学園ハーレムは叶わぬ男共の願いにすぎない

太郎田じゅんせー

プロローグ

 突然だが俺の質問に答えてほしい。



「ラノベ主人公についてどう思うか?」



 勿論もちろん、これに正解など存在しない。答えをいて言うなら、貴方がふっと思ったこと、それが答えだ。

 自分の考えを押し付ける趣味はさらさらないが、俺はラノベ主人公についてあまり良く思わない。


 これは全てのラノベ主人公に当てはまるわけではないが大体の場合、ラノベ主人公と言えば、顔や頭脳、運動神経、能力、スキル、テクニック(最後3つ被ってるのは気のせいだ)などは平凡またはそれ以下であることが多い。にも関わらず、女に囲まれ(いわゆるハーレム)、彼女らから好意を寄せられているのに、それにも気づかない贅沢なマヌケ野郎だ。


 そうもしなければ物語が単調なものになるし、面白みが小学校で使う希塩酸並みに薄まる(例えが分かりづらいのはご愛嬌。)し、買う人も減るのは分かっている。そもそも、ラノベ主人公に文句言ったって「はいっ、そこんとこ直しまーす!」ってそうもいくわけがない。ラノベ主人公を作るのは誰であろう、原作者だからだ。


 しかし、そんなラノベ主人公に嫉妬を禁じ得ない理由があった。




「お兄ちゃん、起きて。お兄ちゃん?お兄ちゃん!起きて!今日学校でしょ?遅刻するよ!」


「んぁ?……妹よ、あとちょっと、あとちょっとだけだから、な?」

「だーめっ!お兄ちゃんはいつもそう言って学校間に合ってないでしょ!」


「大丈夫だって、俺を誰だと思ってる。清海せいかい高校理数科主席合格で特別奨学生として入学した男澤おとこざわ雄郎夫ゆうろお様だぞ。そんな俺のストイックな時間管理術をそんじょそこらの人間と一緒にしないでほしい。」


「いいから起きてって!お兄ちゃんの自慢話はあとでゆっくり聞くから、ね。」

「うるせぇな。んで、何時だよ?」

「もう8時過ぎてるよ?」


「ええっ!?」

 俺は目覚めた。しかもよく見れば大学生の兄、剛助ごうすけだった。

「なんだ?お前、家族に妹はいないぞ?俺らは男4人兄弟の男澤おとこざわ家だろ?それにめちゃめちゃ喋ってたな。」

「うるせぇ。」


 そうだった。俺には妹がいない。上に3人兄がいるのみだ。妹が欲しいと懇願するあまり、理想の妹が夢に出てきたのである。理想とは特に夢から覚めたとき、言葉では言い表せない程の悲しさとさびしさが重くのしかかる。


「とにかく、もう8時回ってるから遅刻しても知らんぞ。朝飯は冷蔵庫から好きなの取って食えばいい。」

 俺は冷蔵庫から適当にパンを取り出して、口にくわえながら自転車を車にも並ぶ速度で走らせた。(※良い子はマネしないでね!)


 俺はあくまで朝食と通学を並行して行っているだけで、そんな美少女と衝突してそこから恋が芽生えるなんて展開は毛頭もうとう期待などしていない。(期待しているじゃないか!)


 などとありもしないことを考えているうちに、始業3分前に学校に着いた。まぁ、必殺時間管理人タイムマスター(自称、ってかちょっとダサくね?いろんな意味で。)の手にかかればこんなのも朝飯前といったどころか。

 現にくわえたパンを食べずに一目散いちもくさんに自転車をいでいたから、この朝飯前とは比喩ひゆ的な表現と文字通りの意味をあわせ持つ。


 俺が通っている学校は、清海高校という今年度新しく共学化された元女子校である。

 アニメによくある設定で、さぞかしハーレムを予想したことだろう。俺も当初はそう信じて疑わなかった。


 俺はハーレムを望んでいた。俺はこの家庭環境と中学時代に繰り返してしまった『あること』により女に疎い生活を強いられていた。だからここ、清海高校を受験し特別奨学生として合格、公立入試で合格した県下トップ校を蹴ってまでハーレムに期待を膨らませていた。


 しかし現実は野郎どもの楽園と化していた。


 とはいえ女子が全くいないとなると嘘になる。

 というのも、共学化と言えど今年度新たに設置された理数科のみが共学で、残りの普通科、特進科、情報処理科、食品科、グローバルコミュニケーション科(外国人と喋りまくる、海外研修が多い)は従来通り女子のみとなっている。


 つまり、ここを受ける男子は受け皿が理数科のみで逆にここに落ちれば清海高校に落ちたの同然なのだ。私立校は周囲からの評判が命なので必然的に男子の合格が多くなる。


 さらに理数科の校舎は本校舎の道向かいにあり、本校舎とは地下通路で繋がっているだけだ。本校舎との女子との関わりは全くないと一概には言えないが、生徒会や部活関係ではない限り本校舎の女子との絡みはほとんどない。


