激突!暴走族vsがしゃどくろ(後編)


 時は僅かに遡る。

 

「おねえちゃん!おねえちゃん!いやっ、いやあっ!おねえちゃん!!」


 地上に取り残されたアイルはパニックに陥っていた。蹴られた腹の痛みも忘れ、無我夢中で姉の名を呼ぶ。


「アイル!アイルッ!逃げて、今すぐ逃げなさい!早くッ!」


 空から小さな、そして必死の響きを帯びた姉の声が降ってきた。

アイルはいよいよ混乱を極め、頭を抱えたまま生い茂る緑に遮られた空を見上げた。


 姉を置いて逃げる事など、アイルには考えられなかった。

 しかし山のようにそびえるあの妖怪を、武器を扱える訳でもない13歳の少女がどうこうできよう筈もなく、このままこの場で右往左往していれば、いずれ姉と同じ運命を辿る事もまた明白である。


 葛藤の末、アイルは村の方角へ向き直った。

 ここで死ねば、命がけでアイルを助けた姉の勇気ある行動は水泡に帰す。なんとしても生き延びて、村のみんなにこの事を伝えなくてはならない。

 理屈では分かっていても、体は頑なにその場を離れる事を拒んでいた。

 一歩を踏み出す足が鉛のように重い。心が引きちぎれるように痛い。

 それでもアイルは行こうとした。止まらぬ涙を袖で拭い、前を向こうとした時だった。


 それは獣の吠える声のようだった。それは夕闇を裂く一条の光だった。

 一頭の巨大で獰猛な肉食獣が、隻眼を光らせ、凄まじい勢いで森を駆けてくる。そんなイメージが、アイルの脳裏に浮かんだ。彼女の知る限り、そんな生き物も悪霊も、この森には存在しない。

 それは文字通り瞬く間に姿を現した。木々の間を縫うように、苔むした地面を蹴散らしながら現れた。

  眩い光を放ち、爆音を響かせて疾走するそれは、アイルが見た事もない乗り物だった。

 そうしてアイルが呆気に取られている内に、それはアイルの目の前で甲高い音を立てながら停止した。


 人が乗っている。当然だ、乗り物であるのだから。

 その人間は金の髪を後ろに撫で付けた、刃物の切っ先を思わせる目付きの男だった。至る所に色とりどりの文字が書かれた、体を足元まで覆う奇妙な外套を着込み、一方の端に丸く平べったい皿のような物が付き、白い柄を介したもう一端に無骨な岩の塊が付いた、これも奇妙な得物を左手に携えている。


 アイルは自分の方に向けられている岩の塊に、泥のような黒い液体がべっとりとこびり付いている事に気づいた。あ、と声が出そうになった。あれはきっと、幽狼の体液だ。


 何故がしゃどくろから逃げ出した筈の幽狼が、一匹だけ戻ってきたのか。考える暇もなかったが、点と点が結ばれるように、アイルは解にたどり着いた。


 きっと幽狼たちは、逃げた先でに出会ったのだ――がしゃどくろにも匹敵する、慮外の怪物に。

 そうして一匹だけを残して、全滅した。


「なんだァ……人が居たと思ったらまぁた外人のガキかァ?」


 ぴくり、とアイルの肩が震えた。男の口調と目つきは剣呑である。ひどく苛立っているように見えた。

 眼前の少女の怯えを知ってか知らずか、男は変わらぬ調子で言葉を続ける。


「まあいいや……おいチビスケ、ありゃあなんだよ。あのデカブツはよォ」

「え、あ、あの、がしゃどくろ」

「――あ?」

「え?」


 質問に対し反射的に答えたアイルだが、その結果を見て後悔せざるを得なかった。

 男の額に、びきびきと音を立てて青筋が浮かぶ。眉間に皺が寄る。唇がめくれ上がる。獲物を握る左手からみしりと妙な音が鳴る。

 誰がどう見ても、その一言によって男は激怒していた。


「てめェ今なんつった……『我捨髑髏』だァああ~~~!?」

「ひ……!」


 知らずアイルは尻もちを着いていた。ひどく苛立たしげに見えたつい先程までの男の状態は、なんと無害であった事だろう。

 男の体から、風が吹き出しているようだった。得体の知れない圧力。背後に居る筈のがしゃどくろの存在さえ霞んでしまう程の、極悪なまでの殺気。


「ハッ……そういう事かよ……テメェ、噛早死だなァ!?切羽詰まって訳の分かんねぇヤクに手ェ出した挙句がそのバカみてェなカッコって事かよ!ざまァねぇなあオイコラ!!」


