1.Approach

 入学して10日が経とうとし、ようやく学校生活にも慣れようとしている頃、俺は例のように咲と力丸とで話していた。……胸の話じゃないぞ。学校行事についてだ。あいつらも胸の話以外のときは仲良く話すものだな。

「この学校の学校行事って変なのばっかりだよな。」

 と、力丸が今朝配られた水色の年間行事の冊子をペラペラとめくりながら言った。

「あぁ、あれね。」

「咲は知ってるのか?」

 と俺は訊いた。

「ああ。俺はこの辺りに住んでるからこの学校のことはある程度知ってるよ。特殊なやつを挙げるなら5月のミス坂の下、6月の濡れ雑巾コンテスト、7月の濡れ下着コンテスト、9月の学園祭、10月のノーブラデー、1月の寒稽古、2月の寒中水泳だね。」

「いろいろな行事があるな。生徒会の端くれとして把握しきれていなかった。」

 俺は果たして生徒会議会1年12組代表として務まるのだろうか。行事の把握は他の生徒よりも確実でなければならない。担任の蓼沼が俺をクラス代表に選んだ意図はなんだったのだろうか。

 そうして、考えていると力丸は何かに引っかかった面持ちで咲に訊く。

「9月の学園祭は他の学校もするだろ?」

「無論だ。ただ、ここ学園祭はここの系列校の坂の下学園が運営している学校も引っくるめて合同で行われるからお祭り騒ぎになる。毎年文化祭の比じゃないから、警察沙汰になることもしばしばあるそうだ。日程は3日間で最初2日間は文化祭、最終日は体育祭と後夜祭がある。特に後夜祭は男子禁制でよく分からないが、噂には全裸か上裸で踊るらしい。今年からはどうなるのかな。」

 それを聞くと他の男子は急に噂をしだした。まぁ、この年頃なら仕方ないのかもしれない。男子の猥談はただの娯楽とかではなく、良い子孫を残すための序章の1つだと俺は思う。

 俺も年間行事の冊子に軽く目を通した。どの行事にも最低1ページくらいで特集を組まれているが、寒中水泳だけが見当たらない。

 もう一度、今度は少しじっくりと読んでみる。だが、見当たらない。1行も、いや1文字たりとも寒中水泳に関する記述が載っていなかった。

「どうした?ユーロー。」

 と咲は俺の顔色を気にしている様子で俺に訊く。周り曰く、俺は考え事をしているとき偶にではあるが顰め面をして、それが怖いという。俺は無意識だったが。

「いや、寒中水泳がこの冊子に載ってないから生徒会が書き忘れてるのかな、と思っただけ。」

「あぁ、それはね……後で話す。」

 担任の蓼沼が教室に入ると同時に咲は話を切った。

 後で咲から聞いた話だが、寒中水泳はこれもまた男子禁制の行事で、全校の女子が同時に冬のプールに入るだけの行事だと言う。

 冊子に載ってないのは学校側が事故になり兼ねないし責任は負えないと、猛反対したため裏行事として残っている。

 寒中水泳の実行も先生にはバレないように内密に行うため、生徒側の関係者しか知り得ない情報らしい。

 だが1000人超の生徒が情報を共有するため、教師側に知られてもおかしくないはずだ。恐らくだが、成績優秀者に特に依怙贔屓えこひいきする私立校のシステムを利用し、実行組織は教師側からの抑圧を最低限のものとするために成績優秀者を中心にして組まれ実行すると予想する。

 話がよく分からない方向へ脱線したので修正しよう。そう、学校行事だ。何故そんな話になったかというと、本校舎の女子との合法的かつエンジョイアブルな交流をするには、の話の流れで学校行事が挙がったのであった。