 余談だが、理数科の校舎(以後は理数棟)には教室や巨大な実験室数室などがありそれなりに大きい。ここの実験室は大学や研究機関が使うくらいに充実しているという。



 朝は高校入って仲良くなった上女鹿かみめがさく(女っぽい名前だがゴリゴリのおとこ)と力丸りきまる武剛ぶごう(男っぽい力強そうな名前だがひょろひょろのメガネ)と話すのが日課だ。


 この年頃の男となると必ずこの争いに巻き込まれる。


「女と言えば大きな胸だろ?特にスイカとかメロンとかが入ってそうなアレ。男の夢がぎっしり詰まってるよな、咲。」

「んあぁ?女のまな板のような小さい胸が一番に決まってるだろ!異論は認めん。胸が小さかったら可愛さが増すだろ、力丸。」


 やはりこれは男子にとって通過儀礼と言っても過言ではない、女子の胸の話である。


「男が女に求める物はすなわち、自分に無いもの。そう、その代表が乳袋というわけだ。それもロクに持たない女は女を名乗るべきではない!」


「女が乳だけデカくても何にもならんだろ。バランスが悪いし、デブに見える。もはやただの乳牛だ。乳牛。胸が無ければ服とかもオシャレに着れて良いじゃないか。」


「全く、女の存在意義を分かって言ってるんだろうな?女には男には出来ないことがある。それは子どもを産み育てることだ。その能力、つまり母性を古来より男は胸で選んだ。そういう歴史があるんだ。」


「そういう固定観念が、女性差別とかを助長するって言うだろ?女は子供を作るマシーンじゃない。同じ人間なんだ。近年男女平等が叫ばれるように女を見る目を変える必要がある。歴史に縛られてはならない。今こそ改革を起こすためにもヒンヌー教は存在する。」


 何の話をしてるんだ?話ぶっ飛びすぎだろ。

「おい、咲、何もそこまで大袈裟なことは言ってないだろ。」

「力丸はさっきそれ同然のことを言った。異論は認めん。」


「んだと?新参者めが。」

「んだと?古参とか気取って言っても、考えを変えない頑固者だろ?」


 こうなったららちが明かない。俺はこの議論を無理矢理にでも終わらせたかった。すると、


「こうなってはいつになったって終わらん。ユーローに白黒付けてもらおう。」

「望むところだ。」

 俺に審判を求められた。そんな俺に最終判断ファイナルジャッジを頼まれても困る。


 俺は女性の胸に特別な感情を抱いたことは記憶上ない。だから正直、不毛な争いに他ならないと思う。互いが互いを尊重し理解し合えば丸く解決できるであろう。


 咲と力丸はこの議論において譲れないものがあるということで、それだけの情熱があることはいやがうえにも分かった。

 毎朝繰り返しているからな。

 だから俺はこう言った。


「お前ら、正直どうでもいい。」



 現実を知った俺は勉強に身が入らなかった。とはいえ、考査で上位15人に入らないと奨学金が入らず、朝補習が強制参加となるので、勉強しないわけにはいかなかった。


「はぁ〜、勉強する気ねぇ〜。まぁそんなこと言ったって何にもならんか。第一ここに入学したのは共学化したてホヤホヤで女ばっかだからなのに、男クラなんじゃあ本末転倒じゃねぇかよ。俺の期待返せ。女とかよ、どれもこれも目クソ鼻クソ。学科で12人しかいないからしゃーないか。不用意に男が本校舎にでも入れば痴漢扱いされるらしいな。力丸が言うには。全く何なん?この際何か、本校舎に安全に入れる口実でもないものか。」


 俺の愚痴グチは今に始まったことではないが、入学してからは頻繁になった。

 というのも、入学式の新入生代表の挨拶を皮切りに、先生に生徒会議会1年12組代表(いわゆる学級委員。だが生徒会役員も兼ねる。)を押し付けられた。そして放課後は束縛から解放されると思いきや生徒会関係の雑務で骨身を削り早々から滅入めいっていた。


 新築の校舎には紅の斜陽が差し、それは俺がかつてこの学校に対する期待であった。学校、とりわけ高校に差す西日は神秘的で青春を代表するものだと信じてきたからだ。

 しかし裏切られた今、理数棟の閑散かんさんとした放課後の廊下はまさに、俺の心の淋しさを直接的かつ婉曲えんきょく的に表していた。


 部活生はまばらでほとんどは本校舎で活動をしている。現に本校舎の活気、熱気と理数棟の静寂とが温度差を演出している。


 ところでなんだが、高校になればないと信じて止まなかった『あること』。本当に起こらないだろうと思っていた、この頃までは。


 そうそれは、いわゆる『ラッキースケベ』に遭遇することだ。特に着替えに多い。俺は意図していないし、期待なんてもってのほか。にもかかわらず、なぜかやたらと俺に起こる。

 偶然の繰り返しは、えてして恣意的しいてきな行為とみなされることが多い。これが理由で中学時代は女子によく嫌われていた。


「どうせ、俺の気持ちなんて分かりはしないだろう。」

 俺は本校舎とは反対側にある荒地に向かってつぶやいた。


 やがて、紅く燃えるような太陽は地平線に吸い込まれるようにして沈んでいった。

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