後奏

「生まれたときは喜びだって、誰が決めたのかしら」

 生まれた悲しみを死ぬ喜びに、少しずつ変換した彼女は、俺を地下牢で待っている。

 誰にも教わらず、誰の手も借りず、ただひたすらに、独り、延々と生を紡いだ少女は、恥じらいを知る歳になり、漸く、喜びを手にする。

 絶望することなく、諦めることなく、悲観することなく、ただ延々と生を紡ぎ続けた。悲しみから喜びを生し続け、そしてとうとう成功した。彼女を見てきた。惚れてきた。愛してきた。共に果ててもいいのなら。

 通い続けた階段を、降りる。彼女は、いつもと同じように待っていた。しかし、もう縄を編んではいなかった。そして、俺と彼女を隔てる格子はもうそこには存在しなかった。俺は彼女を直接抱くことができた。俺は彼女の首に、星の光と、陽の香と、花の声と、風の味を染み込ませたピアノ線を掛けた。彼女は俺の首に、彼女の人生を賭した手製の縄を掛けた。

 彼女は笑っていた。俺も自然に笑顔が零れた。

 ゆっくりと彼女の首を絞める。それに応じて俺の首にも力がかかる。

 生まれた悲しみより、死ぬ喜びは、明らかに大きく、そして穏やかだった。

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星の光は青 森音藍斗 @shiori2B

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