 男が何を言っているのか、アイルにはさっぱり分からなかったが、どうやら致命的な勘違いをしているらしい事だけは察せられた。察せられたが、そこに口を挟む余裕など、今のアイルには到底なかった。


 男が跨る乗り物の、狼の唸り声のような音をかき消すように、ぶんと重い音がした。

 それは視認不能な速度でもって、男が得物を斜め上方に投げ打った音だった。

 猛烈な勢いで回転しながら風を切り、木々の枝葉を粉に変え、森を抜けてなお勢いの衰えぬそれは、男の狙い通りにエイルを握るがしゃどくろの右手首に直撃した。


「ハッハァーー!」


 標的を打ち抜いた事を確信し、男は凶悪な哄笑を響かせた。

 



 


 落下は思った以上にゆっくりと進んだ。

 がしゃどくろの長い指骨が枝を引っかけて、減速する為の網のような役目を果たしていた。

 背中や後頭部に次々と枝葉がぶつかってくるが、気にしている余裕はない。

 エイルはもがくように両腕を伸ばし、枝に捕まろうとするが、上手くいかない。


 その内に、面積の大きながしゃどくろの手が枝や幹に引っかかり、落下を止めた。

 その際の体勢がよくなかった。エイルは天地逆さの状態で、頭から地面に向かう羽目になった。


「う、ああああ!」


 受け身もままならない――それ以前にまだ高すぎる。

 アイルの頭が見える。こちらを指さして何か叫んでいる。その隣にある金色の頭も。見覚えのない頭の方も上を向き、にやりと笑った。ものすごく狂暴な笑顔だった。


 地面を目の前にして、エイルの落下が止まった。見知らぬ男が落下点に回り、その体を受け止めたのだ。

 土の上に降ろされると、顔をくしゃくしゃにしたアイルが飛び込んできた。まだ呼吸も整わないエイルは、とにかく妹の体を抱きしめ、なだめるようにその髪を撫でた。


 一体どうしてあんな事になったのか。アイルは話せる状態ではないが、自分を受け止めてくれたあの男なら説明できるのではないか。いや、それよりもこの場を離れるのが先決だ。危機は未だ眼前にある。

 そう思い、男の方を見た時には、もう既に戦闘態勢に入っていた。金属でできた乗り物が唸りを上げ、後ろの方から白い煙が噴き出した。


「あっ……あの!助けてくれて本当にありがとう!でも、あなたも逃げないと」

「あぁ?なんでだよ」

「な――なんで、って」


 あまりにも予想外の返答で、エイルは答えに窮した。

 咆哮が聞こえる。がしゃどくろの、怒りと怨嗟に満ち満ちた、おぞましき咆哮が。

 あの巨躯を見て、あの叫びを聞いて、それでも立ち向かおうというのか。

 人間が独りで勝てる相手かどうかなど、言葉を話し始めたばかりの子供でも分かる事だろうに。


「逃げなきゃ殺されるからに決まってるじゃない!大丈夫、村まで行けば結界が張ってあるから、あいつは入ってこれない!そこまでなんとか――」


 めきめき、と不吉な音が頭上から響いてきた。天から再び、白い手が降ってきた。今度は捕獲する動きではない。明確な殺意に満ちた速度で、それは振り下ろされた。

 エイルは妹を抱えたまま、咄嗟に跳んだ。男の駆る鉄の塊が悲鳴を上げ、後輪が急回転する。

 驚くべき速度でクォーターターンを決めると、男は空中にあるエイルの襟首を掴み、瞬く間に致死領域から離脱した。1秒前まで彼らが居た場所を、骨の手が木や岩ごと叩き潰した。


 バイクが一瞬浮かび上がる程の衝撃。その場にあった木々が潰れ、放射状に倒れる。

 エイルは改めて、あの掌の中から脱出できたのは奇跡であったのだと思い知った。想像した通り、人間の体など潰そうと思えばいつでも潰せたのだ。


 だというのに。

 男はしばしそのまま直進したあと、投げ捨てるように姉妹を離した。

 見上げる男の目は、明らかに闘志によって爛々と輝いていた。この男は、何も諦めていない。あの膂力を、あの破壊を目の当たりにして、まだ戦う気でいる。

 それは最早勇猛をはるかに通り越した、狂気の域である。

 

