第43話「Sハイツ303号室」「名無し堂」3

 ひたすら暗い車内で待機というのはきつい。

とはいえ周りが肉体労働に勤しむ中、ただ一人でスマホ片手に時間を潰すというのも気が引けた。

妥協案としてチビ社長から借りてきた本をヘッドライトで照らして読み進めること数十分。

気分は太古の洞窟で古の秘跡を探る探窟者といったところだ。

 しかしだ、

『伝承に見る事象の現代的な解釈と対処』などという小難しい内容のせいか眠気が差してきた。

そもそもがマイナーもマイナーな業界の専門書だ。

比較的初心者向けの内容ということで借りてきたわけだが、

"言語変化が唱え言葉にもたらした心象の変化とそれを利用する現代的省略技術例" 等、語られても馴染みが無さ過ぎて頭に入って来ない。

 どこかで聞いたことがある様な奇怪な話の血生臭い実務処理集みたいなところまでは、専門用語をスルーしつつもストーリーが有ったからなんとか読めたが、詳細な対処法となるとついていけない。

目覚ましにフェンス周りを散歩でもしようか…


"ボベーッ!! ボベーッ!!"


「うるせぇ」

 身がすくむと同時に腹が立って来るレベルの騒音。

侘しい場所のせいでダッシュボードに乗せたスマホのバイブレーションがいやに響く。

あぁ、十分目が覚めたよ馬鹿野郎。

…学生陣からだ。


「どうかしましたか?」


武部「佐藤さん? 

ちょっと来て貰えたりできませんか?」


「そういう役回りなんで別に大丈夫ですよ。

行きます行きます。

お役に立てるか分かりませんけど」


武部「じゃよろしくお願いします!」


「はい、社長に聞いて何も無ければ10分くらいで伺いますね」


武部「は〜い。 それでは!」


なんだかあまり良い予感はしない。

 が、結局二つ返事で出されたチビ社長のOKに尻を叩かれたので、渋々また砂利をギャリギャリ言わせながらフェンス前を後にする。

窓を全開にして夜風に吹かれると、慰みに噛ったメントールタブレットが妙に背中と脳を冷やした。



川部「逃げられたわ」


「はぁ」


ダルそうに不良座りしている。

コイツなら煙草ふかしていても違和感がない。


 …やはりそうするのが業界的常識なのか、月明かりだけが照らす暗い一室。

確かに眼鏡をかけても例の、あの気味悪いずぶ濡れ男は見えなくなっていた。


武部「俺達が活き活きし過ぎたせいですかね。

すぐに逃げを打つ様な薄いのも稀に居るんすよ」


 よく分からん。

実際に被害は出しているやつなんだろう?

あれか? 弱きに強く強きに弱い的なやつだろうか?


「それじゃどうしましょう? 今日のところは引き上げてまた後日、という感じですか?」


正直、この状況で俺に出来そうなことは押さえているホテルに学生陣を送ること位だ。


澤部「え〜と〜 なんと言いますか~ 言い難いと言いますか…」

 歯切れ悪いな。

らしくない。

というかなんで寄って来るのか、顔もよく見えない暗闇で距離を詰められると知った顔でも怖い。


堀部「…臆病でな」

こちらも何故かデカい図体でノソノソ近付いてくる。


「はぁ?」


堀部「…あ〜あ~あ~あ~」


 突然の発声。

マイクテストか何かじゃあるまいし…

ますますらしくない。

このシチュエーションでそれは不気味だ。


堀部「さて…

佐藤氏はご存知で有っただろうか!?

知らぬうちに備えた自身のその冠前絶後たる才能を!! 時にそれは飢餓なる眼前の食前方丈! 時にそれは寒中の炬燵! 暑中の氷菓子! 孤独が最中の友の文!

それはまことに光輝燦然たる黄金郷!

それを知らざるは何と哀れな御人かな!」


何言っているのかよく分からんが貶されてんだか褒められてんだかよく分からんのは分かる。

 

堀部「さあ! 今一度どうかどうかその才にて鬼哭啾啾を受け止められよ!」


「え?っ…」


足元の暗がりに何か… 

澤部っ!

なんで殴んだッ!!


…叫んだつもりだが声が出ていない、

喉がヒューヒュー鳴っている

目が霞む

暗い

異常に、

眠い

頭が…


 

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冴えないやつらの〜心霊譚〜 さんすくろ @sabimoraki

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