おなかのびょうき

別府崇史

おなかのびょうき

 二週間ほど腸閉塞で入院した。

「糞詰まり」などと不愉快な別名もあるがなかなかに危険な病気である。

 腸閉塞は腸の一部が捩れ、消化物もガスも通さなくなり激しい腹痛を引き起こす。また肛門の方向へ進めなくなった腸の内容物が口の方向に逆流するケースもある。

 寝ている間になってしまった私は痛みで叫びながら起きた。

 幸いにして手術をせずに済んだが十日間ほど絶飲食をしなくてはならなかった。

 原因は結局わからずじまいである。


 話は変わって、アダルトビデオの話。

 私は熱心なエロ動画収集家ではないが、男であるが故、頻繁に見たくなる。

 ある朝見た動画は「やや強引に」というシチュエーション物だった。

 直截的かつ下衆さを隠さずに言えば「強姦一歩手前」な代物だ。

 男は大なり小なり少なからず加虐趣味があるので、こういった動画は巷に溢れている。

 無論良心や正義心との兼ね合いもあるので過度に残虐すぎるものにはかえって興奮しない。

 そういった意味ではこのシチュエーションはウケがいいものだと推測できる。

 その動画を見ている時、私はデジャブに襲われた。

 自分自身、女性にかなり強引に、強姦寸前にまで迫ったことがあったような……。

 冷静にいくら思い返してみてもそんな非道なことをした記憶はないのだが、どうしてもヘドロのようにまとわりつく既視感が剥がせない。


 2011年にスウェーデンの大学が行った研究によれば、人間は記憶を意図的に忘却することが可能であるという。精神医学で「抑圧された記憶」と呼ぶそうだ。


 さて。入院している間に同室の久留さんという方とお知り合いになった。

 久留さんは都内繁華街での飲食店、店長をやられている四十歳手前の男性だ。

 日に焼けた肌はサーフィンの産物で、健康時には腹筋が六つに割れているという。

 私と同じ腸閉塞ゆえその時の腹部はカエルのように膨れていたが、そう仰っていた。

 本命として付き合っている相手はいるが、いまだ独身だそうだ。


 見舞い客が誰も来ない暇な時には久留さんから過去の武勇伝をたくさん聞いた。

「女は腹いっぱい喰った」

「午前の部、午後の部、夜の部とわけて一日三人頂いたこともあった」

「刺されないかって? そりゃ別れ方が下手だから。いい奴って思われたらNGね。あぁこいつに関わってちゃいけないって思わせなくちゃな」

 そんなに上手くいくものか。

 私が首を捻ると久留さんは助言のつもりなのか、声を潜めて教えてくれた。

「最悪な、もう二度と思い出したくないって目に遭わせればいいんだよ。何事も半端は良くない」

 率直に表現して最低のクズである。

「そんなに女性が好きなら、看護婦さんたちに囲まれた今は幸せでしょう?」

 純度100%の皮肉で私は言ったが、大体にしてこういうタイプの人間には伝わらない。

「そうでもないんだよなぁ。まぁな、ここのナースたちが可愛くないってのもあるけど」

 久留さんは失礼なことを言いながら訳を話してくれた。

「俺は入院なんて今まで一度もしたことないんだよ。酒を馬鹿みたいに飲んで急性アル中で運ばれたことはあるけど、入院なんてしたことない。原因は思い当たるんだ。夢なんだよ。腸閉塞になる一日前な、夢を見たんだよ」


 夢では久留さんが半年前ゴミのように捨てた女が、部屋で雑巾を絞っていたそうだ。

 どうやって入ってきた、そう怒鳴る久留さんを無視して女はにこにこと微笑んでいる。

 部屋から摘み出そうと近寄ると、腐卵臭が鼻をついた。

「何やってるん……」

 悪夢の中で久留さんは絶句した。

 女の両手に握られているもの、それは腸だった。

 反射的に自分を見下ろすと、腹部には陥没穴がありどす黒い液体がぼたぼた垂れている。

 ぎゅう、ぎゅう、ぎゅうぅぅぅと女は笑いながら、しかし渾身の力をこめて久留さんの腸を絞っていたそうだ。


 翌日病院に行くと、久留さんの腸閉塞は重度であり手術を行う必要があると医師から告げられたという。

「だからしばらくは無茶するの止めようって思ってるんだわ。生霊ってあるのかもなぁ。もう二度と味わいたくないわ。な、お前ならわかるだろ? あの地獄の腹痛」

「……えぇ、まぁ」

 私は話を聞いている間、ずっと息を呑んだままだった。

 すでにぼやけ始めていたが、腸閉塞を発症した日の朝、痛みに飛び起きる前まで私は悪夢を見ていた。

 久留さんが見ていたものと同じだった。


 ただ夢で見た女性の顔は今でも思い出せない。

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おなかのびょうき 別府崇史 @kiita_kowahana

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