 エイルは何事かを口にしようとした。命の恩人を死なせる訳にはいかなかった。


「逃げなきゃ殺される?ハハハッ!オメー多弩殺みてぇな事抜かしやがるな!気に入ったぜ!」


 それは男の言葉によって遮られた。男の口調は、不思議な確信に満ちていた。


「なぁ姉ちゃん、いい事教えてやるよ」


 男の乗り物が再び唸りを上げる。獲物を追い詰める、猟犬が吠え立てるような爆音。


「喧嘩ってのァな、ビビった方が負けるって決まってんだ。……それによ、オレもちったぁ反省してんだよ。多弩殺のヤツが言ってたことも案外バカにしたモンじゃねぇ、たまにはできの悪ィ頭でも使ってみるもんだってな!」


 後輪が湿った土を巻き上げ、木の根を噛んで急発進した。

 エイルとアイルは男の言葉を半分も咀嚼できぬまま、呆然とその後ろ姿を見送る事しかできなかった。






 テールランプの赤い残光が右へ左へと激しく揺れる。

 木々を躱し、岩を躱し、藪を躱し、空から降る致命の一撃を躱す。

 車体が跳ねる。土くれや木の破片が舞い、顔面を打つ。がしゃどくろの咆哮が鼓膜を揺るがす。

 そのいずれも、阿久津恐死狼の笑みを絶やす事はない。風に煽られた大火の如く、その闘志は消えるどころか増々燃え盛る一方だ。

 

 倒れてきた木の一本を片手で鷲掴み、ねじ切るようにもぎ取る。

 真上には体育館の屋台骨のようながしゃどくろの肋骨。前方には地に着いた膝と大腿骨が見える。周囲の木々と比べて3、4倍は太い。阿久津はそこに狙いを定めた。

 750SRのギアが上がる。マフラーの唸りはいよいよ激しく鳴り響き、今にも火を噴かんばかりだ。


 すれ違い様、加速の勢いを乗せた大木の一撃が、がしゃどくろの大腿骨をへし折った。 


「ハッハァーー!脆ェ骨だなァオイ!シャブのやり過ぎでカルシウム足りてねェんじゃねーかァ!?牛乳飲んでっかァ!?エエッ、噛早死サンよぉおーー!!」


 打撃の反動で真ん中から折れた木を投げ捨て、高々と阿久津が笑う。

 右手首と左腿の骨を折られたがしゃどくろは、今や明確に阿久津を排除すべき敵として認識しているようだった。

空の星さえ掴みそうな長い腕が振り上げられている。次なる一撃は点ではなく、面の攻撃。すなわち、その左腕は緩い弧を描き、さながら土石流のごとくその軌道上に存在する全てを薙ぎ払った。


「ッハハ!」


 阿久津は間一髪の所で死の軌道から脱していた。すぐ後ろから雪崩めいた壮絶な破壊音が轟いてくる。

 数瞬、不可解な間があった。轟音が止み、代わりに重々しい風鳴りが聞こえた。

 予感に駆られ、阿久津は一瞬天を仰いだ。空を覆いつくす程の大木が、一斉に降りかかってきた。

 森を薙ぎ払うついでに木々を掴み、榴砲弾よろしく宙へ投げ放ったのだろう。がしゃどくろにとってはつまようじをばらまくようなものだろうが、人間がその直撃を受ければ死に至る事は自明である。

 

「カッ、いよいよマジに殺りにきたってトコかァ!?いいぜ、ぼちぼち決着ケリ付けようや!」


 阿久津は更にスピードを上げる。障害物の多い薄闇の森を、上空から降る大木の雨をも超人的な勘とバイクコントロールで躱しながら、ある地点を目指す。

 巨大ながしゃどくろの体をちまちまと削るような戦法は、彼の中にはない。

 阿久津恐死狼はいつでも、バカそのものの正面突破を好む。多少心境の変化があったとしても、その基本方針が変わる事はない。


 阿久津はそれを実行する為の地形を見出していた。がしゃどくろの攻撃によって、多少見通しのよくなった森の中に、それはあった。


 慣性を殺さぬまま、巧みなブレーキングによって車体を半回転させる。

 見上げるような高さの岩山。二段に連なったそれは、モトクロスレースなどに見られるジャンプ台にも似ている。


 岩山の先に標的を見据え、阿久津の目が狂暴な輝きを増す。口角が吊り上がり、獰猛な犬歯がむき出しとなる。

 750SRのエンジンが、獲物を前にした狼のように吠えた。

 





