第7話 虐殺者2年生

土煙が舞い上がり、爆音が木霊する。稲光は視界を飲み込み、闇を広げた。


「うわぁ」


自分でやったこととは言え、ここまで圧倒的だと驚く。横のアンクは満足そうな笑みを浮かべ、また俺を見て敬う姿勢になった。


「流石でございます魔王様。それでこそ我等の王、この世界の王にございます」


「これは魔力をただぶつけただけだ。制御しているとは言えない。戦闘に関して俺はまだ素人だからな。それよりもだ」


俺は土煙の晴れた勇者候補の処刑場を見る。勇者候補達はまるで身体の中から焼かれたような姿だった。口から血の泡を吹く者や腹が爆ぜ内臓を撒いている者がほとんどだが、あり得ないことに全員が生きていた。微かではあるが生命力を感じた俺は、想像していた以上の悍ましい光景に少し後ずさった。


「なぜ生きているんだ?」


絶対に殲滅出来ると踏んでいた俺は今、勇者候補という存在を怖れている。尋常でない生命力、死ぬことを許されない身体、生きているという事実のみを無理やり楔として打ち込まれた生き物に近い何か。


「流石に女神の加護は強力ということでしょう。惨いことをするものですね。魔王様の前では死なせてやるのも慈悲だというものです」


俺は地面に降り立ち呻き声を上げる肉塊に近づく。先の死んだ目をした女は右の目玉をどこかに飛ばし、口と股からは血と内臓を吹き出していた。筋肉だけは強靭だったのか破裂することはなく、熱で膨張した体液と内臓は無意識に力の入った筋肉に阻まれ行き場をなくし肛門と口へ向かったのだろう。

加護とやらが働いているせいで、致死量の血液と必須臓器を失いながらも死ぬことができていない。俺はそれを哀れだと思った。女神とやらには一発拳をお見舞いしてやらなければならないようだ。

女が意識を失っていることがせめてものの救いだっただろう。これで意識を持って恨まれでもしたら流石の俺でも凹む。


「殺す方法はないのか?」


勇者からまろび出た心臓でリフティングをしているアンクに問う。どうでもいいが帰る時には返しとけよ、それ。


「申し訳ありませんが、現時点では。既に傷が塞がり始めています。おお、悍ましい」


殺せないなら仕方ない。ただ、勇者の生命力は恐ろしいが戦闘力自体はそうでもないことを知れたのは大きな収穫だった。まだ放っておいても大丈夫かもしれない。

それに、こいつらは使える。死なないなら死なないなりに使い道はあるのだ。


「アンク、全員の傷を塞げ」


「再生しないように金属を流し込めば良いのですか?」


「違う」


俺が思いつけないことをサラッと言ってくれるのは良いが、そうしたってなににもならない。俺の目的はこいつらを見た瞬間違うものに変わったのだ。


「再生させるんだ」


アンクは俺の言葉にしばしキョトンとしていたが、ひと睨みすると「御心の侭に」とだけ言って動き出した。


「さて、人体実験と洒落込みますか」


目の前で臓物を吹き出している女に向き、その額に手を当てる。身体の内側から溢れる力をイメージし、それをそのまま女の身体に流し込む。

しばらく流し込んでいると女の身体が一度大きく跳ね、肌に細く光る線が刻まれていく。アンクと、魔族と同じものだ。

飛び出ていた臓器はいつの間にか消え失せ、失った右の眼球は左と違い魔族のそれに変わっていた。


「良し」


おおよそ成功である。

アンクは「人が魔力に当てられ魔族と変わった」と言った。俺がやったことはいわば後天的にその進化とでも呼ぶべき現象を引き起こす実験だ。

この実験に大した意味はない。ただの知的好奇心だ。だが俺は結果に満足していた。


「魔王様、全員の処置が完了しまし……なんです、これは」


「俺の魔力を注ぎこんだ。言わば半魔族だ。あとはそうだな……勇者候補の意識は?」


「今すぐ回復させることも可能です」


「頼む」


アンクが勇者候補の意識を回復させる。目覚めた勇者候補は生きていることを感謝したり呪ったり、千差万別だ。

俺にとってそんなことはどうでもいい。ただ、今から言う言葉をしっかり覚えてくれればそれでいい。思い通り動くかどうかは、実際賭けだ。


「おい、お前ら」


勇者候補がビクついて俺を見る。声を聞くだけで漏らす者、頭を抱えて唸る者など反応もそれぞれだったが、俺の魔力を注いだ女は最初と変わらない瞳で、だが自分の身体に起こった変化を不思議に思いながら、俺を見据えていた。


「お前らは今殺された。分かるな?だが死ねなかった。女神の加護とやらだ。お前らが勇者候補であり、勇者になると願い、勇者になってからもその呪いのような加護はお前らに纏い付くのだ……が、それはいい。そんなお前らを生き返らせたのはだ、その女がいたからだ」


俺は半魔族の女を指差す。女の目は僅かに見開かれた。


「その女はどうやら我々の魔力に対し抵抗力があるらしいな。身体こそ変質したが、惨めに臓物を晒すことは無かった」


「魔王様?」


アンクが不安そうな声を出す。俺がいきなり訳のわからない嘘を吐いているのだから気持ちは分からなくもないが、ここは黙っていてもらう。

魔力をほんの少しアンクに向けて放出する。その魔力は威圧となってアンクに届き、不安そうな顔を安心した顔に変える。

そう、お前には俺のすべきことに不安を覚えてもらっては困るのだ。


「そこでだ。我々はお前らの可能性を試すことにした。何も我々はお前らを殺すためにここまで来たわけではないからな」


嘘を重ねる。

不意に口を閉じた俺は勇者候補に背を向け、魔力を腕に込めて空に向かい砂時計をイメージする。大きな大きな砂時計だ。

それが具現化されると、俺は勇者に向き直った。


「期限はこの砂時計の砂が落ちきるまでだ。おおよそ……3年といったところか。どんな手を使っても良い。我々に辿り着いて見せよ。だが我々もそう容易く斃れる訳ではない……身を以て体験したお前らならば分かるな?」


勇者候補は黙って俺を見ている。あり得ない、信じられないといった様子だったが、飲み込んでもらうしかない。


「落ちきったならばその時を以て人を全て滅ぼす。以上だ」


勇者候補が俺に辿り着こうとも、人は滅びるだろうがな。

例え死ななくとも、殺す方法ならばいくらでもあるのだ。

勇者候補は今起きたことがどこまでも信じられないといった目で虚空を見つめながら震えていた。そんな光景を後に俺はアンクを連れ魔界へ帰るのだった。

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中卒魔王の復讐 ~チートを添えて~ 煽詐欺 @Heron

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