒れる。

 オーガの圧倒的な力も、鋼のような肉体も、ジャスティスは圧倒的に凌駕していた。

 ノアの口元が更に緩む。自分の感じていた退屈はなんだったのだろうか。すこし視野を広げれば強い奴は一杯居る。


「ジャスティス、俺も負けないからな!」


 ノアもオーガの中へと飛び込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラルシュレイ相談所 ニワトリ @niwatori317

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