 姉妹は手と手を取り合い、村の入口へと最短距離を進んでいた。

 あの男の思惑がどういったものかは分からないが、結果として彼ががしゃどくろを引き付ける形となり、姉妹の逃亡を容易なものとしていた。


「……大丈夫かな、あの人」


 アイルが心配そうに呟く。まばらとなった森の中からは、がしゃどくろの背中がよく見える。天災のような破壊音と、それに混じるあの乗り物の吠えるような音が絶え間なく響いていた。


「多分ね。あれだけ大きな口が聞けるんだから、そう簡単には死なないよ」

 

 エイルは微笑みながらそう言ったが、その言葉程に事を楽観視している訳ではなかった。あの乗り物の音が聞こえている内は生きている事が分かる。それもいつまでもつだろうか。


 アイルは走りながら、あの男が幽狼たちを壊滅させたらしい事、そして手にした得物を投げ付けてアイルを助け出した事を教えてくれた。それが確かなら、彼は事実として規格外とも言うべき力を持っているのだろう。


 だが、それでも尚、あの大妖は人一人が相手取るには手に余る。それは動かしがたい事実だ。エイルたちの慣れ親しんだ森は、今やその2、3割を更地に変えられてしまっている。がしゃどくろは一体の妖怪というより、意志を持つ災害とでも表現した方が的確だった。

 まして彼はがしゃどくろの右手を破壊したという――なにか余程の霊力が込められた呪物だったのだろうか――得物を、今は持っていない。


 とんでもない事が立て続けに起こり過ぎて、頭がおかしくなっているのかもしれない。エイルは妹を村へ送り届けた後、森へ引き返そうと考えている自分の感情を、自分でも理解できなかった。


 命の恩人を、死ぬと分かっていながら見殺しにはできないという責任感だろうか。

 本来であれば、男の無謀な吶喊についてエイルが責任を感ずる謂れもない。それでも。


 それでもエイルはあの男と話がしたかった。あの男が何を考えているのか、もう一度死地に赴いてでも知りたいと、エイルはそう思ったのだ。


 ミクト村の入口、結界の谷へと至る洞窟の前にたどり着いた、その時だった。アイルが不意に声を上げた。

 妹の指さす方を見る。がしゃどくろの背骨と丸い後頭部。一面が紫色に染まりつつある空。その紫に点を穿つように、一つの影が浮かんでいる。狩人の視力は、一目でそれがあの男である事を見抜いた。


 エイルの耳と記憶が確かならば、あの男は頭を使うと言っていた。それが岩山を駆け登り正面から突撃する事を指していたのなら、あまりにも価値観が違い過ぎる。


 がしゃどくろの手から落ちたあの一瞬のように、風景がゆっくり流れているように感じた。

 ハエを叩き落すように振るわれたがしゃどくろの左手は空を切った。男が弾丸のように巨大な頭蓋骨目がけて突っ込む。 


 その瞬間、落雷のような音が森に響いた。

 がしゃどくろの巨体が、弾かれたように大きくのけ反った。目には見えない途方もなく大きな質量が、その頭部にものすごい勢いで叩き込まれたかのようだった。

 慣性は巨体を膝立ちの体勢にまで持ち上げた。そのまま緩やかに停止するかに見えたがしゃどくろは、もはや自重を支える力を失ったように仰向けにこちらへと倒れてくる。


「う、わ」

「逃げ――」


 規格外の巨体が空気を裂く音か、それとも大妖の断末魔か、とにかく背筋が凍るような音と共に落下してきたがしゃどくろは、地面を盛大に揺るがして倒れ伏した。衝撃と風が、姉妹の体を揺らした。

