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◆ ◆ ◆
日に一度、守護妖たちは交代で聖域を巡回する。
何が起こるというわけではないが、
守護妖たちは、
『なんだ?』
聖域の風は
立ち止まった蜥蜴は注意深く視線をめぐらせた。太い
『…………』
人界につながる
磐を動かし結界をとくには、守護妖か巫女の許しが必要だ。
巫女も
神将たちがやってきた気配はまだない。
昼前に、まだ出立していないという報があった。都を出たら水鏡でそれを
この調子では夜になるだろう。それもかなり遅く。
それだったらいっそ、向こうを夜に出てこちらに朝
百足は聖殿で巫女とともにいる。蜥蜴も、巡回を終えて、
が、
『己れ、またしても
ここ数十年、
『この地は守らねばならん…!』
道反大神と、道反の巫女の在る清浄なる地。そしていまは、
人界につながる磐の前に立った蜥蜴は、その周辺をくまなく見て回った。
この聖域に人界から入るには、ここをとおるしかないのだ。
磐を睨んでいた蜥蜴は、
体勢を低くしてその場所を
蜥蜴は目を
闇色の獣たちは水から這いあがるようにして土から生えいずる。
蜥蜴を
獣たちは
聖殿で
「いまのは……」
『獣の…
数百
『これは……!?』
「百足、どうしました?」
あとを追ってきた巫女を
『巫女、出てはなりません!』
足を止めた巫女の姿を認め、百足はそのまま聖殿の
『様子を
それだけ言い置き、返事を待たずに大百足は駆け出した。
「百足! ……いったい…」
扉を開けることも
聖殿の奥に戻り道反大神の声を聞くべきか。
彼女はこの春に五十余年にもわたる
道反の巫女は、道反大神の目であり耳であり口であるのだ。
「大神は……」
道反大神は、この聖域の最奥に
大神自身も
だが、道反の巫女は大神の代言者であり聖域の
聖域に侵入したものの正体も
ああ、それに。
巫女は
あれを外に出してはならない。気の遠くなるほどの長い間、この聖域で守り伝えてきた
道反の巫女は、
その守護妖たちの妖力が
激しい
「これは、これはいったい……!」
人界の封印が
智鋪によって解かれた道反の封印は、巫女の力で再び施された。それが。
聖殿を囲むようにして、獣の気配が
巫女は扉にすがるようにして
蜥蜴と百足はどうしているのだろうか。三ヶ月前、二
うちの一匹は
『─────!』
遠方から蜥蜴の
「蜥蜴……!」
声は届かないとわかっていても、彼女は忠実な守護妖の名を呼んだ。守護妖たちには
ただ一匹、幼い姫のために生を同じくして生まれたあの
咆哮が
だが、異質な霊気は聖域全体に広がりつつあった。
巫女は
その
同時に彼女は
青の宮には、あの子が眠っている。
「風音……っ!」
思わず扉を開きそうになった
はっと振り
道反の巫女を
獣の遠吠えが聖殿内に木霊する。それに呼応したように、いたるところから恐ろしくもおぞましい咆哮が上がり、聖域に轟いた。
巫女の瞳を戦慄が
これは。
「
かすれた声でうめいた巫女の言葉に、
「……っ!」
思わず息を
その間にも扉や
獣の咆哮が
扉に
自らここに閉じこもった自分はいい。だが、守護妖たちは。そして
「わたくしは……どうすれば……っ」
そのとき、背後の扉が大きくたわんだ。
はっと振り返ると、禍々しい霊力が彼女の神呪とあいまって、
獣以外の何者かが、この地に侵入している。そしておそらく、それがこの
少しずつ少しずつ、扉がひしゃげて向こう側が
巫女の姿を捉えた両眼が、射るような激しさを
これ以上は
息を殺して扉を
「………たゆら、ここは…」
「……では、……せた…」
禍々しさを帯びた霊力の主が、遠ざかっていく。
巫女の心臓は
恐ろしいことが起こる。それを
扉を押し破ろうとする獣たちの
神呪にひびが入り、霊気がじわじわと
無数の
空気がびしりと
ようやく扉を破った狼たちが
「─────っ!」
巫女は声にならない悲鳴を上げた。
その
同時に、広大な聖域の
振動で
『巫女─────!』
道反の聖域は人界ではない。人界と
人界とは
黄昏は
聖域を守る聖殿から
湖底の中央に
全身を覆うほどの黒布を
「もはやこの地に用はない」
灰黒の狼の語調に、
「ああ、
身を
様々な景色が
「……ん…?」
ふと見えた青屋根に目をとめる。
宮だ。
「真鉄、どうした」
気づいて
「あの宮……、何やら特別な力で守られている」
見さだめるように目を
近づいていくにつれ、周辺の空気が
青屋根の宮は無人のようだった。しかし、
「……気に入らない」
静かに
「っ……」
指先が
すっと細められた眼が
「たゆら、下がっていろ」
たゆらと呼ばれた狼が、命じられたままに
真鉄は手のひらに己れの血で
「真鉄…!」
色を失うたゆらを視線で
「道反の神気など、我らの血脈に
壁に押しつけられた手のひらが、
真鉄のまとう布が霊力の渦をはらんで大きく翻る。裂けた皮膚から血が
宮を覆っていた清浄な力が
血のしたたる青年の右手を、そろそろと歩み寄ったたゆらがそっと
「
扉を開いて宮内に足を
白い布が盛り上がっている。それは明らかにひとの形だった。
無言で手をのばした真鉄が、布を一気に
狼がさすがに息を呑んだ。
「これは……!」
横たわっていたのは、白い
生気のまったく感じられない
決して生者のそれではない
念のため首筋に
「……
道反の聖域に安置されているということは、道反の
では、これがその娘か。ということは、ここはこの娘のための
真鉄は女の額に手を当てた。
女の白い
「魂も
言い差して、真鉄は冷たく笑った。それでも、骸だけでも役立てることはできる。
「どうするつもりだ?」
女の顔を覗き込む
「この体にも
そう言いながら青年は、女のまとう衣の
巫女はくずおれたままぴくりとも動かない。それを認めた蜥蜴の胸に、最悪の事態が
『巫女! 巫女よ!』
狼たちを
もんどりうった狼たちが体勢を立て直すより早く、蜥蜴は巫女を己れの背にすくい上げ、敵の前に立ちはだかった。
無数の赤い
蜥蜴は
『
先ほどよりも
蜥蜴の放つ凍気が
氷の
しばらく気配を
その背に横たわっていた巫女が、かすかに身じろぎをする。
蜥蜴ははっと首をめぐらせ、
ややあって、巫女の白い
『巫女、
漆黒の
「ああ…、大丈夫です……」
心臓が
「……湖は…
蜥蜴は
巫女の許に駆けつけることしか考えていなかった蜥蜴は、そのさなかにごうごうという水音を確かに聞いていたのだった。
『まさ……か…っ!』
信じられない思いでうめく蜥蜴の双眸が、
そこに、ざわざわという足音を
『巫女、蜥蜴よ……!』
巫女と蜥蜴ははっと百足を
『禁呪の石櫃が破られ、呪物が
「……っ…!」
衝撃で呼吸を忘れた巫女は、
息も絶え絶えな巫女に、百足は
『それと……』
苦しげに言い
『何があったというのだ、いったい何が……!』
しばし
常に
百足は押し殺した
『……
言葉にならない金切り声が
『巫女…っ』
百足と蜥蜴が異口同音に
真っ青になった巫女の体がぐらりと
通常の狼より格段に大きな
どれほどそうやって待っていたか。日が完全に暮れ落ち夜の
「たゆら!」
真っ先に飛び出してきた兄弟の名を呼び、狼はその首に自分のそれをすりつけた。
「
「心配するな、もゆら。ぬかりはない」
そうしてたゆらは後ろを
「真鉄!」
闇色の獣の背に、白い布にくるまれたものが乗っていた。それが落ちないように、黒布をまとった真鉄が手を
「
隧道に
「もゆら」
呼ばれて、もゆらは顔をあげた。顔を隠す布の奥に
「これは、道反の姫の
「骸…!」
そうだと
「骸だけでも役に立つ。この骸に残る力を得て、俺の
実にいい拾いものだと笑う真鉄を、もゆらは目を輝かせて見つめていた。
「一昼夜もかからなかったな。道反の聖域などといっても、
真鉄は白い布包みを指した。
「もゆらよ。これを守り、王の許に運べ」
「真鉄とたゆらは?」
「我らは……」
真鉄はたゆらを
「あとを追ってくるだろう道反の
「わかった」
灰白の狼は白い布包みを背負い、闇色の狼たちを率いてその場から
見送っていたたゆらと真鉄は目配せをすると、隧道の奥を窺うように息をひそめた。
唸りが響く。次いで、ざわざわという足音が近づいてくるのがわかった。
「行こうか、たゆら」
黒布を
「永久にも等しかった
狼の
背に
「
「───心得た」
◆ ◆ ◆
道反を襲った彼らの目的とは――!?
続きは本編でお楽しみください。
少年陰陽師 いにしえの魂を呼び覚ませ/結城光流 角川ビーンズ文庫 @beans
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