 こういうことが話題に挙がるクラスとは必然的に男子が多いクラス(いわゆる、だんクラ)である。現にそうだが。

 今日はクラスがこの話で持ちきりとなり、入学から日は浅いがクラスにいささか団結力が生まれたような気がした。



 そんな昼休みのことだった。

「女子との接点をスピーディーかつ自然に作るには、どうすりゃ良いのかね?」

 と俺は露骨に怠そうな顔をしつつも、生徒会の仕事を裁きながら言った。

「ユーローは12組の生徒会議会代表だから生徒会繋がりで女子と仲良くできる機会は俺らより断然多いはずなんじゃない?」

 と咲はミートボールを頬張りながら言った。力丸も激しく同意した気色で、

「そうだぞ。そんなことを俺らに聞いて答え見つけるより、待ってりゃそのうちチャンスが来るだろうよ。」

「俺は一応生徒会の端くれではあるが、生徒会室に行ったどころか、本校舎にだって入ったことないんやぞ。現状俺よりも不用意に本校舎付近をウロウロ徘徊してる力丸の方が俺、咲よりリードしてるだろ。」

「ユーロー、今なんと言った。不用意だと?」

「違うんか?力丸。」

「違ーう!」

「じゃあ何だ?何だかんだ言って特に目的とか用事は無いんだろ?」

「だから違うって!目的はずばり、『目の保養』だ!」

「はい、それは、不用意でーす。」

 と俺はうざったい程丁寧につっこんだ。

「君たちよ、高校生活の目標は自然を装い本校舎に入って女と戯れる。それだけで満足か?」

 と咲は弁当を食べ終わり、ティッシュで口許を念入りに拭きながら語り口調で言った。

「……」

「だから、お前らの高校生活3年間、そんな薄っぺらい願望を叶えるために費やして良いのか?」

 咲は手放しで強調して言った、と言うより語りかけた。

「咲、歯に青のりが付いてるぞ。」

 空気読め、力丸!しかし、このタイミングでないと咲の真面目な語りも、それこそ薄っぺらくなってしまう。よって、ナイス、力丸!

 咲は一旦後ろを向き青のりを取ろうとした。そして再び何も無かったかのようにして語り始める。

「もう一度問う。お前らは本当に本校舎の女子と話すことだけが高校生活の終着点なのか?」

 咲の語りっぷりにはクラスの男子全員が注目した。咲は続けて、

「よく考えるんだ。違うはずだ。女を見つけて遊ぶ?んなもん、大人になってからでも良いだろ。高校生活は3年間しかないが、人生にいて大変重要な時期でもある。その大事な時期をいつでもできるようなことに費やしても良いのか?」

 咲が問いを投げかけると、僅かな静寂が教室内を支配した。

「良くないはずだ。高校生活は高校でしかできないことに精を出すべきだと俺は思う。例えば勉強もその内に入るが、それ以上に部活がある。共学化したからには新しく部活を作る価値は充分あるんじゃないか?」

 すると力丸が返して、

「部活とか個人のやる気の問題でしょ。そもそもする気ない奴に部活しろと言ったところでそいつには苦痛の他ないだろ。」

「甘いな。部活を作れば女子との交流だって望める。文化部創れば宣伝で本校舎に行けるし、運動部創ればマネージャーが入ってきたり他の部活との交流だってあり得る。俺だって、女と関わりたいさ。ただ、それを全面に押し出すと、自分を見失うような気がするんだ。」

 咲の語りは俺にとって深く印象に残った。それと同時に今までの自分の愚かさを悔いた。俺はこの学校を女目当てで来た。第一志望の県内1位の公立高を蹴ってまででも。今になったら本当に俺自身が馬鹿馬鹿しい。

「ユーロー、大丈夫?」

 咲は思案顔で俺に訊いた。

「大丈夫だ。少しボーっとしてただけだ。」

 咲は本当に良いことを言ったと思う。だが、それ相応の感動が得られない。

 咲は立ち上がり、全体に言った。

「俺は、この学校に野球部を創る。いつかは甲子園で日本一になりたい。野球部に入りたい奴は気軽に俺に話しかけて来てくれ。」

 咲の歯にはまだ青のりが付いていた。

 これ以降、クラスは本校舎の女子と関わる方法を貪欲に模索することを諦めた。



「部活ね」

 なんて独り言を漏らしながら歩いてきた。俺一人で便所に行ったのは良いが、人通りがやたらと少ない。普段、トイレや廊下には休み時間毎に4、5人のグループが溜まっている。