 吹き抜ける風の勢いが治まり、恐る恐る目を開けると、10歩程先に上下逆さになったがしゃどくろの顔があった。眉間の辺りに、大きな穴が空いていた。


「や……やっつけた……」


 アイルが呆気に取られたまま呟いた。エイルは絶句し、その大穴を見つめていた。

 あの男は自らを弾として、捨て身の特攻を仕掛けたのだろうか。そうだとしても、この光景は不可解だった。いくら速度が付いたとしても、人がぶつかった程度でがしゃどくろが倒れるなら、ここまで脅威ではなかった筈だ。それともあの乗り物自体が、なんらかの霊力を帯びていたのだろうか。

 あの男はどうなったのだろう。もう乗り物の音は聞こえなかった。


 ぎぎ、と軋むような音を訝しみ、エイルは思考を打ち切った。がしゃどくろが震えながら、その首をゆっくりと持ち上げようとしていた。

 逃げなくては――と思うよりも早く、その怒声はやってきた。

 

「ハハハァーー!!噛早死ィイイーー!!!」


 それを耳にした時のがしゃどくろの心情はどのようなものだったのだろう。少なくともエイルには、その時がしゃどくろの発した咆哮が、恐怖と絶望に塗れているように聞こえた。

 天敵の存在しない圧倒的な力を持つ妖怪が、今までなぶり、屠ってきた獲物に、逆に恐怖を味わわされる羽目になるなど、想像さえしていなかったに違いない。


 あの男が走ってきた。全力疾走である。体のどこにも怪我をした風には見えない。

 村の鐘楼よりも高い位置から、あの速度でがしゃどくろに突っ込んでおきながら、あろう事か無傷であった。


 男は興奮のあまり聞き取れなくなった罵声のような言葉を叫びながら、まずがしゃどくろの骨盤に向かって飛び、着地と同時に踏み砕いた。

 腰椎を蹴り外した。脊椎を砕き折った。肋骨を一本一本殴り折った。がしゃどくろが繰り出した左手を蹴りが穿ち、手首が外れた。胸骨を正拳がへし折った。手刀が肩の関節を破壊した。鎖骨を肘で叩き折った。頸椎を頭突きで破砕した。顎先を唸りをつけた左拳が粉砕した。


 それはあまりにも完璧な、一方的な暴力だった。苦痛に身悶えするがしゃどくろの体を次から次へと飛び渡り、徹底的に破壊していく。

 それまで破壊をもたらす側であったがしゃどくろが、今初めてその暴威を経験している。叫んでいる。哭いている。圧倒的な理不尽に恐怖している。


 ああ、とエイルは、心の中で嘆息した。合点がいった。

 あの男は、何も虚勢を張っていた訳ではない。自意識過剰な訳でも、狂人でもない。ただ本当の事を言っていただけだ。

 ビビった方が負ける。彼はそう言った。逆に言えば、ビビらなければ負けない。少なくとも彼の中で、それは絶対不変の真実なのだろう。


 「うぅーし!今日はこんぐらいで勘弁してやっか!」


 最後に頭頂部付近を踏み抜くと、男は満足したようにがしゃどくろから飛び降りて、姉妹の前に着地した。

 がしゃどくろは、既にただの骨の塊と化していた。


「……あの」

「あ?おお、おめェらか。悪かったな、こっちの喧嘩に巻きこんじまってよォ。噛早死のアホンダラは二度と悪さできねーようにきっちりシメといたからよォ、安心してくれや!」


 男はだみ声でガラガラと笑った。相変わらず言っている事は分からなかったが、今となってはさしたる問題ではなかった。

 この男ならあるいは、北の果て、朽ち果てた神殿に住まうという、あの禁忌の悪霊をも倒せるのではないか。

 夢のような話だが、今目の前で男がやってのけたのは、正に夢想事のような破天荒である。


「あの……私はミクト村のエイル。こっちは妹のアイル。あなたの、名前は?」

「お?そういやまだ名前言ってなかったなァ」


 男はおもむろに背中を向け、親指で『怨霊調伏』と書かれた背中の文字を示した。

 落ち行く夕日の最後の残光が、その姿を神々しく照らしていた。


「『亜魔死怨』二代目総長ヘッド、阿久津恐死狼だ!夜露死苦ゥ!」



 



 ――かくて1人目は現れた。

 縛を解くまで、あと4人。

 

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チート霊能力者が行く!異世界悪霊ぶっ殺し紀行 陸猫 @Rikunekotton

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