白樺の森で
猫乃助
白樺の森で
これは私が保育園に上がったばかりの頃の話です。
夏休みに別荘の管理をしていた祖父母の家で過ごして居ました。別荘地の一角にあり、木々に覆われ夏でも少し肌寒いくらいの場所でした。
従妹と遊び、お昼ご飯を食べ終わってお昼寝をしていました。しかし、先に目を覚ましてしまった私は暇で仕方ありません。
台所には祖母が立っており多分おやつか夕食の支度をしていたんだと思います。声を掛けようかなと思っていた所、玄関の方で音がしました。
母の後ろ姿に似ていた為、母が出かけていくのだと思って私もついて行こうと思って玄関に向かいました。でも既に母は玄関を出て、家の前の道を歩いていました。その道は町へ向かう為の歩き慣れた道だったので、急いで靴を履いて走って追いかけました。
「お母さん!まって、一緒に行くから」
そんなような言葉を話しかけた気がします。
どうにか母を呼び留めて一緒に行こうとするのですが、母の歩く速さは変わりません。必死で走って、一定の距離を維持するのが限界でした。どうしても母に追いつく事が出来ないのです。
追いかけることに必死で周囲が見慣れない風景に変わっていた事に気付くのに遅れてしまいました。
本来町までの道は真っすぐなので迷うはずはないのに砂利道から草地に、別荘ばかりだった周囲はいつの間にか白樺の森に変わっていました。
本来走り続けていれば疲れて足を止めてしまうはずなのに、不思議と疲れたという感覚は無く追いつかなければいけないという気持ちでした。
見知らぬ風景で酷く心細かったのです。
この白樺の森では少しだけ母の歩く速度が遅くなりました。あと少しで追いつけそうだという所で目の前には大きな湖がありました。そのまま歩いて行ったらあるのは湖だけです。
それでも母は歩みを止めません。
それが怖くなり私はそれ以上追いかける事が出来ませんでした。母は湖の目前で一度だけ立ち止まりこちらを振り向きました。
長い髪の間から口元だけが見え、何かを言っていたような気がします。そしてその時にやっとソレが母親じゃないとはっきり認識できました。慌てて踵を返して走りました。振り返る余裕もなくひたすら走って走って、どんな道を通ってきたのか思い出せません。ただ怖くて慌てて家に戻ると昼寝をしている従妹の隣に潜り込んで寝直しました。夢だと、あれは夢だと思いたかったんだと思います。
何せ幼少期の記憶ですから今思えば夢だったのかもしれません。ただ、玄関に乱暴に脱ぎ捨てられていた私の靴が、夢じゃなかったと告げている様な気がしてならないのです。
あれは何だったのか、あのまま一緒について行ったらどうなっていたのか――
白樺の森で 猫乃助 @nekonosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます