第2話久遠詩織

 館に着くまでの間、久遠詩織は実に人間らしく振る舞い続けた。違和感など微塵も感じさせないとてもシンプルに人間としてここに存在していて、まるで僕との会話を楽しんでいる様子だ。


「スオウさん、知ってます?昔はこの街に沢山の日本人が暮らしていたんです。駅を挟んで両方の施設が栄えていたそうです。片方は親子連れが楽しめるようなショッピングモール、ジャンクフード、お寿司。そうそう、ユニークなマスコットキャラクターが来る人を歓迎してくれる商店街なんかもありましたねちょうどあの交差点を左に行ったあたり!」


「へぇ、もう片方は?」


「はい。もう片方は大きなカジノ、それに野蛮な男達が何人も居ました」


 声色が少しだけ燻んだ。


「なら、今のこの街は野蛮人だけが生き残ったって訳か」


 ほぼ同じ歩幅で歩いて居た久遠詩織は足早に僕の三歩先を歩くとくるりとこちらに振り返り、


「主の様な方も数人居ます」


「というと?」


紳士ジェントルマンです」


「成る程。質素倹約してる御仁って訳だ」


「鼻に付く言い方ですね。スオウさん。嫌味をいう人は嫌われますよ?とても失礼な態度です」


「それはどうも、ありがとう」


「褒めてませんし、お礼を言われる筋合いもありません。不快です」


「さて、あれが紳士の館?」


 彼女はため息を一つ。それからそうですよ、微かに口先をとがらせてからとても業務的且つ無感情な声色で僕の質問に答えると、心なしか歩を早めた。


「スオウさん、いいですね?くれぐれも失礼の無いようにお願いします」


「勿論だよ。客人として招いてくれる人に対して僕が失礼な態度をとるとでも?」


「知りませんよそんな事。とにかくお願いします」


「約束するよ」







 僕の目の前には長い長いテーブルとテーブル一杯に展開された数々の料理達。僕の真向かいに座るこの館の主人の顔は部屋の照明が意図的にこちら側に向いている為確認出来ない。


「わざわざ迎えまで差し向けて頂いて光栄です。さぞ歓迎して頂けるものだと思い込んで居たのですが、どうやらあまりそういう雰囲気でも無いようですね、ミスター……」


 コーハン。スティーブン・コーハン。この館の主。僕はそれを知っていながら芝居を打つ。


 コーハンと僕のちょうど間に設けられた先には久遠が座っている。苛立っているのが分かる。


「失礼の無いようにと言ったはずですよ、約束はどうしたんですか、スオウさん」、と言ったところだろう。


「コーハンだ」


 バリトンの様な重低音。聴き心地は最高だ。さてここで咳払いを一つ、


「失礼、ミスターコーハン。あなたの顔を見たいと思ってしまうのは罪でしょうか?仮に罪に問われてどこかに追放されたり、幽閉されたり、存在自体を消されるのだとしても、こちらとしては何故招かれたのかという理由と、あなたの顔を見て話、あなたを理解する権利があると思っているのですが」


「スオウさん!」


「大丈夫だよ詩織」


「しかしっ!あまりにも失礼です」


「いいんだよ。さて、スオウ君。訳を話そうか」


 頷く。


「なに、そこまで難しい話では無い。単刀直入に言うと、詩織を殺してあげて欲しいんだ」


「正気ですか?見ず知らずの人間に人殺しを頼むなんて、それも殺して欲しい本人がこの場にいるというのに?」


 男は頷く。


「私は何人もの日本人を殺してきた。君の様に。だがね、詩織は特別なんだよ。私には殺せない」


「あなたが日本人を殺してきたのが事実だとして、何故久遠さんだけそれができないんです?」


「情が湧いたのかもしれない」


「馬鹿げてる」


「スオウさんっ!」


「いいんだ。詩織。彼が正しいからね。確かに馬鹿げた話だよ」


 久遠の顔は曇っていく、親愛なる主に対しての無礼の数々が我慢ならないのだろう。


「少し話を変えます。僕の事を何処で……」


「知ったか、か。日本人殺しの日本人、周防皇。君の事はよく知っているよ?人類の最高の味方にして、日本人の最大の敵。有名人さ。ワラキアでの大量虐殺は本当に見事だったね」


 そう言って彼は指を鳴らす。すると拡張現実が僕らの間に立ち上がる。そこにはあの時の僕がはっきりと映っていて、ひとつ、またひとつと肉塊を創造し続ける。


 串刺し公のお膝元で僕は確かにヴラドと同じか、それより多くの人間を殺した。クライアントはブロンドの艶やかな髪をかきあげて気怠そうにあくびをしながら僕に虐殺を命じ、僕は何の疑いも躊躇もなく殺し続ける。


「実に素晴らしい。自分でそうは思わないかね?まさに英雄だよ。君は日本人がどれだけ危険な存在か一番分かっているはずだ」


 また指を鳴らす。





 


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僕たちの殺戮 成れの果て物語 @Narenohate-Monogatari

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