第6話 虐殺者一年生
しばらくすると、勇者候補の一人が俺の前に来る。膝はガックガクだし今にも泣き出しそうだ。失禁もしているようだ。
しかし、俺が命じたのは教師なのだが……
「全員、揃いました」
見ると、教師は既に頭を抱えたまま動かなくなっていた。まぁ、これから起こることを考えたらそうなるわな。
アンクは暇だったらしく、どこからかコインを取り出してコイントスに耽っている。しかし勇者候補が揃ったことを聞くとコインを仕舞い、俺の顔を一瞥し勇者を威圧する。
俺も覚悟を決めよう。
「お前ら」
だって俺はこれから
「急な話になるが」
この世界の希望を
「死んでくれ」
潰すんだから。
右手を挙げ、ゆっくりと力を込める。まだ少し身体は重いが、それでも俺の力は想像以上の勢いで手の平から滲み出てくる。滲み出て溢れた力は雲となり雷を生み出した。雷は発光せず、むしろ闇を放っている。少しだけ意識を集中させて球状にまとめる。直径50mほどだろう。雲と雷は辺りの空気と生気を吸い込み、大きな渦を形成していた。そして次第に闇は深くなり光をも吸い込み、辺りは黄昏時を過ぎて夜のように暗くなった。黒い空に太陽だけがぽつんと取り残されて燃えていた。
俺の圧倒的な力を呆然と見つめる勇者候補の視線の先でバチバチと音がして、夜の闇すら飲み込まんとするほどに真っ黒な雷の塊が出来上がった。
しかしそもそもだがこいつら勇者候補それぞれに恨みがあると言われたら、そんなものはない。学歴がどうとか、そんなことも実際どうでも良くなってきている。
俺は端で膝を抱えている女を見る。目に生気はない。他の奴らは「死にたくない」「助けてくれ」、そんなことを目で、口で、全身で叫んでいるが、こいつは違った。
「早くして」
彼女の意思は死に向かっていた。
俺は全て察した。
この女は虐められていたのだ。理由はどうでもいい。人というのが3人もいれば1人は虐められるものだ。そこに理由もクソもない。本能みたいなものだ。
俺はこの女と同じ目をしている人を今までにいくらか見てきた。脳に焼き付いて消えないその瞳の色を、加害者はきっと一瞬たりとも思い出すことはないのだろう。
絶望の暗い色。希望を食らう色。嫌でも思い出す……
冴えない奴だった。陰口を叩かれ、いつしか誰もそいつには近寄らなくなっていた。孤独ではなかったが、気を許せる相手もいない。そんな猜疑と畏怖だらけの地獄にそいつは堕とされていた。
魅力的な人だった。孤立させられ、そいつの味方は部外者のたった一言で敵になっていった。苦痛こそなくても、どんどん自分が立っていられる足場が削られていく。そんな不安と暗闇の支配する地獄にそいつは堕とされていた。
そして俺は見捨てられなかった。
時に助けを求められ、時に俺の自己満足に近い形で、俺はただひたすらにひたむきにそいつらを助けようとした。
そして助けた。結果的にそいつらは虐められることはなくなった。信頼出来る友達も出来たと言う。幸せだ、ありがとう。そう言ってくれた。俺はとてもとても嬉しかった。
だが代償も大きかった。
虐めの対象は俺に移っただけだった。俺はただ助けただけで、悪を成敗してはいない。他人のかぶる泥を代わりにかぶっただけ。
地獄だった。それでも俺はその地獄を受け入れた。どんなに傷が増えても、学校に通えなくなっても、人と話すことが出来なくなっても、俺は人の苦しみを背負って生きることが嫌いではなかった。
「ああ……理不尽だよな。理不尽だ」
俺は一人呟く。アンクにすら聞こえない程の小さな小さな声で、人を呪う。
俺が何故魔王に選ばれたのか、ようやく分かった気がする。
理由などないのだ。ただ、そこに条件が良いのがいたから。都合が良かったから。
「そっか」
そして、俺が今すべきこともはっきりと分かる。今まで引き摺られるようにしてここまで来たけれど、ここからはしっかりと俺の意思だ。救うべきは救おう。滅ぼすべきは滅ぼそう。俺の正義と俺の全てで、俺は魔王となろう。
そして俺は、勇者候補を一人残らず滅ぼした。
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