第5話 魔王3年生

とは言っても。


「なぜ魔族が見下されるんだ。魔族には学校制度はないのか」


「魔族は基本的に貧しいのです。学校に行く暇があったら畑を耕さねば生きて行けないのでございます」


「詳しく」


その後アンクが語ったことを要約するとこうなる。


この世界では本来人族しかいなかった。しかし貧しく権利を持たない者は僻地に追いやられた。それが世界の果て、今の魔族が住まう所だ。

その僻地は魔力が溢れる土地だったため、追いやられた人は濃密な魔力を浴び次第に魔族へと変貌した。それを見た裕福な人はさらに差別し、誹謗し、中傷した。

一応今も法律としては魔族も学校には通えるらしいが、濃密な魔力故に作物の育ちにくい僻地……ヒトは魔界と呼ぶ……に暮らす身ではそんな余裕を持てないというのが現実であった。


「魔力のおかげか魔族は身体が丈夫に生まれるのが救いでございまして、故に滅ぼされぬまま今まで生きているのでございます」


「勇者は学校で何を学ぶのだ?」


疑問が浮かぶ。力比べで人が魔族に勝てないのなら、何を勉強するのか。勇者ともなれば戦うための何かを学ぶはずだ。


「人はその力では魔族に勝てません。ですので、道具を用いて攻撃をします。その扱いがメインでございます」


「道具……力比べしなくていいものだったら、銃とかか」


はい、と頷くアンク。

剣と魔法のファンタジーな異世界を想像していた俺はイメージとのギャップに頭を抱える。


「水晶玉が見たい」


無言で水晶玉を差し出すアンク。


「見たい事柄をイメージしてください」


アンクが言った。

まずは……「勇者候補の学習風景」


映し出されるのはグラウンドのようなひらけた場所。勇者候補と思しき人は全身黒ずくめで、銃……アサルトライフルとでも言えばいいか……を抱えていた。

祭壇で見た映像は恐らく入学式だったのだろう。今はおおよそ50人の勇者候補が一列に並んでいた。体格からして男が48人、女が2人。女がいることに驚いた。なぜなら、始まった訓練は軍隊のそれだったからだ。

走りこみ、匍匐前進、射撃訓練……

一通り済んだ頃には勇者候補の黒ずくめは茶色に変わっていた。


「これが勇者?」


想像していた勇者像からはあまりにもかけ離れた目の前の映像に、思わず呟く。


「勇者候補どもは戦闘訓練に加え、一般的な数学、言語学、また薬草の調合や簡単な魔力の扱い方を身に付けます。しかし戦闘訓練に関しては一般に公開されていないようです。故に勇者候補のみが通える魔法学校と銘打っているとか」


なるほど。それなら何を教えているのか聞かれても「勇者のみに使える高等魔法だ」とかなんとか言えば教師が多少不審でもゴリ押せる。お粗末と言えばお粗末だが、勇者という肩書きにはそれだけの影響力があるのだろう。


「勇者候補は毎年女神が異世界から召喚しているとか」


数が多すぎないか?と思ったが、異世界なんて無限にあるのかもしれないし、その中から毎年500人と考えたらむしろ少なめなのかもしれないと考えを改めた。

しかしそうすると分からないことが一つある。


「去年以前の勇者候補は?」


「皆元いた世界に還りました」


なるほど。


「ならば今から勇者候補を消してくるか」


人が魔族を見下している。それも学歴で。そう考えると若干じゃない殺意が湧いてきた。

やたら物騒な考えばかりが浮かぶが、この魔界とやらに満ちる魔力のせいかもしれない。


「そういうことであれば喜んで転送致します。魔王様、念のため防壁を展開しておきましょう。出会い頭に攻撃されては流石にたまりません」


言われた通りにする。俺とアンクを囲む透明な壁をイメージする。すぐに壁が出来た気配がした。

アンクにもそれが伝わったようだ。


「では」



転送先は学校の上空だった。

すぐに浮遊する自分をイメージする。落ちることはない。

勇者候補はちょうどグラウンドでの訓練を終えた頃だった。急に現れた俺を見て何か言っている。


「少し身体が重いな」


「この土地は我々の住むところと違い魔力に満ちていませんので。その分肥沃な土地ですが」


勇者候補どもが騒がしいのでゆっくり降下してやる。話くらいは聞いてみようという好奇心からだ。


「撃てー!!」


と思ったら、発砲された。銃声が耳を劈くが、銃弾は防壁に阻まれ俺には届かない。

しばらくすると銃声が止む。土煙が晴れると、絶望した顔の勇者候補と……あれは教師か?……の顔が見えた。


「出迎えの祝砲、感謝しますよ」


アンクが煽る。俺には思いつかない言い回しで、思わず感心する。


「貴様ら、何者だ!」


相手が分かってないのに全力で撃ったのかよ。

呆れながらも答える。


「俺は……」


そこまで言ってアンクに耳打ちする。


名前って本名でいいのかな。


アンクはきょとんとした顔で俺を見る。まぁそりゃそうかもしれない。


本名以外で何があるんです?


仕方ない。覚悟を決めて、俺は名乗った。


「俺は……魔王茂六だ」


俺はこの名前が嫌いだ。なんとなくダサいから。響きも漢字も江戸時代の農民みたいで、名付けた親を恨んでいる。

しかし勇者候補の一人から返ってきたのが以外な言葉。


「魔王モロク……貴様を倒す!」


あれ、意外と馴染んでる。なんでだろ。


モロク。それは意外にも悪魔の名なのだが、中卒の茂六には知る由もない。勇者候補の中にたまたま悪魔に詳しい者がいたからこそ、こうして受け入れられているのだ。


「……まぁいい。しかし貴様ら、勇者候補とか言ったな」


「ふん、学のない魔族なぞに我々の身分を教えたところで分かるまい」


うわお強烈な学歴煽り。ここまでされるといっそ腹も立たない。ここでなされている教育もとい洗脳がどこまでのものか知らないが、あるいは女神に召喚された時点で魔族イコール低脳という図式を刻まれているのかもしれない。


「学歴だけで俺を殺せるならそうしてみろ。言っておくがはもう充分だぞ?」


じり、と下がる勇者候補。案外情けないものだ。唯一の武器が効かないのだから仕方ないのかもしれないが。


「魔王様」


アンクが話しかけてくる。勇者候補と相対して初めて口を開いたアンクは殺したい、もう待ちきれないといった様子だった。


「まぁ落ち着け。どうせここの奴を消したところでまだ沢山いるんだ。どうせ殺るなら一気にやろう」


言ってから勇者候補に軽く殺気を向ける。それだけで腰を抜かす奴もいたが続ける。

アンクが悟ったのか、腰を抜かしていない教師に語りかける。


「勇者候補を全員ここに集めてください。早くしないとこの国ごと滅ぼしてしまいますよ」


どっちにしろ国は滅ぼすから関係ないが、それを聞いて教師は真っ青な顔のまま弾かれたように走り出す。


「さて、どう殺すか」


俺の心はすっかり悪に染まっているらしかった。

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