甘酸っぱい恋の味

 打ち上げられた夏の花。

それはドーンと音をたてたあと、パラパラと小さく散っていった。


 今日私は、地元より少し離れた花火大会へ来ている。河川敷には出店が並んでいて、多くの人で賑わっていた。いつもの殺風景な景色とは大分かけ離れている。


 隣で一緒に夜空を見上げるのは、クラスメイトで……私の彼氏。

はっきりとした顔立ちで、少し伸びた髪の毛先を遊ばせている。身長も私よりも頭一つ分大きい。表情を見るのも一苦労である。

 明るい性格の彼は高校で"王子様系男子"として、女子からも男子からも人気だ。

付き合い始めてからもうすぐ一年だというのに、未だに見惚れてしまうような同級生。


 と、まぁそんな彼との花火大会。隣に並んでも浮かないように、それでいて"可愛い"って思ってもらえるよう、気合を入れて慣れない浴衣を着てみたものの、自信なんてつかない。


 彼の様子を伺おう隣を見ると、視線がぶつかった。


「――――んだよ」

「え!? えっと……キレイだね!?」

「焦って答えなくていいっつの」


 "王子様系"と呼ばれるにしては、ぶっきらぼうな言葉遣い。

慌てて返事を返すと彼に笑われた。恥ずかしくなって、私は再度空を見上げた。


 暗い空は次々と輝きが増していく。

出店の人も、歩いていた人も、皆動きを止め同じ方向を見る。


 その時、右手を優しく握られる。びっくりして彼の方を見そうになったけど、自分の赤面してる顔を見られる方が恥ずかしくてそのままでいた。

その手の温かさに安心感を覚え、私も握り返した。


 ――今、すごく満たされてる。気を抜いたら涙が零れてしまいそうなくらい。


 ……どうして彼と付き合えることになったんだっけ?

 あ、そうだ、全ては去年の文化祭から始まったんだ――――



              *****



 高校一年の秋。文化祭の演劇大会で私たちのクラスは"シンデレラ"をやることになった。

 王子様役は彼。シンデレラ役は私。どちらもくじ引きで決まった。


"華のある彼と、私ではつり合わない"

 

 そう思った私はこの役を辞退したいと告げようとしたが、時は既に遅し。

配役はこれで決まってしまっていた。後々言い出すこともできず、朝も昼も夜も台本を読んでいた。恥じない舞台にするために。


 その様子を見た彼は、


「意外と根性あるんだな。正直逃げ出すかと思ってた。……放課後、空いてるか?」


と声をかけてくれて、一人だった練習は二人になった。

それから仲良くなるのに時間はかからず、気が付けば付き合うことになったんだ。


 ――――そういえば劇中、すごく好きなセリフがあった。

 ガラスの靴でシンデレラを見付けた時の。……何だったっけ?



            *****



 一人で思い出に浸っていたら、乱れ打ち花火が始まる。

一つの花火が消える前に次の花が咲く。

瞬きの時間すら惜しいくらいに、新しい花火が夜空を彩る。


 そして最後。一際大きな花火が打ち上げられ、この花火大会は終わりを告げた。


「……それじゃ、帰るか」

「あ、うん」


 繋いだ手をひき、彼は歩き出す。その後ろを必死についていく。

着慣れない浴衣のせいで、十分な歩幅を確保することさえ難しい。

 今まで立ち止まっていた人達も一斉に動き出し、尚更歩きづらい。道に対して人が多すぎる。

 そんな中、手をひく彼は私のペースに合わせてくれてる。それは私にも分かった。


 が、その時。


「あっっ」


 人とぶつかってしまった衝撃で彼の手を離してしまった。振り返った彼の困惑した表情。

互いに手を伸ばしたが掴むことができず、二人共人の波に飲み込まれる。

 私たちはあっけなく離れ離れになってしまった。


 ――――どうしよう。はぐれたときの待ち合わせ場所とか決めておけば良かった。


 今更後悔しても遅い。不安が募っていく。

連絡を取ろうにも、この人だ。スマートフォンを取り出すことすらできない。


 ……焦っても仕方がない。逆らわずに歩いていこう。きっと会えるはず。


 流れに身を任せることにしたその時。


「……すいません……すいませんっ」


 段々と近づく謝罪の声。誰かが逆走しているよう。よくそんなこと出来るな、なんて妙に感心していたら、声の主が目の前に現れた。


 私を見つけ出した彼は満足げな笑みを浮かべ、


「次は離すなよ」


と、手を掴んだ。しっかりと繋がれた手に安堵して目頭が熱くなる。

 

「どうして……っ」


 私の問いかけに得意気な表情であの時のセリフを口にした。


「"あなたのことは、俺がいつだって探し出してみせます"」

「……っ」

「それと……、浴衣似合ってる。可愛いじゃん?」


 なんて少し照れながら言うのは反則じゃないですか?

驚き、喜び、安心……堪えていた涙が溢れだした。


「え、俺、まずいこと言った?」

「ううん、そんなことないよ。ありがと」


 首を振って返事をする。そうこうしているうちに、人は段々と減ってきた。


「……りんご飴でも食べるか?」

「ん、食べたい」


 彼に買ってもらったりんご飴。

舐めると甘くて、齧ると甘酸っぱい夏の味がした。


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ラムネ、空色、君想う。 羊乃和月 @waduki

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