 そうだ、今日の午後は内科検診で全員着替えているのか。男子ならこの時期にだけ医者になりたいと言い出すアレだ。多くの輩は女子の着替えや、検診の風景に想像という名のバルーンを膨らませる。俺はそうは思わんのだがな。

 中学では不本意にも女子の着替えに多く遭遇したが、高校ではそれは無いだろうと思っていた。

 教室に入る。ここで中の様子を外側から察知せず、いきなりドアを開けるから遭遇するのだ。廊下から様子見をする。男どもの高笑いの声、磨りガラスから見える人影から察するに男子だ。

 案の定、女子の着替えには遭遇しなかった。

 突然、担任の蓼沼が教室に入り、

「今日の内科検診ですが、諸事情により本校舎で行います。急いで移動して下さい。」

 と大声で知らせた。

 僅かな静寂の後の男子の歓声がけたたましい。クラスメイト共々、本校舎に合法的に入れる喜びに胸を弾ませ、地下通路に入る前から上裸で大名行列を為していた。

「おいユーロー、12組代表のお前が本校舎の偵察に行ってこい。」

 突然、力丸が小声で俺に言った。咲はそれに頷く。

「何でだよ。本校舎の地理なら力丸の方が断然詳しいだろ。」

「俺はもうマークされてる。俺だって偵察はしたいが見つかれば有無を言う間も無く生徒指導室行きだ。」

「お前は一体何をしたと言うんだ?」

 と俺が言うと、力丸は少し自慢気に、

「まぁ大したことしてないけどね。可愛い子が多い1の1でほぼ一日中掃除用具入れに全裸待機して、完全犯罪成功だと思ったら6限中にGが出て来て思わず飛び出し、アウト。」

「へぇ〜、あの事件の犯人お前だったのか。」

 咲は胸につかえていたものが消え去ったみたいな様子で言った。

 力丸は続けて、

「夜の10時、校舎には誰もいないことを確認して、全裸で騒いで廊下走ってたらなんと!背後から懐中電灯に照らされ、振り向けば教頭だった。他には……」

「もういい。お前にそんな変態性があることはよく判った。俺が偵察に行く。」

 と俺は呆れた様子で力丸に言った。

 生徒会の備品だが発信機があるので力丸のスマホと通話状態にして、本校舎の構造に詳しい力丸からの指示を仰ぐことにした。

「俺が位置情報を言うから、その都度注意点を教えてくれ。」

 地下通路出口付近で12組男子を全員待機させ、俺は本校舎に初めて足を踏み入れようとしたその時、

「ユーロー、気を付けろ!」

 とあまり声を張らない力丸が珍しく声を張って俺に言った。

「ん?何を?」

 と気づいた時には既に遅く、鳥黐トリモチが俺のスリッパに張り付いて、取れなくなっていた。

「遅かったか。地下通路の出口は鳥黐地帯となってるから気を付けろと言いたかったんだが。」

「ああ、そうだったんか。仕方ない。靴下で行くしかないな。」

「待って。」

 と咲が言うと、スリッパ2足が高速スピンしながら、俺の方に飛んで来た。大きいのが咲ので、小さいのが力丸のだ。

 咲は涼しげな表情で、

「俺の方を下にして力丸のスリッパを入れて、二重に履くんだ。トリモチ地帯は大股2歩で抜けれるはず。俺のは犠牲になっても力丸のスリッパで本校舎は歩ける。気にすんな。ユーローの為なら犠牲なんて惜しくないさ。」

「お前、もしかしてアッチ系?」

ちゃうわ!」

 咲のキレの良いツッコミは地下通路内でよく反響した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園ハーレムは叶わぬ男共の願いにすぎない 太郎田じゅんせー @junsei1229

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