僕たちの殺戮
成れの果て物語
第1話 周防皇
混沌渦巻く世界には何処かしらで正義の味方が生まれる、というのは当然の事ながら
僕がそう感じたのはきっと僕の心が磨耗し始めていたからかも知れない。いや、きっとそうに違いないだろう。なにせまた一人、目の前で守りたかった人を喪ったのだから。果てし無い絶望がそこにはあった。
それでも、ひょっとしたら希望があるかもしれないと僕は少し視線を上げてみる。
その先には惨たらしい風景が永遠と広がっている。こういう時、職業病のお陰で不思議と思考は冷静に働く。さて一体どう形容したらいいだろうか、と。
母の腹を裂く息子、ボーイフレンドのこめかみに弾丸を打ち込み続ける女の子、赤ん坊だったのものに集る無数のハエ。血の匂い。鈍色の赤。怒号と罵声と嘆きの声と時々聞こえてくる幾人かの狂いに狂って思考回路が焼き切れたか、ぐるんと一周してしまったか、あるいはどちらの条件も見事に満たしたが故なのかひたすらに笑顔だ。その笑顔とは裏腹に彼等は泣き叫んでいる。絶え間無く響く嗤い声と共に。
途中で気付いた。ああ、これこそまさに地獄と呼ぶにふさわしい光景だ。
その瞬間に僕の意識は失われた。
「はじめに言っておく、君には期待していない。何故なら君が日本人だからだ」
生まれ持ったポテンシャルの高さと自らが築き上げて来たキャリアと培って来た経験による自信が彼女、ヒルダ・ブラックスワンからはしっかりと感じられる。よく見るとシンプルな黒のスーツも彼女が着ているというだけでその持ち前の容姿とスタイルの良さによってある種のカモフラージュが施され実際の金額よりも上等な代物へと昇華されている気がする。
実に単純な理由ですね、と僕は笑顔で答える。
「嫌な顔の一つでもして見たらどうだ?」
「何故です?日本人は穢れていますから、嫌味の一つや二つ言われて当たり前ですよ」
「スオウ、あまり自虐的になるな」
「ヒルダさん、そう言われても困ります。僕のこれはいわばお国柄ってやつですから」
彼女は僕の
「ふぅ、まあいいだろう。スオウ、決行は二週間後いつも通り場所は問わない」
「分かりました」
彼女は僕を上目遣いで数秒見つめ、一枚の写真をすっとデスクの上に差し出す。彼女はローテクを好むきらいがある。写真なんて物を今の世の中において必要としているのは間違いなくこのヒルダ・ブラックスワンと、金が有り余り過ぎて趣味と優越感に浸る為にその全てを尽くさんとする御老体達ぐらいのものだと思う。
写真に目をやる。黒髪黒眼の女性が一人、寂しげな顔で道を歩いていた。
「自虐的で穢れている者同士、仲良くな」
「ヒルダさん」
「なんだ?」
「嫌味を言うのが下手ですね」
「そうだな。スオウ、帰って来たら酒を飲もう。付き合えよ」
「僕はお酒飲めないんですが、それでも良ければ」
「構わんさ」
旧東京都調布市。映画の町として栄えたのは今は昔。この町は映画の中の世界に様変わりした。以前は店の外にあった様々な映画の宣伝ポスター。今では年頃の女の子がずらりと並べられ、上から下まで舐め回すように品定めする男達が常にいる。
こんな町であの子は生きているというのか。やはり日本人はしぶとい生き物だ。取り急ぎ情報を集めよう。
「この娘がいる場所だが、
ヒルダさんが頬杖をつきながら面倒臭そうに言った言葉が頭の中に浮かぶ。
喫茶店に入る。レトロな雰囲気が僕の好みではあるものの、客が来るたびに大衆居酒屋の様な大きな掛け声がかかる。よほど忙しい店なのだろう、適当な席に座りブレンドを頼んでから
年齢よりも幼く見えるのは彼女の容姿とこの独特の雰囲気のせいだろう。
拡張現実上に割り込みで通信が入り僕は久遠詩織の情報をロックし通信に答えるべく相手からの申請を許可する。
『こちらS1。S2聴こえるか』
『こちらS2、聴こえている』
『了解。
『僕にとってそう見える子かい?それとも君にとって?』
『どっちでも構わんさ。日本人じゃなければ正直誰でもいい』
『言い切るんだ』
『言い切るさ』
『で、本題を聞かせてくれないか?』
『あいよ。久遠詩織のファイルは確認してくれただろうがランクが上がってきてる。それも異常な速さでな』
『何か考えられる要因は?』
『さっぱり分からんね。先月まではノーランクだった娘がたった数日でシルバー3まで成長してる。そろそろ症状が抑えきれなくなってるはずだ』
『さっさと済まそう。今彼女は何処にいる?』
『あぁ、それなんだがな』
拡張現実が一瞬歪んだ。甘酸っぱい匂いの裏にかすかに血の匂いが混ざっている。そこには日本人の少女が一人。
『成る程、そういう事か』
『健闘を祈る、S2』
通信があちら側から切られ、僕は少女と対峙する。どうやら写真写りが悪いらしい。18歳とは思えない艶やかさを感じる。
「初めまして、
「それはどうも、探す手間が省けました」
「誰をです?」
「貴女を」
「それは良かったです。さあ、行きましょうか」
「九龍館へ?」
「そうです」
僕は素直に彼女の後ろをついて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます